御屋敷のお嬢様 16  本業探偵の雑用業務





瑞歌お嬢様に必要だったのは何かの権力でも財力でもなく、ただ自分のしたいことを為遂げる精神力だけだ。
いきなり現れたとはいえ血の繋がった家族を――人間を、その手にかけるという精神力だけだ。
多少、壊れていたのかもしれない。
だからこそ、丸一日間、あの闇の中に居ても自分を見失わないで居られたのだから。

「赦したくなかったのよ」
鈴が鳴る、と云うのが正しいほど、綺麗な声で瑞歌お嬢様は云った。
それはその通りだったのだろう。
齢まだ12歳。
その少女が考えた復讐などはその程度もものだ。
けれど、考えた復讐を遣り遂げその後も心を壊さないで居られる精神力があったからこそ、出来たことだと云える。
僕は何ももう云えることはない。
僕は探偵であって警察ではないし、さらにあの事件は――きちんと捜査が終わっていて解決しているからだ。
冷静な大人である弁護士さんは、本当に何も知らなかったようで、眼鏡の奥から真っ直ぐに瑞歌お嬢様に視線を向けて説明を求めていた。
うーん、それが、正しいことなんだろうね。

そのお嬢様が云うには、計画を考えたのは伯爵――お嬢様の祖父が別荘で後継者を発表する、と云い出した事件の一ヶ月前。
産まれてから、下町で育ち下町の子だと信じていた自分の世界が祖父のお蔭でいきなり一転し、さらに欲望と憎しみの的となってしまったのだ。
そりゃ、性格もヒネくれる・・・いや、どう見ても、このお嬢様は元々こんな性格に違いないけど。
人形を辞めたその姿でも、その表情でも、僕の半分も生きていないと云うのに大人を食った顔をして崩さない。
計画的な犯行だけれど、実際あの別荘での夜は、お嬢様が手を下すかそれともお嬢様に手が下されるか、という緊迫した空気だったらしい。
一人、孫と出会えたことで楽観していた伯爵以外は――生死をかける中に居たのだ。
人を憎むことにかけて、上流階級の人間ほど強いものは居ないけれど、瑞歌お嬢様の想いはその程度ではなかった。
ネチネチとした厭味とあしらいに耐え、先手を打った。
全ての部屋の水差しに、微量の睡眠薬を入れ後は家人が寝静まるのを待っただけだ。けれど、凶器として挙げられている斧を見ても、子供の力で人間の首を一太刀にすることは難しい。
やはり、実行犯は伯爵の妹夫婦の息子だった。
抵抗も反抗もさせず、眠っていた家人の首を刎ねさせてついでに執事やメイドたちも手にかける。そして最後に自分の首を切れ、と云い残し、お嬢様はあの地下室へ自分から入ったのだ。
暗闇に入り、鍵を掛けられる音を聞く。
地上で、声もなく人間が倒れる音を聞く――

お嬢様の復讐は、それで終わりを告げた。
後は残された遺産の行方だけで、そこからはもう弁護士さんも知っているようにお人形さんになって経過を見守るだけだ。

「しかし、何故・・・義彦さんが、そのような?」
義彦っていうのが・・・その実行した妹夫婦の息子さんの名前、だったね確か。
弁護士さんは信じがたい、と云うように表情を歪めた。
そりゃそうだよね、僕だって正気でしたとは思っていない。
瑞歌お嬢様は綺麗に笑って見せた。
答える気が――ないのだろうか。
僕はちょっと、可哀想になってきた。
だから、状況を見守る予定だったんだけど口を挟んで、
「催眠暗示、だね?」
「え?」
聞き返したのは弁護士さんだ。
「お嬢様の父親が――とても腕の良い手品師だったと、知っていたのでは?」
そう、お嬢様の父親――伯爵の娘と駆け落ちしたのは、まだ若い手品師だった。上流階級の催すパーティに呼ばれ、見世物として日銭を稼いでいたらしい。
あるパーティでお嬢様の母親と出会ったのが、運命だったというか伯爵の不幸だったというか。
幼き日に死に別れたとはいえ、お嬢様がその手品を習っていないとは云えないし、さらにお嬢様の住んでいた長屋――あそこに居たのは全て、手品師やら催眠術師やら道化師やら――怪しく生きる人間ばかりだったのだ。
お嬢様がそれを使えたとしても、おかしくはない。さらに、
「お嬢様の傍に控えているメイドさん、彼女はお嬢様の味方ですね」
弁護士さんは驚いて僕とお嬢様、そしてお嬢様の車椅子を引いていた足音を立てない怖いメイドを見て、
「しかし、彼女は私の父が身元は確かだと、雇った子でして――」
「雇ったのは、お嬢様がこの屋敷に来てからですね? そして貴方のお父上は――」
お嬢様、そしてメイドは同じ表情でにっこりと嗤う。

ああ―――怖い。

「先生のお父様はとても良い人でした。だから先生を欺くのだけは少し――辛かったの」

お嬢様はとても――演技がお上手だ。


to be continued...



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