御屋敷のお嬢様 15  本業探偵の雑用業務





初めて見せたお人形さんの変化に、僕は平気だったんじゃない。
怖くって逃げ出せないほど、硬直していただけだ。
うう、なんで綺麗な人が笑うと、こんなに怖いんだろう?!
星の笑顔も何か裏がありそうで怖いんだよね。実際は何にも裏はないって知っているけどさ。

固まっていた僕を、溶き解したのはまた弁護士さんだ。
「ま、待ってください。ですがこれまでお嬢様は――」
「うん、いろんな先生が、名医が、何度も何度も診て診察したのだよね。その資料は見たし解かったけれど、どうもどれも――こう、不自然で」
「不自然?」
「不必要に、人間じゃないもののように記されている。けれどお嬢様は、見た限り綺麗な肌だし艶のある髪をしているし顔色が悪いわけでもないし――本当に綺麗なお人形さんのようで」
「どういうことです?」
「お嬢様は自ら何もすることが出来ない割りには、きちんと栄養を取っているってことだね。自分で立ち上がりも出来ないお嬢様は、このメイドさんの云うことは聞くようだけれど、こんな状態で満足に食事が出来るだろうか? 答えは、否、だ。どんな状態であっても、植物状態になれば人間はどこか衰えが表面に現れるものだ。まぁ、これは――僕の憶測でしかないけれど。お嬢様は三食きちんと、栄養も整えて食事をされていたね。ほら、僕もここに住んですっかり血色が良くなっちゃって――」
喋り続けた僕を、弁護士さんは驚いたまま見続ける。
仕方ないので僕はそのまま続けた。
「さらに診察は全て日中に限られ、そして短時間だ、と記されていた。それくらいなら、このお嬢様は人形で居ることくらい簡単だったろうと思う。何しろ――あの事件を経験しているのだから。あの虚無の空間に置かれる事を考えれば、人形で居ることなど容易いだろうな、と思う」
何度想像しても、僕は背筋がぞっと震える。
一度見ただけで、僕はあの地下室を何度も思い出す。そして足を踏み込ませたくなど、ない。
湿りを帯びた空気。
異臭を感じる匂い。
何の軋みすら聴こえない無音。
あの世界に閉じ込められて、正気で居ろと云うほうが無理なのだろう。
けれど、瑞歌お嬢様は正気を失ってはいない。
何故なら、第三者に押し込められたのと、自ら入ったのでは心構えが違うからだ。

僕はやっぱり想像出来ない。
例え後のことを考えたからとしても、あの中に自ら足を入れたいとは思わない。
目の前の少女は、只者ではないのだ。
「復讐は、成功したかな」

僕の言葉に少女は微笑んだ。
それが怖いとは今度は思わなかった。
何故なら、感情なく表情が変化したのではなく、子供が悪戯を成功させたときのあの誇らしげで楽しそうな――それだったからだ。
僕はそれで自分の答えが間違っていないと確信した。
大河内もそう感じたから、事件をあの結果で収めたのだろう。
けれど僕に対する依頼は事件を解決するものではない。
だから、これで正解だ。

きっと、少女の未来は二通り在ったのだ。
このまま人形を続けて、相続権を失う未来。
僕か誰かに、真相を知られて人間に戻る未来。
勿論、相続権を失ったら、その時点で彼女は人形を辞めてこの柵だらけの屋敷から出て行ったことだろう。
それも良いかな、と思ったのだけど、僕に来た依頼はそうでは無かった。
この結末は、僕が導いたものではない。
用意されたものに、誰もが己の道を知らず選んで歩いていただけだ。
まだ、十年と少ししか生きていない少女に、誰もが操られたのだ。
勝ち誇った様に笑う少女はもう人形ではない。
何を訊いても答えてくれる。
僕の仕事は終わった。

そう思っていると、極度の驚きから戻ってきた弁護士さんが、何度か目を瞬かせて、
「復讐?」
そう訊いて僕の隣に回りこんだ。
つまり――お嬢さんと視線を合わせるように、だ。
「瑞歌お嬢様、私が解かるんですか?」
瑞歌お嬢様は、声を上げることはなく、ただ初めて正解、と言うように微笑んだ。
「つまり――」
篠井さんはお嬢様から僕に視線を向けて、
「お嬢様は正気だった、と言われる?」
「うん、はい、そう」
僕が素直に答えると、篠井さんは――何故か顔から表情を一切なくしたような顔で。
なんて云うのかな、最初に僕と会ったときみたいな顔だ。その顔で、
「私を騙していたんですね?」
「・・・・・・・」
お嬢様は笑わなかった。
その笑顔を凍らせたように固めて、口端の上がった口は、動くことは無かったけれど、
「しまった、」
と慌てているようにも見えた。
そしてお嬢様は首を反対に傾げて見せて、これまた可愛らしく微笑んで見せたのだ。

「ごめんね?」

それが、初めて聞いたお人形さんの声だった。


to be continued...



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