強情な関係 2





寺市はもっと自分に力をつけるために専門学校へ進んだ。
そして、佐藤はバイト先のカメラマンのもとに本格的に弟子入りした。
専門学校は思った以上に疲れる。
本気でやりたい人間だけが生き残れ、名を上げる場所だ。
それの上を目指していた寺市は誰よりも真剣だった。
しかし、誰も周りにいない。
トモダチだと言ってくれる人間はいても、寺市はそれに落ち着かなかったのだ。
一緒にいて、楽しいとは思っても心は安らがない。
少しずつ、ストレスが積み重なるのを感じた。
昔は、どうして平気だったんだろう、と考えて、すぐに思い当たった。
佐藤がいたのだ。
学校に行けば、佐藤がいた。
その隣にいるだけで、何故か変に大人ぶって尖ることもなく、強制もされず、何もしないでも文句も言われない。
卒業するときは実にあっさりしていた二人だった。
式の後、すぐにお互いに道を別け、言葉少ない挨拶だけで終わった。
それ以降、なんの連絡も取っていない。
いないことがこんなに不安を掻き立てられたのは初めてだった。
寺市の性格は基本的に社交的。
そして、性癖もフレックスだ。
気に入った相手と、気の向くままに付き合う。
それが自分に一番合っていると自覚していた。
しかし誰と身体を重ねても、このストレスがなくならない。
そんな状態の寺市が、佐藤と再会したのは偶然だった。
混雑した駅の中で、寺市は視界に入って来た男を目を瞠って確かめた。
いや、確かめるまでもない。
高校の頃よりさらに成長した規格外の男は、佐藤にしか見えなかった。
人ごみを掻き分け、寺市は思うより早く、足を出して佐藤の背中を捕まえた。
「・・・佐藤!」
相手はゆっくりと振り返り、寺市の視線と絡む。
高校の頃、伸ばしっぱなしにしていた真っ黒な髪をかなり短く刈り上げ、佐藤の強い双眸はもうなにものにも隠されていなかった。
しかし、寺市は佐藤のシャツを掴んだままでその視線に心の奥で息を吐いた。
ようやく、落ち着いた気分だった。
自分には、これが必要なのだ―――
寺市は自分で納得し、カメラ機材を抱えていた佐藤を笑った。
「・・・久しぶりだな」
「・・・ああ」
「相変わらず、写真か」
「・・・ああ」
寺市は一言だけで返す佐藤に、少しの戸惑いも見せなかった。
「お前、ちょっと時間ある?」
「・・・今は、ちょっと」
「あー・・・えっと、夜とかでも、休みは?」
「今日の夜なら」
「なら、仕事終わったら連絡してくれ、携帯ある?」
取り出された携帯電話に、寺市は素早く自分の番号を入力した。
「じゃ、夜に」
寺市は佐藤の言葉も待たず、軽く手を上げて身体を翻した。
すぐに雑踏に紛れる背中を、暫く佐藤がじっと見つめていたことも気付かないまま――――


寺市は基本的に恋愛をする、という思考がない。快楽は快楽だけだ。
それが良ければそれ以上は必要もない。
そして今、欲しいのは佐藤とのあの空間だ。
側にいて欲しいなどと、女のように囁くつもりはまったくなかった。
あるのはストレスと、溜まった欲求だけだ。
これを同時に解消するには、結論は考えるまでもない。
いつも一緒にいて、同じ感覚を持っていた佐藤が断るはずもない、とどこかで確信もしていた。
夜遅くになってから連絡をしてきた佐藤を、寺市は自分の部屋に呼んだ。





「・・・・これは?」
一人暮らしをしている寺市のマンションに入って、玄関からの廊下に壁に沿って並べられた紙袋を、佐藤は部屋に入ってすぐに見つめた。
自分のものなのか、カメラ機材の入ったケースを肩から提げたままの佐藤を招き入れて、さっさと奥の部屋へ入ろうとしていた寺市は振り返り、
「ああ・・・出品したショウで使った衣装。しまうところがなくてそこにとりあえず並べてる」
並んでいるのは紙袋で、中の衣装は丸められているだけだ。
寺市はどこか雑なのだ。
佐藤は気付かないが、無造作に突っ込まれたままのそれらはそのショウでちゃんと賞を貰ったものばかりである。
廊下の奥の部屋は20畳ほどの広いフローリングだった。
入り口近くの壁に簡易キッチン、部屋の置く隅にベッド。それが解るだけだった。
それ以外は――まったく寺市の性格を現したような、騒然とした部屋だった。
とりあえずものがいたるところで散乱し、生地なのかはぎれなのかはすでに区別は付けられない。
壁に向かって置かれているミシンとその隣に二台のトルソー。
それに中途半端に着せられた服。
床にも大きな模造紙と雑誌や教科書と思われるような冊子。
さすがに佐藤は眉を寄せて、
「・・・掃除は」
寺市も、この部屋が綺麗だなんて思ってはいない。
これで生活が不自由でないだけだ。
「あー・・・何処になにがあるかは分かるから、無駄につつきたくない」
整理して棚を置き、片付ければもっと何があるかは第三者にも解るだろう。
けれど寺市はそんなことは気にしない。
寺市が気にしないことは、佐藤もため息ひとつで諦めた。
寺市はあまりもののない場所をすすみ、ベッドの側に立つ。
そのベッドも、布団の上に服が散らばっていた。
それは寺市の私服で、作っているものではないようだ。
その服を寺市はざっと床に下ろし、
「佐藤」
入り口で立ち尽くしたままの男を呼んだ。
佐藤は機材を廊下の床へ下ろし――部屋に置く場所がなかったのだ――寺市の跡を辿るようにベッドに近づいた。
寺市は自分より大きな身体をベッドに座らせて、
「佐藤、俺、ちょっとお願いがあるんだけど」
「・・・・なんだ」
「すげぇ、溜まってんの、やんない?」
佐藤の表情に変化はない。
もともと、変化が感じられない鋼鉄の造りなのだ。
寺市はそれでも笑顔で、
「俺が抱くのってどう見ても無理だから、お前がしていいから・・・な、しよ?」
座った佐藤の肩に手を置き、開かれた足の間に自分の膝を押し当てた。
唇を舐めて妖艶に笑う寺市は、背中に伸びる佐藤の大きな手にどこかほっとした。
抱かれた後で、ベッドに転がった寺市はどこか充実していた。安心もしていた。
「・・なぁ」
起き上がってシャツを着込んでいた大きな背中に、転がったままで見上げた。
「俺さ、お前と・・・一緒にいるの、楽みたい・・・」
振り向いた視線に笑ったものの、視界がどうやらぼやける。
睡魔が襲ってきているらしい。
「だから・・・厭じゃなかったら、また・・・しよ・・・な?」
ゆっくりと瞬きながら笑ったつもりだった。
付き合うつもりはない。そんな関係ではない。
それは寺市にははっきりしていた。
睡魔に勝てそうもない頭に佐藤の大きな手が伸びて、ゴツゴツとした手からは考えられないほど優しく撫でられた。
それが、了承の合図だと寺市は笑って、襲う眠りに逆らわないことにした。
「・・・こんど、おまえの写真・・・みせて・・・?」
呟いたけれど、返事が聞こえないままに寺市は深く眠りに入り込んでしまった。
それからずっと、その関係は崩れることはなかった。
佐藤の撮る写真は風景が多い。
動物や時折人間も映っているので、自然と言ったほうが近い。
弟子入りしたカメラマンは海外へも頻繁に飛ぶ。
佐藤もそれへ何度も付いてゆき、見込みがあったのか自然と腕が上がり、そのうち寺市にも名前が聞こえるようになった。
佐藤の撮る写真は、確かに惹き込まれるものがある。
あまり動かないものを見ない寺市でも、佐藤の写真だけは必ず目を通した。
佐藤の見る世界を、自分も見てみたいと思ったからだ。
どこへでも飛んでいって、時には数ヶ月も帰ってこない佐藤はしかし、日本に帰ると必ず寺市のもとに戻ってきた。
約束を守るように寺市を抱き、また出かけるのだ。
それで満足していた。
寺市は、このままで良い、と思っていた。
寺市が自分の夢が叶い、ブランドを立ち上げるころになって、佐藤に連絡を取った。
ずっと佐藤を帰ってくるのを待っていた寺市は、自分から連絡を取ったのは初めてだった。
もちろん、仕事である。
自分のブランドの撮影を、佐藤にしてもらいたいと頼んだのだ。
簡単に了承を得て、仕事は着々と進む予定だった。
が、モデルを選ぶときになって少しもめたのだ。
それはすぐに解消されたけれど、そのときにネックになったのが「長瀬夏流」という男である。
自分よりはるかに若く、学生にしか見えなかったけれど、夜遊んでいるときに何度か顔を合わせて知り合った。
ただの、知り合いのはずだった。
それ以上になるつもりはまったくない、寺市はあまり近づきたいとは思わない人種だったのだ。
その男と思わぬことでかち合い、自分より状況を見る目が良いのか、簡単に爆弾を落として行った。
その言葉の意味が、解らないほど寺市は無邪気ではなかった。
寺市は自分のプライベートルームと言う密室の中で、押しかかる無言の圧力に押され、固まったまま動けなくなってしまったのだ――――


to be continued...



BACK  ・  INDEX  ・  NEXT