御屋敷のお嬢様 2  本業探偵の雑用業務





僕がここに居るのは僕のせいじゃない。
これは陰謀か?

いいや! 大家のイヤガラセだ!!

早朝の出来事でした。
僕の部屋の扉を叩く音――てゆうより、壊しそうな音。
表の扉を入ると事務所が在り、その奥の扉の向こうが自室。
つまり、僕が安眠を貪っているところ。
ここまで響くのだから凄い音だ。
いいや、部屋全体が揺れている。
それでも僕は起きなかった。
だって昨日は寝るのが遅くて・・・星のせいだよ。
そのうちに音は止み、数秒後、僕の自室のほうの扉が怒鳴り声と共に開いた。

「このクソ探偵! さっさと起きな!!」

この地獄の底から響く濁声・・・
大家だ。
歩くより転がったほうが早いような巨体で部屋に入り込んで来る。
僕は仕方なしに身体を起こし、眠たい目を擦った。
「大家さん・・・いくら貴方でも合鍵でそうそう中に入って来られては・・・」
「煩い! さっさと起きなこの愚図!」
「・・・・・・・」
因みに、大家は彼女、だ。
僕は彼女の迫力に、一度たりとて勝てた試しなどない。
「家賃の取立てだよ! さっさと払いな! よくも三ヶ月も溜めてくれたね! すぐに追い出さない私に感謝しな! 崇め奉りな!」
そんな無茶な・・・
実際に奉られている神様に冒涜というものだ。
けれど僕は賢いイキモノなので、それを口にすることはない。
「すみません・・・今月は仕事が少なくて」
「今月もだろ! このトーヘンボク!」
「・・・はい、僕はトーヘンボクです」
「仕事がないなんて解かり切ってるよ!」
じゃあ何で来たんですか・・・
巨体を揺すって怒鳴ると部屋が揺れている気がするのは僕の気のせいじゃないと思う。
「仕事を持ってきてやったんだよ! 働きな!」
「・・・え? 仕事ですか?」
「そうだよ何でも屋! まんまが食いたきゃ働きな!」
大家は僕に一通の封筒を投げた。
僕はぼさぼさの頭を掻きながらそれを受け取る。
封筒はすでに封が開いた手紙で、中には一枚の便箋が入っていた。






淡々とした手紙だった。
僕は封筒を逆さに振ってみたが、上品なそれからは塵ひとつ落ちて来ない。
「・・・・・大家さん、この手紙には金が同封してあると・・・」
「三ヶ月分の家賃を受け取ったよ!」
「・・・ゆうに半年以上じゃないですか! しかも何で僕宛の手紙を勝手に開けてるんです?!」
「私が持ってきてやったんだよ! 有難く思いな! 金が欲しけりゃ働きな!」
あああああ。
僕は受けるという選択肢しかない・・・
手紙の言い分も、ちょっと怖い。
本当なら、受けたくなどない。
しかし、生きるのには金が必要だ。
僕が思い耽っている間に大家は消えていた。
あの巨体が、帰るときは物音ひとつ立てない。
彼女はいったい何者だ。
たまに、彼女は理不尽にも思うが金の良い仕事を持ってくる。
そして、ピン撥ねる。
彼女の交友関係は・・・いいや、考えたくない。
もう暫くは、得体の知れない傲慢な大家にしておこう。

「うーん・・・」
僕が寝起きに大家の毒気にやられているとき、壁とベッドの隙間からニョッキリと白い手が出てくる。
どうしていつもその中に落ちるのか、寝相の悪い星が顔を出した。
「星・・・どうして助けてくれなかったんだ」
まだ目覚めきっていない星は、大家を一人で相手させたことの非難を込めた僕の視線に、射抜きそうな視線を返してくる。
「・・・仕事が入ったんでしょう、別にいいじゃない」
それでも、僕は頑張って刃向かう。
「だけどね! 大家の毒気を一人で受けたんだよ! 二人居れば少しは・・・」
「煩い。男爵通りに立つ根性もないくせにガタガタぬかすな」
一撃だった。
僕はベッドに墜ちた。
星はそんな僕にまったく興味がないのか、さっさとベッドから立ち上がって行った。

男爵通り。
その名の通り、爵位を持つお屋敷が立ち並ぶ通りなのだが、そこではパトロンを見つけられると有名な場所なのだ。
噂か真実かは分からないがその昔。
能力だけはあるが権力も金もなく、ただ無為に生きている男がそこを通ったとき、ある男爵に拾われた。
そして、そこからのし上がった、という話が有名だ。
それを聞きつけて、今日までそこは買われようとしている人間が犇いているという訳なのだけれど。
いつの間にか、そこは昔と雰囲気を変えていた。
男爵通りは確かに今も買われたいものと買いたいものが交叉しているけれど、今売買されているのは能力ではない。
買い手も売り手も、品物は身体だ。
パトロン――別名、愛人契約だった。
パトロンが付けば金に困ることはなく、遊んで暮らせる人生が待っている。
そして最近では、買い手も売り手も男なことが多いと聞く。

星はそこに立てと云う。
必ず金をせしめてみせると云う。
――――――――――絶対に厭だ!!
僕は柔らかいほうがスキだ!
何を好き好んで硬いオッサンと身体を合わせねばならないのだ!
撃沈した上にシィツに涙を染み込ませている僕に、星は珈琲を淹れてくれた。
うう、優しい・・・
さっきの今だけに、優しさが心に沁みる・・・
「それで? いつから仕事なの?」
僕は少し浮上して、珈琲を受け取り依頼内容を思い出す。
「ええと・・・確か十八日に、来て欲しいって・・・」
「今日じゃないの!」

僕は・・・星の鉄拳を避けることが出来なかった。
珈琲は重力に従い、床に広がった。


to be continued...



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