御屋敷のお嬢様 1  本業探偵の雑用業務





何故、僕はここに居るのか。

落ち着かない。
煌びやかな調度品。
――傷付けそうで怖い。
豪奢な飾りの付いた絨毯。
――土足で歩くのが怖い。
重厚な扉。
――逃げ出せなくて怖い。
部屋のソファに座らされた僕。
――柔らかすぎてお尻がもぞもぞする。
手にあるのは、いったい一席幾らするのか見当もつかないティカップ。
そこから漂う上品な香り。
カップがカチカチと厭な音を立てる。
持っている僕が震えているのだ。
上着にうっかり隠せそうなこのカップ。
これがあればこんなところに居なくても良いのではないだろうか。
「変なこと考えない」
隣から冷えた言葉が突き刺さる。
視線を向けると、これまた冷えた視線とぶつかった。
僕は居心地が悪く、何度目になるか忘れたが座りなおし、カップをテェブルに戻した。
隣で星はこの部屋、というかこの屋敷に臆した風もなく、行儀良く座っている。
門を見上げたときから思っていたけれど、やはり分不相応な居場所だと思う。
僕の自宅兼事務所が三つくらい入りそうなこの部屋。
僕は狭いところが好きなのだ。
広すぎる厠では出るものも出ない。そんな感じだ。
「帽子は、取って。室内よ」
星の言葉は尤もである。
が。
これはお洒落で被せてあるわけではない。
どうしても四方に跳ねる僕の髪を抑えているのだ。
起きてから五時間は抑えておかないと鳥の巣のようなのだ。星もよく知っているはずだ。
この場違いなところだもの、恰好だけはせめて整えていたい。
「今更よ」
僕の思考を読む器用な星の言葉で、僕はしぶしぶ帽子を取った。
確かに、今更ではある。
でも、昨日とはまた違った緊張があるのだ。
そのとき、重厚な扉の向こうから不思議な音が聴こえた。

   キイ  キイ  キイ  キイ

一定に、何かが軋んでいる。
その音はゆっくりと確実に扉に近づき、止まったかと思うとそれが開いた。
僕は立ち上がった。
扉から現れたのは、車椅子に鎮座する日本人形だった――
星もとても整った顔をしているが、星は人間である。
動いていることが、生きていることが美しく思えるような、外見だ。
しかしそれは、まったく人形だった。
日本語が変?
そんなことは百も承知だ。
丁寧に梳かれた真っ直ぐな黒髪。
それに映える紅朱のドレス。
ドレスを纏いながらも、日本人形に見えるのは、その硝子玉の様な黒い瞳のせいだ。
そして一片の動きも、命の在りようも感じない、美しい貌。
ショウケェスに入れて置けば、髪の伸びる「呪いの人形」が出来上がりそうな、壮絶な美しさを見せるだろう。

これが、依頼物件だった。
僕は言っておくが、弱い。
誰に臆するでもなく言うが、弱い。
そして怖がりだ。
星が居ないと何も出来ないと断言する。
「するな」と星から鉄拳が飛んできそうだが、怖いものは仕方が無い。
僕はこの人形が、人間だと知っているから、尚更怖かった。

どうしてこんな依頼を受けたのか―――――


to be continued...



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