強情な関係 4





寺市の部屋は、そのアトリエの上の階にある。
フロアの半分ほどの広さを使って寺市は自分の落ち着く部屋を作った。
ただの空間だ。
別れているのはバスとトイレ、壁に向かって設置された簡易キッチン。
大きな窓の下に広いマットを置いただけのベッド。
そこを一応遮ろうというのか、屏風のような仕切り。
ような、とは屏風のように見えてそれは背も高く、しかし絵がそこに描かれているわけでもなくただ襖用の和紙が貼られているだけだからだ。
そこに無造作に掛けられた衣類――いや、部屋に散乱した衣類、それの類。
寺市の部屋は、大きな部屋になっても学生の頃とまったく変わらなかった。
フローリングのはずの床はそれをあまり見つけられることはなく、よくもここまでものが散らかせるものだ、と訪れる誰もが思う。
この部屋にミシンや裁断台、仕事道具がないのはすぐ階下にゆけば全てが揃っているからだ。
物臭に見えて、寺市はそれ、と決めたら貫き通すところがあった。
だから仕事はすべて階下のアトリエでしているらしい。
そのアトリエとは、大きな鉄筋で阻まれている。
階下の声が聴こえるわけもないし、ここでいくら騒ごうとも下に聴こえるはずもない。
けれど、寺市は古いマットのスプリングが軋むのに、掠れた自分の嬌声に耐えられなくていっそビルごと崩れてしまえ、と何度も思った。
あの後ですぐにこの部屋へと連れ去られ、いつものようにベッドに組み敷かれた。
いつも佐藤が帰ってこなければしない行為で、インターバルは長くてもそれが羞恥に思ったことはない。
むしろ、自分が欲したことなので寺市は積極的だった。
けれど、今度はどこか勝手が違う。
口付けをしようと近づけられた唇がどうしても耐えられなくて、咄嗟に横へ逸らした。
それが、いけなかったのだ。
寺市は時間を戻せるならそこに戻って素直に受け入れていろ、と自分を叱咤したい気分だった。
「・・・キスが、好きなんじゃなかったのか」
押し殺したような声に焦っても、後の祭りだ。
確かに寺市はキスが好きだった。
強請って何度も自分から仕掛けた。
だが今回はどうしても顔を合わせることが、動悸が激しくなって出来なかった。
ただそれだけのことなのだ。
「・・・ん、ちょ、ちょっと・・・?」
佐藤はあっさりと拒まれたキスを諦め、引き剥がした服の下から現れた素肌に口付けを始めた。
首筋から鎖骨へ、肩先へ。
執拗にキツイ口付けが肌を埋めてゆく。
夏だというのに白い身体には簡単にその痕跡が残されていった。
「ちょ、シン・・・っなに、ちょ、っと! 待て、そん、な、痕・・・っ」
付けるな、と続けたかった。
けれど顔を上げた佐藤はその寺市の細い腕を取って、その手首の内側へ唇を当てた。
「ん・・・っ」
音を立てるほど吸い付いて、しかし視線は寺市を奪ったままだ。
そのまま咬み付くように腕に愛撫をされる。
普段は乱暴に思うほど無骨な手が、これほどまでに繊細な動きをするとは思えないくらい寺市の身体を弄り、セックスに慣れた寺市はあっさりとそれに陥落してしまう。
もう逃げられはしない、と寺市は完全に諦めて全てを受け入れたのだった。
「あ、あ! んぁ、ん――・・・っ」
佐藤の腰は抉るように深く浅く挿入を繰り返す。
吐き出した自分の熱を掻き出すようにするせいで濡れた音が当たり前のように響く。
四つん這いになった身体は、すでに力が抜けて腰だけを突き出しているような格好でその腰を佐藤の手が思うように揺らす。
決して細すぎる身体ではないと言うのに、その手に触れられればあっさりと掴みきれてしまうのは、佐藤の手が大きすぎるのだ。
体格が、佐藤が規格外なのだ。
硬く濡れた佐藤の雄が出入りする音すら聴こえることに羞恥もしめしていたけれど、すでに寺市に理性はないのかもしれない。
延々と攻め続け、何度も焦らし泣き出すほど執拗に繰り返されるセックス。
いつもは一度や二度で終わらせるはずのそれも、もうすでにここで果てるのが何度目になるのか数えてもいない。
汚れたシーツに、また寺市の中心から雫が落ちる。
「あ、あん、ん、も、シン・・・っも、イ、ク・・・っ」
報告の義務のように張り詰めたことだけ、寺市の口から漏れる。
それ以外は嬌声と閉まらない口から零れる涎が溢れるだけだ。
それもシーツに染み込まれていくだけだった。
ベッドの軋む音も、淫猥な響きもすでに寺市の思考にはない。
揺れるたびに湧き上がる快楽だけを追うのに必死だ。
部屋の隅にある電話が、脱ぎ落としてベッドの傍へある寺市の服の中にある携帯が、幾度となく鳴り響く。
しかし寺市はそれにまったく意識を向けることがない。
押し込められる熱は強烈で、まさに身体中でそれを受けることだけに必死なのだ。
腰を進めていた佐藤はベッドへ重なるように上体を屈めて、腕を寺市の前へと伸ばし薄い胸板を弄る。
「あっ、あぁ・・・!」
下から抱え込むように肩を抱き、ひときわ強く腰を押し付けた。
「やあぁ・・・っ」
「―――峯」
顔を寄せた耳に、吐息と一緒に低い声が届く。
寺市に聞こえるのはそれだけで、他にはすでに何も出来なかった。
高潮した白い肌の上に、ところ構わず付けられた佐藤の痕に抗議するどころか今はもっと欲しい、と強請ってしまう。
「んっんんっ、シ、ン・・・っ」
朦朧とした意識の中で、しかし呼ぶのは佐藤のことだけだ。
その声に、佐藤の口元が緩むのを寺市は知らない。
濡れた身体を重ねて、我を失くしても呼ぶのは佐藤だけだということに、寺市は気付かないままだった。





熱に溺れたようなセックスを終えると、寺市は一気に冷静に戻る。
気怠い身体で、ベッドの上で意識を取り戻してみれば、何が楽しいのか黙々とカメラ機材を突付いている佐藤が視界に入る。
「・・・・」
声を出そうとして、何も出てこなかった。
寺市の起きた気配に気付いて、佐藤は無言でペットボトルの水を差し出してくる。
少し上体を起すだけでもだるいのは、今までで一番長い間抱かれていたせいだ。
寺市はそれに気付き、憮然と視線が細くなる。
なんだかよく解からないけれど、どうやら佐藤は寺市のことが嫌いではないし、セックスはかなり好きなようなことだけが解かる。
だからといって、この扱いはどうなのだ、と冷静になった思考は怒りを示した。
その視線に気付いた佐藤が、珍しく口を開く。
そしてそれに、寺市はそれまで生きてきた中で、一番の驚きを覚えた。
最悪な男に脅されたとしても、こうはならない。
佐藤は、こう言ったのだ――
「お前が今後、誰と何をしようと構わないが、俺がいる間は俺のものだ。俺がしたいと言えば、いつでも足を開け。他の人間の痕を身体に付けるのも許さない」
「・・・・はぁ?! なっ、なに、言ってんだ?!」
随分、横柄な態度で傲慢だ、と寺市が怒るのも無理はないのだけれど、佐藤はあっさりと、
「お前が、先に強請ったんだ」
だから寺市のせいだと言う。
佐藤が抱くことも、寺市のせいだと言う。
寺市は驚愕に声を続けられないでいたけれど、よく考えれば一年のほとんどを海外や国内でも地方で過ごすことの多いカメラマンなのだ。
これまでも、帰ってきて寺市と過ごすのはとても短い時間だった。
それを思えば今までとやはり、変わらないのかも、と思い直したとき、
「ちなみに、今回お前の撮影のために俺は一ヶ月ここにいる。他にも雑用はいくつかあるが――」
大抵は、ここにいると言う。
寺市のために、ここへいると言う。
「―――――――」
寺市は地球が揺れた、と思った。
が、実際には自分の身体がベッドに倒れ込んだのだった。
ふざけるな、と言いたいけれど声が出ない。
あまりのことにどう反応して良いのか、言葉が思いつかない。
ただ解かるのは、この先一ヶ月はこのまま抱き続けられるということだ。
厭だ、と言う前にベッドの上に這い上がってきた佐藤が口を開く。
「お前が、強請ったんだろう」
撮影を依頼したのも寺市だった。
この関係を先に言ったのも寺市だった。
自業自得、という言葉が脳裏を過ぎる。
けれど、それで納得し自分が悪いのだ、とそれを甘んじて受け入れるほど寺市は人間が出来ていなかった。
圧し掛かってきた身体を、体格の違いすぎるその胸板を力ない手で押し返しながら、結局はこれを受け入れてしまうのだろう、と寺市はどこかで解かっていた。
けれど素直になれるほど子供でも綺麗でも可愛いと言われる歳でもない。
ヒネてしまった性格を持て余しながら、押し返していたはずの手を広い背中へ回した。
すぐにそれを後悔することになるのだが―――それはまた、別の話である。




番外編と言うより蛇足・・・
遅くなって、忘れられてしまったかも?! それはそれで仕方ない、二人でした。
きっと、関係はこのまま変わらず・・・いや。イチミネ、かなり苦労するはず。暖かく見守ってやってください(笑)


fin



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