御屋敷のお嬢様 エピローグ 本業探偵の雑用業務 「いつまでグウタラしてんだいッこのズボラ探偵ッ!!」 近所中――いや、世界中に響くような怒声で事務所兼自宅のドアを壊さんばかりに開けるのは――他の誰でもない、大家だ。 禅定鉄子だ。 その巨体で狭いドアから入って来て―― その扉壊れたら、修理費出して貰えるんですよね・・・・・? 淡い期待を抱いた僕は、事務所にある安ソファで丁度星に膝枕をしてもらって昼寝をしていて、 「ボケッと生きてておまんまが食えると思ってんのかいッ! 貧乏人は足の裏擦り切れるまで働いてきなッ!」 大家の言葉は尤もだけれど――今日の僕は一味違うよ。 ふふふ、寝っ転がっていても、平気なのさ。 僕は身体を起こし、ぼさぼさの頭を掻きながら、 「大家さん、僕は貧乏だという自覚はありますし、働かなければ生きていけないということも知っていますが――今は違うんです」 「何だってッ」 「先日、受けた依頼を解決しまして、その報酬が入ることになっていまして――ええ、もちろんこれからは家賃も滞納しませんし暫く仕事がなくても慎ましくしていれば食べていけるほどのもので――」 いや、そもそも家賃はこの依頼の前金でかなり先払いをしているはずだが、僕はたまにしか云えない見栄も云ってみた。 云ってみたかった!! 大家はそれで思い出したように右手で掴んでいた――もちろんぐしゃぐしゃになっている――手紙を僕に放った。 「ほら、その依頼の相手からだね、お礼の手紙が来てたよ」 「・・・・・って、だから大家さん! 僕宛じゃないですか! なんで封が切ってあるんです?!」 「あたしが受け取ったからに決まってるだろ!」 いえ・・・・もう、そういう理屈は・・・・・ああもう、いいです。 すみません。 受け取れなかった僕が悪いんですよね。はい。 僕はその迫力に――理不尽な言葉に、反抗するだけの力なんてない。 持ち合わせていない。 ああ、星が冷たい目でっ! 「意気地無し」と罵っている! いいよ、幾らでも罵ってくれ。 強いものには逆らわない。 これ、僕が生きていく秘訣。 だけど星だって、沢山の報酬が入れば――御菓子を買ってあげれば、僕に優しくしてくれるんだ。 そうだ、とことん甘えてやろう―― 僕は大家から投げ渡された手紙を開けて、一枚の手紙と同封されていた封筒を見た。 手紙には丁寧に挨拶から始まり、今度の事件のお礼を綴った弁護士さんからの言葉があって―― そして見逃さず、謝礼を同封します、と確かに読んだ。 僕は同封された封筒を開いて、中を覗き込む。 「・・・・・・・・・」 封筒の大きさより、その薄さに暫く考えて――中を覗き込んでまた考えて―― 「・・・・大家さん、どうして――この封筒も封が開いているんでしょう・・・」 「あたしが開けたからだよッ!」 ・・・・そうですか。 そうなんですか。 誤魔化す気もないと、おっしゃる貴女はいっそ潔くて素敵だ、と思えないこともないことも―― ないわけあるかッ!! 「ちょっと大家さん?! なんか、なんか謝礼が少ないんですけど?!」 はっきりとした金額を聞いていたわけではないけれど、でも前金よりは確実に多くあるはずなのだ。 卓袱台がここにあったら引っ繰り返したい勢いだ。 ここは譲れない、と大声を出した僕に―― 「紹介料を貰ったよ!」 云い切る大家さん・・・・・・ 云い切ったね?! 云い切りましたね?! 「しょ、紹介料って・・・ちょっとそれ、多すぎないですか?! てゆうか紹介料ってどういうことです?! 前金を全部持ってったじゃないですか! これは僕がちゃんと仕事を為遂げた、という報酬でして――」 「黙れヘボ探偵!! 誰が仕事を紹介してあげたと思ってんだいッ紹介もなけりゃお前は今でも一文無しだろうッ!」 あああ、尤もだ。 正論だよ、大家さん! だけどそれはぼったくりって云う立派な犯罪で―― 「確かに謝礼は届けたからね。じゃぁなヘボ探偵、またなんかあったら回してやるよ」 大家はとっても男らしく――呆然とする僕を見捨てて、また狭い扉から巨体をすり抜けさせて出て行った。 消えてしまえばその存在は夢か幻か、と思うほどあっさりとしていて――いや、確かに夢じゃない、と僕の手には薄い謝礼が握られていて。 その僕の手を、そっと――けれどしっかりと掴む星の細い指があって、 「・・・・・ケェキ」 どこの誰が何のために創ったんだ、と思うほど綺麗な顔で、その目に期待を込めて星が僕を見上げて来て――― ああ、僕は、本当に弱いイキモノです。 |
fin.