御屋敷のお嬢様 17 本業探偵の雑用業務 弁護士篠井さんの父は、とても腕が良く、さらに人の気持ちの解かる良い人だったのだ。 その息子である篠井さん自身も冷徹に見える外見とは違い、その暖かな父親の人格を受け継いでいると云って良い。 お嬢様を守るため、お嬢様の力になるため、お嬢様の幼馴染であるメイド――円上まどかを雇って側に付けたと云う。 何しろこの円上さん、本業は軽業師でサァカスに居たと――― その身のこなし・・・只者ではないと思ってました。 「つまりお嬢様は――赦せなかった伯爵やご一族を手にかけ復讐なさった、とおっしゃる?」 篠井さんがじっと真剣にお嬢様を見詰めるけれど、お嬢様も負けてはいない。 「悪いことをしたと、私は今でも思ってないわ」 罪悪感はない、とお嬢様はきっぱりと告げる。 「私の祖父だと言ったあの伯爵が、そして伯爵の腰巾着だった執事やメイドたち、押しかけるようにして来た一族の人間が――私に何をしたか」 お嬢様は一度目を伏せ、口を閉じた。 そこにある感情を、内側から湧き上がるものを必死で堪える様は、とてもじゃないが幼き少女には見えない。 「もう云いたくはない。だけどこの手が血塗られても、後悔なんて一欠けらもしていない」 再び目を開いたお嬢様は、誰よりも強く美しかった。 篠井さんは一度視線を外し、それから深く息を吐いた。 そして、 「・・・お嬢様は正気に戻られた。これで遺言が実行されます」 低く、この場を収めたのだ。 そう告げるには、篠井さんの中でも酷く葛藤があったに違いない。 けれど、もう何を云っても遅く何の取り返しもつかないことは――この場の誰もが知っている。 確信犯であるお嬢様も、それを受け入れた弁護士さんも。 そして、状況を見ていた僕、探偵も。 お嬢様は事件後、本当に成り行きに身を任せていただけだった。 結果として、僕と云う探偵が事実を告げた訳だけれど、お嬢様は引き継ぐ遺産や地位などどうでも良かったようだ。 けれど生真面目な弁護士さんを前にすると、 「遺産を放棄する、後は継がない」 と口にすることが出来ず――大人しく莫大な遺産と伯爵家を引き受けるらしい。 勿論、後継人として弁護士さんがずっと付いていることだろう。 そして基本的に自由人であるお嬢様のことだから、この屋敷に居ても楽しく面白く、上流階級の腐った世界で生き抜いていくに違いない。 それで良いと、僕も思う。 彼女は一人ではないのだ。 生い立ちを調べるときに見たお嬢様の育った町は――辛いことも嬉しいことも、全て真正面から受け入れる気質を持った人々の、町だったのだから。 取り敢えず、僕の仕事は終わった。 僕は側で傍観していた星を見て、帰ろうか、と視線を交わした。 「篠井さん、では僕はこれで御暇しますので――えっと、依頼は解決しましたよね? 残りは後日頂くとして――今日はこれで、」 篠井さんはお嬢様から僕に振り返り、 「椿さん――」 深々と、頭を下げた。 うわ! いや待って! 僕、そういうことされるの――慣れてないんです!! 慌てる僕に星が横から落ち着け、と睨み付けてくるけれど、落ち着けるはずないじゃないか! 「有難う御座いました。正直最初は貴方を信用していなかったことを――恥じ入ります」 「え・・・っえっと、あのー僕は大概信用されてないのでー、篠井さんの意見は尤もだと・・・」 僕が戸惑いつつも返事をすると、篠井さんは眼鏡の奥で笑った。 困ったような、残念のような、けれど嬉しそうに―― ああっ、つ、星の顔が!! 僕の隣で篠井さんを見ていた星の顔が――獲物を見つけた猛獣の顔に・・・・ッ 星、この弁護士さん、好みなんだろう・・・・ 弁護士さんの未来を祈る。 部屋を辞そうとした僕に、もう人形には見えないお嬢様が声をあげる。 「探偵さん」 「はい?」 振り返った僕に、お嬢様は嬉しそうに微笑んで、 「チョコレェトケェキを有難う。まどかと美味しく頂いたわ」 「あ、ああ、いえ――えっと、それは僕は――」 てゆうか、その話題、もう忘れて・・・ッ 隣で星が思い出したように機嫌が・・・ッケェキを取られたのを思い出した機嫌がッ! 報酬で飽きるほど、買って与えなきゃ・・・ 「また、来てくれる?」 微笑んだまま云うお嬢様に、僕は考える。 ええと、この屋敷にってことだよねぇ? 「・・・この屋敷の人たちの、暗示を解いてくれたらね」 僕の言葉に、お嬢様もその後ろで居たメイドも、弁護士さんも――驚いていた。 気付かれてないとでも思っていたの? 怖いんだよっ! 感情のない人間っていうのは! 従順であるには良いのかもしれないけれど、こんな怖い人たちがいる生気の感じられない屋敷には正直、もう二度と足を踏み入れたくはない。 気付いてたの、と笑うお嬢様に僕は苦笑して返した。 本当に部屋を出て行くときに、しかし僕は見た。 はっきりと怒りを込めた目で弁護士さんがお嬢様を見ているのに――そしてお嬢様もそれに気付いていた。 ああ、やっぱりそれも弁護士さんには秘密だったんだね。 バレた、とまるで悪戯が見つかった時のように、笑っていたから―― これからたっぷりと、子供らしく怒られることだろう。 それもまた――あのお嬢様には必要なことだと思うしね。 こうして――一つの依頼が終わった。 なんと云うか寸極怖かったんだけど――それも終わってみれば良い思い出になるのかもしれない。 何しろ、この後で報酬が出るのだから。 僕はそれを待っていれば良いのだから。 星にケェキ? 買ってあげるとも。 吐くほど買ってあげるとも。 なんと云っても、かなり優雅に生活出来るだけの金額が――僕の手に入ってくるのだから。 そう信じて豪奢なお屋敷を出て、僕は貧相な長屋に帰った。 そこで星と平和な日常を貪っていると――― ドスドスドスドスドスッ 地から響いてくるこの足音は――― |
to be continued...