御屋敷のお嬢様 13  本業探偵の雑用業務





依頼の期日は今月末。
僕は始めの二日で自分なりの結果を考え出しちゃったわけなんだけど。
絹嶺院伯爵家に住み付いて、今日で十日と二日。
初めの頃のあの脅えはどこへ行ったのか。僕はまったりと金持ち生活を送らせて貰っていた。
足音を立ててくれないメイドや、気配を感じない下男たちの振る舞いにも慣れて、いや、寧ろ彼らが世話をしてくれることに全身で受け入れて、きっとこの屋敷で誰よりも優雅に暮らしていた。
ふふん、もう高級そうなティカップ一つで脅えることもないし、綺麗に磨かれたナイフやフォオクを床に落としたってうろたえないよ。
この屋敷から出ると誰かが付いて来るって云うから、それなら、と僕はあれ以来一度も外出もしていないしね。
三食お八つに昼寝付き。
あぁ、こんな生活初めてなのに。
こんなにも僕は堕ちるのが早かった。
あの恐怖の大王、大家さんの居る家に住んでいたことが嘘のよう。
てゆうか、怖すぎて帰りたくない。
あ、本音が出てしまった。

僕の行動に注意も文句もない星と、その日もまったりと与えられた部屋で過ごしていたのだけれど、その扉が不意にノックされた。
僕は丁度、ソファに転がって星の膝の上で耳掃除をしてもらっていたんだけど、メイドがお茶でも運んでくれたのだろうか、と思って気軽に返事をしちゃったんだよね。
「はーい、どうぞー」
って、だってもうこの屋敷の人たちにはこんな格好も何度も見られているから、お出かけ用にって頭もどうにかすることもなくぼさぼさでいろんな方向に跳ねてるままでも平気だしさ。
だからさぁ、
「失礼します」
って入ってきた弁護士さん、まだ若い篠井さんが現れたのにちょっと驚いちゃったんだよ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
当然、こんな格好を予想していなかった篠井さんも固まってるし、僕も驚いて固まってしまった。その空間で動いていたのは、まったく周囲を気にせずただ耳掃除を続けていた星だけだった。
星・・・ちょっとは何か反応しようよ。

「え、えーと、どうぞー」
僕は取り敢えず起き上がって机を挟んだ向かいのソファを促すのに、さすが弁護士さん。何もなかったようにいつもの顔に戻って足を踏み入れて来た。
「お寛ぎのところ大変申し訳ありません」
って・・・それは厭味?! 厭味なの?!
い、いいじゃん! 時間限定のお金持ち生活を少しくらい満喫したって!
もう僕の人生で最初で最後なんだし!
あっさりとソファに座る篠井さんから、どういう意味なのかは全然見抜けなかったけれど、僕は一人で心の中で拗ねておいた。
それから机の上に置きっぱなしにしていた帽子を掴んで頭に被せる。
今更といわれ様とも、少しくらい体裁を気にしたっていいじゃない?
弁護士さんはやっぱり時間を無駄にしないのか、早速用件を口にした。
「椿さん、ご依頼している件ですが」
「はい」
「最近は外出もされていないようですね」
「はい」
「お調べ頂けたのでしょうか」
「はい」
「結果は出ましたか」
「はい」
「ご報告頂いていませんね」
「はい」

僕は全てに素直に答えた。
篠井さんはそこで一度質問を止めて、僕をじっと見つめてくる。
うう、だからそういう趣味はないんですー
って、篠井さんがじっと見る理由も解かる。
探偵として、僕は調べた。
結果も出て来た。
けれども依頼人に報告はしていない。
ただここで無為に時間を過ごしていただけだ。
で、何をしているのか、と云いたいんですよね・・・はい。ごめんなさい。
僕は篠井さんと目を合わせないように周囲に彷徨わせて、それから星にも視線を送ったけれどこれはまったく無視された。
なんて酷い助手だろう!
嘆いても仕方ない。
「え、ええと、ですね」
僕は必死で考えた。
何か・・・良い云い訳はないだろうか?
しかし、出てくるはずもない。
「・・・・ご、ごめんなさい」
僕は素直に頭を下げることにした。

ちょっとだけ、後少しだけ、時間ギリギリまでお金持ちの生活をしてみたかっただけなんです・・・


to be continued...



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