御屋敷のお嬢様 12  本業探偵の雑用業務





僕はお嬢様の硝子玉になった目を思い出して、思考に耽っていたみたいだ。
気付くと真正面からじっと大河内が見詰めている。
その視線に気付いて、
「止めてよ、僕、本当にそっちの趣味は・・・」
「私だって勘弁して欲しいですよ!」
むきになって大河内は云い返して来たけれど、僕としては誤魔化されてくれた、とほっとするところだ。
もう考えたくない。
実の所、深く考えても仕方がないことなのだから。
大河内は一度深く息を吐き出して、
「と、兎に角ですね、私としてはあの事件はあれで終わらせたんです。余計なことをして盛り返さないで下さいよ」
「そんなことは解かっているよ、僕だって君の結末に不満があるわけじゃない」
「本当に?」
「疑り深いなぁ、気になるなら君の前で弁護士さんに報告に行くけど」
僕と同じ情報を得た大河内が出した結論なら、あの締め括り方が最適だっただろうと、思う。
「結構です! 私はもう、あのお嬢さんには会いたくないですから」
怖いもんなぁ・・・
誰だってあの顔をした人形とは会いたくないはずだ。
それから、断った理由も他にあるのだ、と僕にも解かる。
大河内が出てくると、あの事件事態が解決していないのでは、と云うことになってしまう。それは誰にとっても害になるものでしかない。
ともあれ、大河内がこうして来てくれて、その考えを教えてくれたことで僕もまぁ、想像が確信に変わった。
立場的に考えれば、周囲に持て囃されて誰よりも輝いていなければ成らないはずのお嬢様が、あの状態になってしまったことを思うと、僕も溜息が出てしまう。

あー本当、こういう依頼は頭が痛い・・・
ああ、僕はどうしてあの大家の店子になってしまったんだろう。
世を儚んで僕が散ってしまっても、誰も不思議に思わないほどの仕打ちだと思うよ。
僕がこの先に不安を覚えていると、隣で星はそんなこと自分の人生に全く関係がないのかしれっとした顔で澄まして座ってる。
星、君とも運命共同体なんだから、もう少し一緒に悩んでくれたっていいのに。
僕が子供のように拗ねて見せて視線を向けると、星はそれに今気付きました、と云わんばかりにちらり、と僕を見て、
「死ぬ度胸もないくせに」
「う・・・っ」
まるで僕の胸の内を読んだかのような一言!
どうして解かるの?!
大陸で習ったとか云うのは、本当は武術じゃなくって魔術とかなんじゃないの?!
でも、僕が衝撃に耐え切れず身体を星の膝に倒すと、跳ね除けるでもなく星は大人しく受け入れて頭を子供のように撫でてくれた。
ああ、女の人の手って、どうしてこんなに気持ち良いのかな・・・
僕がひとしきりその手に寛いでいると、正面に座った大河内が非常に厭そうな顔をして見ていた。
ああ、ごめんね。
君の大好きな星を取っちゃって。
でもそんな顔をするくらいなら、君もすればいいのに。
僕はそう思って身体を起こし、
「代わる?」
訊くと、星は大河内に視線を向けて手を膝に広げて見せた。
いつでもどうぞ、と云う仕草だ。
けれど大河内は――
「とっ! とんでもない!! つつ、星さんにそんなことをしていただくわけには! 私のようなものがそんな・・・っ人前で破廉恥な!」
依頼人を惜しげもなく食っちゃってる男の云い分じゃないと思うんだけど・・・?
でもそう全力で断りを入れる大河内の顔は真っ赤で、嘘偽りはない、と言うように耳まで真っ赤で。
どんどん押して来るくせにこっちが押し返したら引くって、それどうなの?
どこまで純情なの、君は。
君って本当に、星が好きなんだねぇ・・・・・
なんだよね?
そう言う事に、しておくからね?

僕は改めて考え直して、それから弁護士さんに自分の考えを報告するけれど、それは大河内の解決を濁すようなものではない、ともう一度伝えた。
すると大河内はもう用は済んだ、と立ち上がる。
「本当に、お願いしますよ!」
「信用ないなぁ、僕?」
「あるとでも思っているんですか?! 貴方が何度私の纏めた事件を引っ繰り返してくれたと思っているんです! しかもそれが自分の仕事だって云い張って! 私はね、いろいろなことを踏まえて一番良い解決を提示しているんです!」
「君の詰めが甘いんじゃないのかなぁ?」
「それでも椿さん、こればっかりは、お願いしますからね!」
大河内が念を押す理由も、僕に解からないわけじゃない。
きっと、大河内と僕の持つカァドは一緒なのだろう。
今までとは違うよ、と僕はうんうん、と頷いたのだけど、どうもやっぱり、僕は大河内に信用がないらしい。
疑った目で睨み付けてくるのをどうしようか、と思っていると、
「ケェキご馳走様」
それまで傍観者に徹していた星が一言、大河内に向かって云った。
おお! お礼を云ったよ、星が!
手に届く範囲にあるものは全て自分の物だ、と云い張る勢いの星が!
大河内はそれに破顔、と言うのが正しい顔で――
「お気に召して頂けましたか、星さん! 貴方が欲しいとおっしゃるなら、私は店ごと買い取る気持ちです!」
いやぁ、そんなには要らないんじゃないかな?
けれど大河内はその垂れ流れる言葉を止める事もなく、
「是非是非に! また私に会いに来て頂けるものと信じておりますから! この大河内成り比呂、どんな難事件があろうとも星さんの為にたちどころに解決して直ぐに馳せ参じます! それまでどうか、暫しのお別れです、ああ、知らず零れ落ちてしまう涙にあっても星さんの美しさは何ものにも例えようがないほど美しい!」
いや、星は泣いてない・・・と云うか、表情筋もまったく動いていないよ?
「ああ、私に時と云うものが操れたなら! 私はいつまででも貴方の元に傅いているというのに! 悲しいかな時は流れるもの。胸の内が引き裂かれるようですが、私もいち探偵として、男として名を上げた事のある人間ですから、そこは涙を飲み耐えることにしましょう! 星さん、どうか次に巡り会うときまでご無事で・・・ああ、しかし次に出会えるときもその美しさに変わりなどないのでしょうが・・・」
あーもう。
ちょっと長いからこの辺で削除。
大河内はすっかり来たときと同じテンションに戻って屋敷を後にした。

でもね、大河内くん。
僕も賛成するところがある。
あと何年経っても――星の外見は変わってないような気がするんだ・・・

これってもしかして、何よりも怖いことじゃない?!


to be continued...



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