強情な関係 1 部屋に落ちた沈黙は、必要以上に重かった。 こんなに息苦しく感じるなど、初めて会ったとき以来だ、と寺市 峯は呼吸を殺すように息を飲んだ。 そう、初めて逢ったとき、こんな関係になるとはまったく想像もしていなかったのだ。 もう、12年の付き合いになるカメラマン、佐藤 慎二とは――― 初めて出会ったのは、高校の入学式。 学業にあまり身を入れない寺市が気だるさを隠さず、義務のように入った新しい教室。 その隣の席に座っていたのが、佐藤だった。 付き合い程度に周囲に感心はあった寺市と、まったく他人のことなど気にもしない佐藤。 隣同士の席でも会話らしい会話はほとんどない。どういう人間かも知らない。 寺市はただの愛想のないクラスメイトとして気にもかけたくなかったけれど、それでもいつもどこかで引っ掛かったのはたまに絡む視線のせいだ。 佐藤はまったく口を開かない男だった。 授業で当てられたときくらいしか声を聴いたことがない。 そして同級生のなかでも、とてもじゃないがすでに新入生には見えない大柄な体格と無言の圧力を感じる雰囲気。 真っ黒な髪はどう見ても無精で伸びたとしか思えないし、その間から覗く視線は向けた先を硬直させるほどきつかった。 いったい何を思って見ているのだろう。 寺市はその視線だけ、いつまでも忘れられなかった。 そんな二人が近づいたのは一学期も終わる、夏休みに近づいたときだ。 寺市と佐藤の共通点があった。 それは、ふいに学校を休むこと。 そして、成績があまり良いとはいえないこと、だ。 揃って教務室に呼ばれたもう夏日だという放課後だった。 「補習―――っ?!」 静かな教務室に響き渡ったのは寺市の思い切り厭そうな声だった。 「大きな声を出すな!」 その寺市の頭をプリントの端で叩いたのは担任である。 それに寺市は食って掛かるように、 「ちょっと待ってよセンセ! 俺そんなものしてる暇ないって」 「暇がないとはどいうことだ!お前は学生!学生の本分は勉強!!学校もサボりがちな上にこの期末の成績・・・!補習で勘弁してやるだけ有難いと思え!」 捲くし立てられた正論に、寺市はうっと怯んだ。 「しかも、二週間だけだろうが、真面目にそれに来たら晴れて夏休みに入れる。それくらい我慢して来い」 どうみても我慢したくない、と顔を顰めた寺市の隣で、それまで黙り込んでいた佐藤が小さく口を開いた。 「先生、俺勉強よりしたいことがあるので」 小さく開いただけなのに、その声はずしりと重く響いた。 とても高校生の出す声には聴こえず、担任も眉を顰める。 寺市は初めて長い言葉を聴いたな、と佐藤を見上げ、それから自分も何度も頷いた。 「俺もー、俺もしたいことがあるから」 担任は頭を抱えそうになるのをどうにか堪えて、そのこめかみを指で押した。 「お前らな・・・!」 一度俯かせた顔を、再び上げるとそこには大人の強い意志があった。 「高校は義務教育じゃないぞ。辞めたければ辞めればいい。だがお前らは入学してるだろうが、なら、ちゃんと卒業しろ。高校はなにも勉強だけを教えるつもりはない。学生のうちに、若いうちに出来ることを学んで遊ぶ。それが本分だ。勉強だってしたい人間としたくない人間がいるだろうが、高校にいる以上、最低のラインは守れ。それだけがルールだと思え。お前らは、そのラインをまったく超えてないんだよ、だから、補習に出ろ!」 言い切られて、寺市も佐藤も何も返せれなかった。 詭弁ではなく、相手の本心がそこにあったからだ。 高校生はもう、言って聴かせればいいだけの子供ではない。 この担任は長い教師生活でそれをしっかりと解っている。 日程のプリントを渡されて、大人しく二人ともそれを受け取った。 二人で並んで教室に帰る途中、やはり、先に口を開いたのは寺市だ。 純粋な、好奇心からだった。 「お前さ、やりたいことってなに?」 寺市の身長は平均だ。 それでも見上げるのは佐藤が規格外なのだ。 見上げられたそれを髪の間から絡めて、 「・・・写真」 「え、写真?」 訊き返した寺市に、佐藤はただ頷いた。 まったく想像もしなかった答えに寺市は何故か興味を引かれた。 「そうなのか、でもお前、部活って入ってないよな?」 この学校にも写真部があった。 それに佐藤は首を振り、 「もう、知り合いのカメラマンのところでバイトしている」 だから、学校の部活などには興味はない。 そして、その都合で度々学校を休むのだ。 寺市は深く納得して、 「ああ、そっかぁ・・・」 頷いたところで、上から今度は低い声が響いた。 「・・・お前は」 「ん?」 見上げた寺市は、真っ直ぐな視線と絡んだ。 それを、寺市は厭じゃないな、と感じた。 「あ、俺? 俺は服作ってる・・・てか、作っていきたい、で、いつか会社立ち上げたいんだよな」 そのための資金用に、と今から金を貯めようとバイトをしている、と言った。 寺市は自分で言った言葉に驚いていた。 今まで、ただ愛想で付き合っているクラスメイトにだって言ったことのない、自分の夢だった。 言いふらすつもりもなければ自慢したくもない。 そう思っていたのに、あっさりと口に出たことに驚いた。 「・・・そうか」 返事は、ただ一言だった。 からかうでもなく、嘲るでもなく。 一言の肯定。 寺市が佐藤に興味をはっきりと持ったのは、このときだった。 それから、なんとなく一緒にいることが多くなったのだ。 雰囲気の違いすぎる二人に、誰もが違和感を持っていたけれど本人達はまったく気にもしなかった。 何をするでもない。 お互いの背景を気にするでもなく、今の状況を話して聞かせたいわけでもなく。 ただ、一緒の空間にいることが落ち着くことだったのだ。 それは大きく括れば友情であるが、それから一歩進んだのは高校をお互いにどうにか卒業できてからである。 |
to be continued...