御屋敷のお嬢様 6 本業探偵の雑用業務 「やあ! 星さん! 私に会いに来てくれたんですか?! とうとうあの人を見限ったんですね! さあこちらへどうぞ、ああ君、最高級のお茶をお出しして! いやあ感激だ! 星さんにようやく私の気持ちが通じたのですね!!」 これは僕は一緒に行っていないから、星から聞いたものだけど――大河内成り比呂探偵事務所を訪ねると、大抵こんなものだ。 一方的な言葉が流れ落ちて星の前を通り過ぎ、それを星は見送っているだけだった。 大河内は一般的にはとても美男だ。お洒落でもあるし、センスも良いのだろう。 さらに口から生まれたような勢いで紡ぐ言葉は尽きることがないのではと思うほどで、僕はその語彙力にいつも圧倒されていたものだ。 まだ若いながらも探偵としての素質も充分で、その華々しい経歴には警察も時折捜査を依頼すると云う。 紙面で騒がれるときは一面を飾り、まさに時の人だ。 事務所は都心にある煉瓦造りのビルの最上階を借りきり、看板も大きなもので、誰もが一度は「ここがあの、」と見上げるものだった。 華やかな外見では云い寄ってくる女性も多いらしく、依頼人は大抵彼狙いの女性なのだと云う。 しかしそんな彼はどうしてか星に夢中だ。 星の云うことなら、彼はどんなことでもしてしまうほどの溺愛ぶりなのだ。 もちろん、卑怯な僕はそれを利用しない手はない。 大河内の事務所へ行けば、今よりももっと贅沢な暮らしが出来るだろうけれど、星は依然僕の傍に居てくれる。 理由は訊いたことがないから知らないけれど、云われるまで僕も聞かないままでおいておく。 星が促されるままに無言で柔らかなソファに座ると、 「いやあ星さん、丁度良かった! 三ツ星亭のモンブランがあるんですよ! 一時間で売切れてしまうと言う幻のケェキです!」 実際に売り出されているのに幻の、とはどういう意味なのか、と星は問いかけることはない。 きっと無駄に会話をしたくなかったのだろうけど。 ティカップとケェキが星の前に並べられたところで、星は遠慮も無くそれに手を伸ばす。 大河内はそれをニコニコと眺めながら、ようやく星の後ろに立つ下男の存在に気付いたようで、 「星さん、その後ろの男はなんです? まったく持って星さんには似合わない! もしや星さん懸想され付き纏われているのですか?! お困りでしたら一言私に云ってくだされば・・・ああ、それで今日は来られたのですね?! 宜しいこの男を引き受けましょう! それにしてもいつも一緒に居るあの人はどうしたんです?! まったく星さんの護衛にも成らないのですね!」 上着を脱ぎ袖を捲り立ち上がった大河内に、星は口にいっぱいケェキを押し込みながら、 「ひゃひきろひろ」 星・・・せめて口の中のものを飲み込んでから喋ってくれ。 ケェキが好きなのは知っているし、誰も星からケェキを取り上げたりしないよ・・・ この大河内の云う「あの人」とは勿論僕のことで、星が一緒にいる僕を大河内はとても憎々しく思っている、らしい。 探偵という仕事だけで生きていけない僕に、いつもチマチマとその長い舌で不満と愚痴を垂れ流してくれる。 「屋敷の人」 星は口の中のケェキを飲み下ろし、お茶を一口飲んでからもう一度云った。 「屋敷?」 下男を今まさに掴もうとした大河内はその聞きなれない言葉を訊き返した。 下男は下男で、上背のある大河内に詰め寄られようとも星の後ろから動かなくて―― うう、やっぱり、この屋敷の人たち皆怖い・・・ 「訊きたいことがあるの」 今の今まで、大好物のケェキを貪っていたとは思えない上品さで星はソファに座って口を開いた。 大河内は良い男が台無しなほど相好を崩し、 「何ですかッ!!」 星の前に座り直し身を乗り出した。 「先月のN県の事件、覚えているわよね」 聞くなり、大河内はびりり、と表情を引き締める。 珍しく星から視線を外し、少し思案して見せるとそれから、 「・・・あの人、今それに関わっているんですか?」 「そうよ。依頼があったの」 「そうですか・・・」 大河内は腕組みし、一度頭を伏せた。 眉間に皺を寄せて珍しく考え込んでいたようだけれど、漸く顔を上げ真剣に、 「晩餐の席でゆっくりお話しすると言うのは――」 星は星で表情も変えずテーブルに残った空のお皿を手に取り、四角い重さを確かめた。 「これ、手裏剣にしてもちゃんと飛んでくれるかしら」 「わわわ! 嘘です! すぐ答えます!!」 星の行動を理解したのか、大河内は慌てて両手で自分の意見を消して見せて背筋を伸ばした。 それから情けなさを隠さない顔を星に見せて・・・どうやら、泣き落としにかかったのかもしれない。 「星さん、酷いです・・・いつもいつも私のことなんか何一つ考えてはくれない。いったいあの人のどこが良いんです?」 経験から云うけど、星にそれは通じないよ。 僕の想像通りに、星は大河内に冷たい視線を向けただけで、 「身体かしら」 さらりと答えた。 かっからだ?! 星、僕の取り柄ってそこだけなの?! 「私だって! 星さんを満足させる自信はあります!! いつか星さんの為と思い泣かせて来た女性は星の数で――」 大河内くん、女性は泣かせるものじゃないよ。いつか後ろから刺されるよ。 人類の半数以上居る彼女らを甘く見てはいけない。 老婆心ながら僕も思ったけれど、やはり星は容赦なかった。 「その女性達、本当にイってるの」 「・・・・・・・・・!!!」 大河内の言葉を失くさせるのは世の中広しと云えども星だけだ。 さらに星・・・・その言葉、僕にも突き刺さるんですけど。 星はソファの上で誰よりも上品に座って、 「事件の発生から貴方が解決させた、と云うところまで、詳細に話して頂戴」 首を絞められ両手両足を縛り上げられたうえに上から金槌で何度も打ち下ろされぺっしゃんこにされてさらに折りたたんで投げられた大河内は、萎んだまま記憶にある事件の概要をぽつりぽつりと話し始めた。 大河内から聞いた星の連絡を、僕はあの屋敷でなく車の中に取り付けられた電話で聞いた。 僕は朝から、N県に向かっていたんだ。 |
to be continued...