御屋敷のお嬢様 3 本業探偵の雑用業務 その日の正午を過ぎてから、僕は星を伴って大きな門の前に立った。 誰も居なかったのでそこを潜り、左右に広がる庭を直進し、屋敷の玄関へと辿り着いた。 僕は洋館造りの扉に付いた、花模様を施されたノッカァの口輪に触れるか触れないか、のところで手を止める。 すると横から星が、 「何ここまで来て躊躇ってんのよ」 とあっさり僕の手を撥ね退け扉を叩いてしまった。 「あああっど、どどどどうするんだ! 僕にだって心の準備というものが・・・!」 「そんなもの、ここまでの道々に出来たでしょう。大丈夫よ、外見はちゃんと纏めてみせたから。口を開かなければそれなりよ」 僕が出掛けるときはいつも星が服を用意してくれる。 僕の趣味が可笑しいそうだ。 せめて顔に見合った恰好をしなければ、中身も外見もただの莫迦になってしまう、と云うのが星の意見。 僕はそんな星には刃向かわない。 星の趣味は良い、と僕も思うからだ。 今日の恰好は黒いベルベットのワンピィスに焦げ茶の編み上げ靴。襟元は細かな刺繍の入った深紅のストォルをグルグルと巻いていた。 とても良く似合っている。 僕には最近気に入っているのか、ネクタイの変わりにスカァフを巻くように指定された。 シャツの襟の中へそれを押し込み、ジャケットに身を包む。 外見は纏まっているのだろう。 しかし「口を開かなければ」ってどーいう意味だ。 「それなり」ってどーいう意味だ。 まぁ、敢えて追求しないでおこう。 三倍で返ってくることは解かっている。 暫くして、重そうな音を立てて目の前の扉が引かれた。 僕の思考は中断され、開かれる扉に集中した。 中から姿を見せたのは、黒いワンピィスに白い前掛け。纏められた黒髪。 メイドの恰好をした少女が立っていた。 「椿さまですね」 声も少女のようだった。 僕は頷き、 「そうです、彼女は助手の春賀くんです」 メイドが僕と星を交互に見て小さく頷いた。 「お待ちしておりました。どうぞ」 そうして招きいれられた中は・・・・・・・薄暗かった。 そんな中には入りたくなかったが、星に背を押されるようにして勇気を出し、足を踏み入れた。 真昼であるというのに何故か光が少なく、しかし目が慣れると一応は見渡せた。 広い玄関ホォルの両端から階段が伸び、二階へと続いているようだ。 真正面の一番奥には、大きな硝子の扉。 庭か何かに繋がっているのだろう。 メイドに付いて案内されたのは、ホォルを右手に見て長い廊下の途中にある扉だった。 廊下は廊下で、左側に分厚いカァテンに覆われた窓、反対は刺繍の施された壁紙に点在する扉。 幾つかの部屋に別れているのか、室内がどんな造りになっているのかは、廊下からは解からない。 ただ、「お屋敷」だ、と感じる威圧感を受けるだけだ。 メイドが足を止めて一つの扉の前に立ったとき、僕は足音が二つだったことい気付いた。 僕と星の分だ。 すでに僕の気持ちは、あのカァテンを開いて窓から外に飛び出しそうだった。 しかし、逃げ出せない。 前金は確かに――――すでに大家の懐だ。 メイドが扉を開けて室内へと促す。 「こちらで暫くお待ち下さい」 僕は中に入って息を飲んだ。 僕の拙い言葉では云い表せない程――金の掛かった部屋だった。 部屋の中央にソファセットがある。 物怖じも無く、そのソファの二人掛けへ座る星に習って僕も座る。 それをどこかで見ていたような瞬間に扉がまた開き、ワゴンを押したメイドが入ってきた。 お茶のセットが乗っている。 メイドは澄ました顔、と云うより無表情な顔でお茶を淹れ、僕と星の前に置いた。 再び頭を下げ、音もなく出て行く。 その高そうなカップから立つ湯気を見て、取り敢えずは飲んでみようかな、と手を伸ばしたとき、再び扉がノックされて開いた。 今度は身形を整えた紳士だった。 でも年齢は、きっと僕と変わらないはずだ。 後ろに控えた下男が大量のファイルを抱えて一緒に入って来た。 紳士がソファの前まで来ると、僕は慌てて立ち上がった。 「椿さまですね」 あのメイドと同じ口調だった。 良く通る声だけれど、無機質な感じがした。 差し出された名刺に、僕は相手と見比べる。 「弁護士・・・篠井康輔さん」 なるほど、彼の襟にはちゃんとパッジが付いている。 あれを偽者と区別が出来るほど、僕の目は良くない。 弁護士という肩書きを持つ彼に促されて、僕と星はソファにまた座った。 下男がファイルを机に置く。 凄い量だな。よく倒れないな。 「早速、用件に入りますが」 弁護士は時間を無駄にする気は無いらしい。 「依頼内容は手紙にも明記しましたように、ある少女の正気を取り戻して頂きたいのです」 「少女・・・?」 「期限は月末までです。あと・・・二週間ですね。どうしてもその日までにお願いしたい」 有無を言わさぬ圧力があった。 だけれど、僕はどうしても訊きたくて口を挟む。 「あの・・・どうして僕に? そういうことは医師の仕事のように思いますが」 「勿論、医師にも診て頂きました。が、一向に変化はみられません」 それではどうしようもないのでは・・・ 「貴方は探偵ですね?」 「・・・そうです、ですが、探偵をお探しなら、もっと実力のある・・・」 「華美なものは好みません。あくまで、内密にして頂きたい」 つまり・・・公には出来ない、と。 だから、売れていない僕ですか。 「貴方は何でも屋を兼業していると伺いましたが」 「・・・・そうです」 何でもします。生活の為ですから。 「では、彼女を治して頂きたい」 僕は怖くなった。 彼は僕にそれが出来ると思って云っているのだろうか。 そんなはずはない、と僕が否定する。 全力で! でも、この態度は・・・・・ 出来ないときは・・・・・駄目だ。 考えちゃ駄目だ! とっても怖い。 僕は無理やり頭を切り替えた。 「その少女は、どうして正気を失うようなことを?」 弁護士は僕の顔を見て、口を噤んだ。 怯んだけれど、これだけは訊いておきたい。 「その・・・原因が解からなければ、僕にだってどうしようも・・・」 弁護士は大量のファイルを見て、再び僕を見る。 ゆっくりと、重そうな口を開いた。 「・・・先月、N県で起きた事件をご存知ですか?」 僕は記憶を辿る。 N県・・・すぐに思い出した。 「ああ、はい。避暑地の別荘で起こった、伯爵一家惨殺事件ですか? 確か、生き残ったのは伯爵の孫・・・」 僕は口を開いたまま、間抜けな顔で止めた。 視線が、感情の無い弁護士とぶつかる。 思い出した。 歴史に残る、事件だったのだ。 |
to be continued...