強情な関係 3 寺市の椅子であるそこに座ったままの佐藤からの視線が、背中に突き刺さっているのははっきりと感じられた。 すごいスピードで思考が回転し、同じ疑問と考えたくない結果が延々と巡る。 寺市はいつまでもそうはしていられない、と一度大きく息を吐いて、それを全て冗談にしてしまってなかったことにしたい、と笑みを浮かべて振り返った。 「な、なに言ってんだか、な――――夏流、も・・・・・」 しかしそれは引きつったようにしかならず、振り返り、初めて会ったときとまったく変わらない強い視線に絡め獲られて、動けなくなってしまった。 じっと見つめてくる佐藤の視線に、どうして今まで気付かなかったのか。 寺市は自分の甘さと愚かさを罵りたくなった。 佐藤は、真剣なのだ。 「・・・お前は、いつもそうだったな」 佐藤の唇は、動いたように見えない。 けれど、低い声は身体中に響くほど聴こえる。 これも昔からだった。 寺市は震える身体をどうにかしようとぎゅっと拳に力を入れて、 「・・・なにが」 「自分の感情だけで周りが何を考えているかなど、まったく気にしなかった」 その通りだったので寺市は何も言えなかった。 けれど、佐藤も何も言わなかったのだ。 寺市は自分の目にも力を込めて、睨み返した。 「でも―――お前だって、何も言わなかっただろ、俺がなにしようと、ただ聞いてただけで、何をしろともするなとも・・・」 言いながら、佐藤の視線の強さに負けて言葉が小さくなる。 「・・・俺が、お前のところに帰って、お前を抱く理由を、考えなかったのか」 「・・・・・・・」 考えたことなどない。 寺市はその答えを素直に言えなかった。 どう見ても、自分の分が悪く感じたからだ。 「お前が遊んでいるのを放っておいたのは、俺がずっと一緒にいられないからだ。初めて見たときから、ずっとお前を抱きたいと―――思っていた」 それがひょんなことで叶えられた。 佐藤は寺市の感情をよく理解していた。 寺市以上に、感じ取っていた。 寺市はどこか幼いのだ。 それが熟すまで、遊ばせておくのもいいだろうと判断し、けれど佐藤と会った後はしばらく他に誰も考えられなくなれば良いと、出来るだけ執拗に抱いた。 日本でなくても、海外へ撮影に行ったときも、他の誰かを抱かないなどと誠実にしたこともない。 溜まった性欲を処理するように、女でも男でも抱いた。 けれどそれは身体に組み込まれたカリキュラムのようなものだった。 見ただけで制圧し、押し倒し抱きたいと欲情する相手など、この寺市以外に出会ったことがない。 それを恋だの愛だのと歯の浮いたような言葉で表すこともないけれど、首輪を締めておきたいとは思うのだ。 ただ、その鎖の長さは地球を一周するくらいはあるかもしれない。 けれど、その先は佐藤の手に握られている。 それを寺市も知っていれば佐藤は何を言うでもするでもない。 じっと寺市を見つめると、その視線を受けて諦めたような溜息が寺市の口から零れた。 佐藤の視線は強い。 カメラのレンズ越しでも、はっきりと解かる。 何にも遮られていなければ、より一層だ。 寺市はその視線にいつも捕まっていたのだと、今更ながらに気付いた。 黒い髪に指を絡ませて掻きながら、 「・・・・俺のどこがいいんだよ」 困ったような声だった。 実際、どうしていいか解からず誰かに助けてもらいたいくらいだった。 助けてくれるなら、この状況を作った男にだって頭をさげるかもしれない。 この部屋の主の椅子から、その本人を見つめる視線は至って真剣だ。 寺市は考えて、思いなおした。 出会ってから十年以上の付き合いだけれど、佐藤が笑った顔を見たことがない。 口端を歪める程度ならあるけれど、それ以外にはこの表情が崩れた記憶がない。 いったいどういう構造をしているんだろう。 訝しみながらも、それでも感情が解かる寺市がおかしいのだろうか。 付き合いが長いだけかもしれない、と寺市が思案しかけたとき、ようやく佐藤の口が開いた。 それでも遠くから見れば動いたようには見えない程度だ。 なのに声は良く響いた。 「身体は気に入っている」 「はぁ?!」 真面目な顔で言われた言葉に寺市は思わず投げ返すように聞き返した。 「何言ってんだ! 冗談ならそれらしい顔しろ!」 けれど佐藤は自分のものではない椅子に反り返り、誰より偉そうな態度をまったく崩すことはなく、 「冗談など言ったことはない」 「・・・・・」 「この間帰ってきたとき、お前の手に縛った痕があったな」 「・・・ああ、あれは、友達がふざけて・・・」 「ふざけて友達と、寝たんだな」 「・・・・・・」 寺市は顔を俯かせた。 強い視線を、まともに受け止められなかった。 佐藤と付き合っているわけではないのだから、責め立てられる理由などないと言うのに何故か居心地が悪い。 「お、お前、俺をどうしたいんだよ」 躊躇いがちに、寺市の口が開いた。 自分からどうすることも出来ず、押し付けられるような視線を向ける佐藤に決めてもらおうとしたのだ。 佐藤の言葉は余計なものがない。 思えば、苦手な夏流も同じようなものだった。 このタイプが実は嫌いなのかもしれない――と寺市が思ったとき、 「とりあえず、抱く。今回はまだ、抱いていない」 「・・・・・・・そんなに溜まってんの?」 正直に真面目に答える佐藤に、眉を顰めながら寺市は視線を戻し、後悔した。 絡められた視線が、もう離せなくなってしまったのだ。 「お前を見たら、欲情する」 |
to be continued...