御屋敷のお嬢様 11  本業探偵の雑用業務





「で、君何しに来たの?」
相変わらず足音を立てないメイドの入れるお茶は美味しい。
僕は慣れてしまったのか、もうティカップを持ったくらいじゃ震えない。堂々と飲める!
それ位の態勢は出来た!
ケェキは星が抱え込んでしまっているし、僕は冷めないうちにその紅茶を啜りながら向かいに座って星をにやけ顔で――楽しそうに見ている大河内に聞いた。
「何しにって?」
大河内はまるで星を見に来ることが理由です、と云わんばかりに真剣にケェキを口に放り込む星を見ているけれど、僕だって大河内を知らないはずはない。
僕と違って、落ち着く間もないほど仕事が舞い込んできている名探偵のはずだからだ。
「忙しいんじゃないの、こんなところで油売ってていいの? もしかして干されちゃったの――」
「忙しいですよ、貴方と違って!」
「なら何でこんなところに居るの」
大河内は初めて、僕を真っ直ぐに見て、
「この屋敷ですよ」
「・・・・ここ?」
「貴方が今、絹嶺院瑞歌に関わっていると聞いたからです」
「・・・気になるの?」
「当然でしょう? 私が解決した事件だと言うのに、貴方に何かケチを付けられないかと私は――」
本当にそれで意気込んで来たの?
なんと云うか、仕事熱心というか。自尊心が高いというか。
君って本当に変わらないねぇ。
僕が感心して、睨みつけてくるような相手を見ていると、隣でいつの間にか半分のケェキをそのお腹に収めた星が、
「・・・・男転ばし」
ボソリと呟いた。
「転ばしてないし!」
「転ばされてもないですし!!」

ちょ、ちょっと止めてよ星!!
怖いから!
洒落になんないから!!
僕と大河内が真剣なのに、星は自分は関係ないって顔して今度は優雅に紅茶に手を伸ばしている。
さっきまでケェキにがっついてたくせに・・・っ

話題を変えよう、と先に口を開いたのは大河内で、
「と、兎に角、私が円く収めたものを掘り起こされるのではないかと、思ってですね」
「掘り起こすつもりはないよ。だって僕は別にあの事件に付いて何かするわけじゃないから」
「でも、結果的に何か――」
そう、僕は調べただけだ。
僕がする仕事は、あのお人形になっちゃったお嬢様を正気に戻すこと。
そのために、そうなった原因を掻き集めてみただけ。
仮にも名探偵と呼ばれる人間が気にすることはない。
だけど、少し気になることがあるのも事実で、
「君さ、大河内くん、あのお嬢様のこと、どこまで調べた?」
僕は飲み終わった紅茶の、そのティカップの底を見てクルクルと回しながら訊いた。
やること成すこと派手な探偵だけど、でも仕事はきっちりするのが、名探偵の由来のはずだ。
「・・・この伯爵家に来る前、あのお嬢さんが居た家は」
「この前見てきたよ。僕と変わらない――くらい、隙間風のあるおうちだったねぇ」
「伯爵の娘が、この屋敷を飛び出して駆け落ちして、」
「身分もない男と結婚して、生まれた」
そう、瑞歌お嬢様は、生まれも育ちも気品あるお嬢様ではなく、身分なんてほとんど関係のない、隣近所筒抜けになるような長屋で育った――普通の子供だった。
それが、亡き伯爵が自分の老い先を考えて、駆け落ちした時点で勘当した娘を探し出したのがきっかけで。
しかし見つかったのは、孫娘一人きりだった。
駆け落ちした娘も、その相手もすでに亡く、瑞歌お嬢様は一人で、長屋の住人と家族のように暮らしていた。
引き取られる経緯は詳しくは解らないし、引き取られてからも解らない。
引き取った伯爵はもう居ないし、引き取られたお嬢様は何も答えないお人形さんだ。
下町の子供が、いきなり伯爵家に引き取られてその生活が出来たのかどうかは解らないけれど、今見るかぎり、お嬢様は綺麗で人形でなければそんな育ちだとは誰も思わないだろう。
でも僕は、あの硝子玉のような目を思い出して腕に鳥肌を立てた。
やっぱり、怖い。

どこをどうしたら、12,3の子供があんな目を出来るっていうのだろう。
いったいあのお嬢様は、何を考えていたのだろう。

何を思って、生きていたのだろう。


to be continued...



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