御屋敷のお嬢様 4  本業探偵の雑用業務





そうだ。
その事件は一時、世間を騒がせた。
一夜のうちに起こったあまりにも恐ろしい事件。



主である伯爵はもうかなりの高齢で、その別荘には一族の面々たる人々が集まっていた。
伯爵の甥夫婦、妹夫婦とその息子。従兄弟に従兄弟の息子夫婦。
伯爵の大叔母の子供夫婦。
最後に、伯爵の亡き娘の子供――直系の孫娘。
その孫娘以外の人間が全て、一夜にして殺されたのである。
もちろん、使用人も居た。
代々勤めてきた執事を始め、メイドが三人、下男が二人。
彼らも被害者に含まれた。
しかし、犯人はすでに挙がっている。
と、いうより解かった、と云うのが正しい。
伯爵の妹夫婦の息子である。
彼は全員を殺し、最後に自らの命を絶ったのだ。
この世間を騒がせた事件を解決したのは、今幼き子供でも知っている探偵、大河内成り比呂である。
すでに死んでいる犯人を見つけたのも彼だった。
大げさに書かれていた新聞を読んだだけで流したけれど、その孫娘が生きていてそして犯人でないのは、彼女は事件を犯せない状況にあったからだ。
扉に厳重に外側から鍵を掛けられた地下室で、独り居るところを駆けつけた警察によって保護された。
自殺した犯人の犯行の動機は遺産の相続を巡る争い。
伯爵はその場で、自分の遺産相続権を発表する予定だったようだ。
しかし、今となっては継ぐものはただ一人だ。



弁護士は思い出すように口を開いた。
「彼女を、正気に戻して頂きたい・・・いや、最悪、返事が出来るようにして頂くくらいでも構いません」
僕は首を傾げた。
「何故です。彼女は今の状況でも不自由はないのでは?」
自動的に、遺産を相続出来るのでは?
そう思ったけれど、弁護士は首を横に振った。
「今から二週間後・・・つまり、来月に、彼女は誕生日を迎えます。伯爵の遺言では、その日までに事態が動かなければ財産は凍結されることになっているのです」
・・・・・・・なんですと?
「彼女が相続すると云えばその様に。誰かに譲渡すると云えばその様に。放棄すると云えばその様に。全て、彼女からの直接の言葉が必要です。言質が取れない場合は・・・」
誰もが争い、欲する財産は誰のものにもならない。
僕は彼女に不自由がないのなら、そのままでも良いのでは、と思ったが、それでは済まない人間が居るのだろう。
それが今回の依頼人だ。
「この資料を参考にして頂きたい。医師が記したカルテと、あの事件についての簡単な資料です」
参考って・・・・・
この量が?
「どうされますか? これから、彼女に会われますか?」
僕はその言葉に、資料の山を見て首を横に振った。
「・・・・・イイエ。一応、これを見てからにしたいです」
星の視線が意気地なし、と僕に突き刺さる。
何とでも云え。
僕はオクビョウな生き物だ。
それが生きて行く秘訣でもあるんだ。
弁護士は頷き、軽く挨拶をして腰を上げる。
しかし部屋を出る前に一度振り返り、
「それから、外出ですが・・・されるなら、この家の者を誰か付けて頂きたい」
「え?」
僕は驚いた。
外出、しちゃ駄目なんですか?
それってここに泊り込み?
そしてプライベィト無し?
弁護士は僕のそんな反応など気にも掛けず、そのまま出て行ってしまった。
僕は溜息を吐いてソファに凭れ掛かり、天井を見上げる。
天井からは、豪奢なシャンデリアが下がっていた。
僕は諦めたように資料に手を伸ばしてみる。
その横から星の手が伸びる。
じっくり、活字を追う僕と違って、彼女はパラパラと捲って僕を追い越してゆく。
僕は半分以上読み進んだところで、一度魂のような息を吐き出した。
泣きたくなってきた。
この資料を作成した者たちを信じるのなら、僕がこれから会おうとしている相手は――

―――――人間じゃない。


to be continued...



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