御屋敷のお嬢様 10  本業探偵の雑用業務





「いやあ星さん! 本日も大変お美しい! まるでこのお屋敷の主のような気品ですね! そう、貴方にはあんなボロ長屋は似合いません! 私に一言云ってくださればすぐに新しい豪邸をご用意致しましょう! そこで私と明るい未来の生活を送ろうではありませんか!」

絹嶺院伯爵家に居続けている僕達――正確には星を、訪れた大河内の最初の垂れ流れていく言葉だった。
一緒に出迎えてあげた僕は一切目に入っていないようだ。
僕と星がずっと使わせてもらっている部屋に入っても、大河内は一人口を動かし続ける。
よくもそんなに言葉が出てくるのだ、と僕は本当に感心して緩みない唇を見つめてしまった。
「・・・って、ちょっと椿さん止めてくださいよ私はノォマルですからね! 星さん一筋なんですからね! そんな目で見つめられても私は靡きませんよ!」
「僕だって厭だ」
「そんなことを言って、椿さんは信用なりませんから! 本当に男殺しと云うか男転ばしと云うかまったく良くも相手の気持ちを素気無くあしらえるものです、と常々いつも私は思っていますからね!」
「ちょっと聞き捨てならないな! 何だその男殺しって云うのは! 僕は絶対に男なんか転ばさないし殺さないぞ!」
「そうむきになる所がまた怪しい。いかんいかん、星さんやっぱりこの人の傍になんて居たら危ないですから早速、今日からでも私の家に――」
「・・・・・ケェキ」
ついつい大河内の言葉に僕も応戦してしまったけれど、それを遮ったのはそれまで傍観するのに徹していた星だ。
その視線の先は大河内の左腕――正確にはその先に持っている風呂敷堤で。
こらこら、星・・・
頼むからそんな欠食児童のような顔をして見つめないでくれ。
てゆうか、それケェキなの?
よく解ったね?
星の呟きに大河内は改めて思い出したように、
「ああ! 申し訳ありません星さん! いやまさか、この私が星さんのもとへ馳せ参じるのに手ぶらとは有り得るはずがありません! 榮屋本店のチョコレェトケェキです! あ、君、ナイフとケェキ皿。フォオクもいくつか持ってきてくれるかな」
と、丁度お茶をワゴンに乗せて入ってきたメイドにまるで自分が主のように抵抗もなく云い付けた。
大河内のこの自然さだけは僕には真似できないなぁ。
この部屋で、屋敷で、未だ僕は自分の住む場所じゃないような居心地の悪さを覚えるものがあるのだけれど、来て半刻も経たないと云うのに誰よりもこの屋敷の人間の様だ。
メイドが小さく頷き出て行くと、大河内は座ったソファの真ん中にあるテェブルに風呂敷を広げ、中からケェキの箱を見せた。
・・・このでかさってさ、ホォルケェキなんじゃないの・・・?
僕の思ったとおり、そこから現れたのは星の顔より、僕の顔より大きなチョコレェトのケェキで。
「・・・これ、誰が食べるの?」
「勿論、星さんですよ! 別に椿さんに召し上がって下さいとは云っておりません!」
「いや、そうだけど――いくら星でもこれ一個一人で食べるとなるとちょっと肉付きがよく――グゥッ!!」

僕は・・・最後まで云えなかった。
何故ならなら、星の肘が僕のお腹に――うう、酷いよ星っ
晩御飯食べられなくなったらどうしてくれるの?!
涙目になって身体を折り曲げる僕の隣で、星は誰より綺麗に笑って、
「頂きます」
と涎が出ているのを隠して大河内にお礼を云った。
ああ、くそう、僕を一体みんな何だと思ってるんだ・・・
僕はしくしくと痛むお腹を押さえて身体を起こし、それでも挫けない。
「ああ、だから・・・っこの家は僕のうちでも星のうちでもないんだから、お邪魔させて貰っているんだよ! なのに客が来てこの屋敷の当主になんの挨拶もないなんて――」
僕が云っているのは正論だ。
勿論、この家の当主と云えばあの瑞歌お嬢様になるわけだけど。
あの人形さんとは会いたいとは思わないので――出来れば大河内が行って来ればいいと思うんだけど。
云われて大河内は思い出したのか、しかし、
「でも、御当主はあのビスクドォルになったお嬢さんでしょう? 挨拶しても会っても貰えないと思いますよ」
正論だ・・・・ああ、それも正論だよ。
でもね、君達・・・大人の社会と言うものは、真っ当に、誰にも誹りを受けずに生きていこうと思えば、そういう気配りがね・・・ってこら!
聞いてんの!?
大河内はメイドの持ってきたナイフを受け取りケェキを真っ二つに割っているし、星はそれをお皿を持って構えている。
いや! 待って!
その半分――いくつもりじゃないよな?!
お皿に乗らないから!!

僕は仕方なく、大人の溜息を吐いて、そのメイドさんにチョコレェトケェキの半分を、瑞歌お嬢さんにも持っていくことを頼んだ。
隣から星の射抜くような視線が来ることは――この際、無視。


to be continued...



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