御屋敷のお嬢様 8  本業探偵の雑用業務





「想像を絶しますね」

今日解ったことは、多いようで少ない。
完璧なお嬢様に見えた絹嶺院瑞歌様の、驚く経歴。
それまでの伯爵家の裕福さと、薄暗い過去。
名前が知られれば知れるほど、人の目に映りやすいもので、そして記憶にも残りやすい。
資料として探して見つからなくても、人の記憶を辿ればそれは呆気ないほどに解ってしまったりするものだ。
噂話し宜しく、迷惑そうにしながらも関係のない人間ほど口が滑る。
僕、ちょっと聞きたくないことまで聞いちゃったよ・・・

驚いたままの篠井さんが、僕が云った言葉に何度か瞬いて漸く反応した。
「・・・何がです?」
解らないかな。
「N県の事件、詳細を聞きました。別荘の中も、それに沿って見てきたつもりです」
「それは、」
「いや本当、怖かったですよ・・・!」
うん、もう隠すこともないほど、怖かった。
僕はしみじみと――怖い記憶を思い出した。
「事件の概要では、まず玄関から入った警察が見つけた、一階奥にある主賓室での伯爵本人。二階の四つの客室で奥から甥夫婦、妹夫婦。中央階段を挟んで反対側に、従兄弟と大叔母の子供夫婦。そして三階従兄弟の息子夫婦。離れにおいて、老齢の執事にメイド三人、下男二人。犯人の妹夫婦の息子は三階のあてがわれた部屋ではなく、一階厨房奥の倉庫入り口近くで、首を一息」
あー、痛い。
「しかも誰もが逃げ惑い悲鳴を上げることもなく、寝静まった深夜にベッドの上で、それぞれに首を斧でひと落とし」
うわーあー・・・また想像しちゃった。
別荘は、その犯行があった場所は全て何もかも剥ぎ取られているし、その鮮血で汚れたはずのベッドは木枠が残っているだけだった。
血液が飛び散っただろう壁と云う壁も全て剥ぎ取られ、最早廃屋のようにしか見えない。
あれが、その地位を欲しいままにした、栄歌を極めたかというような伯爵家の別荘とはとてももう思えない。
人が住むこともなく、手を入れることもなく。
もうあの場所は、あのまま朽ち果てて行くのだろう。
儚いなぁ、と僕が思っていると、篠井さんは表情を歪めて僕を見つめている。
そうそう、話の途中だったね。
「犯行はとても素早く、そして計画性のあったものと思われますが、実行した妹夫婦のその息子――彼は壮絶な顔をしていたはずでしょう。どんな付き合いだったかは解りませんが、一応全て血縁者です。そんな彼に、犯行後であれば血が飛び散った状態で、いや犯行前でもおそらく常軌を逸した顔だったでしょうが――その彼に、厨房倉庫からしか出入りできない鉄の扉の地下室。いや、あれは物置と呼ぶのが相応しいかもしれませんが、そんなところに押し込められたんですよ」
しかも、犯行より一日経過し、食料を仕入れてくれる御用聞きの主人が連絡がないのを不思議に思って訪れるまで、誰もその変事には気付かなかったのだ。
その間も、泣けど叫べどお嬢様は暗闇の地下で一人生きていた。
想像しただけで、僕はぞっとしたけど。
それでは心が壊れろ、と云っているようなものだ。
経験しなければ、同じ気持ちにはなれないだろうから同情も難しいけれど、けれど僕は――
絶対お断りだ!
しろと言われてもしたくないよ!
倉庫の入り口から覗いた地下室は狭く、きっと一畳もないほどで。
しかし土蔵のようなそこは湿気ていて寒い。鉄の扉は厚く、閉めてしまえば中の声は外には漏れないだろう。
ううっ、ブルッと身体が震えちゃったよ!
ああ怖い。
篠井さんは困惑した顔をして、あ、なんだか表情の変化が見えてきたね?
「・・・ですから、瑞歌様はあのようになってしまわれたのでは? それを治すのが、貴方のお仕事のはずですが」
「あー・・・うん、そうなんですが。ちゃらんぽらんなようですが、云われたことは、僕もしますのでー、そのためにわざわざ調べてきたんです」
「それで・・・瑞歌様は治せそうなのですか」
「うーん・・・これは返答しずらいなぁ・・・もう少し、状況を見させてください。期限はまだ、あるはずですよね」
「ええ、今週と来週までは」
あの粗暴大家が持ってきた仕事だし、お金も受け取っちゃってるからしなくちゃならないんだけどさ。
本当、
したくないなぁ・・・
おっと、本音が溜息になって出ちゃった。
僕は改めて篠井さんを見て、
「えっと、で、もう少し聞いてもいいですか」
「はい、私がお答えできることでしたら」

「あの犯人の彼、何であんなことしたんでしょうね?」


to be continued...



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