離せない温度  8






ベッドの前にあるのは、鏡を張った壁だった。
ライトの落ちた室内でも、ベッドの上だけはオレンジ色に灯されて鏡に映る絡み合った身体が良く見える。
「やぁ・・・っや、だ、も・・・っんっ」
獣のように後ろから圧し掛かり、腰を進めた。
大人の男であるシチロウが抱き込めば、卯月の身体はあまりに小さく幼い。
子供だ。
その子供に、シチロウは何をしている?
「見ろよ」
「んん・・・っ」
ベッドに縋りつくように顔を押し付けていた卯月の顔を、顎を取って上げさせた。
目の前に広がる鏡が、良く見えた。
「や・・・・っ」
赤く染まった卯月が、顔を顰めて視線を外す。
しかし見ろと言ったシチロウがそれを許すはずもなく、小さな顎を大きな手で掴み、ちゃんと鏡に向けた。
「見ろ」
「いやぁ・・・っ」
背後から身体を寄せて、耳元に囁く。
熱い声がどんな威力を持つのか、シチロウは知っている。
傷つくように、抱いている。
その自覚は、充分あった。
泣かせたい。
自分のこの衝動を抑えるには、卯月の泣き顔が見たい。
助けてと請い、お願いと頼む顔が見たい。
身体の中心を繋げたままで、上体を起こした。シチロウに抱えられた卯月が良く解る。
「お前が、抱いてくれと言ったんだろう」
「やだぁ・・・」
「抱いてやるさ。何度だって、教えてやる。お前が理解するまで、俺を入れてやる」
「やぁ・・・っな、ナナ、さぁ・・・っ」
最早卯月の目から流れる涙は止まることもなく、細いからだには散々に付けた傷のような痕が広がっている。
「見ろよ、抱かれて嬉しいんだろ? こんなにも奥まで、咥えてるくせに・・・」
「やだぁ! い、言わな・・・っ」
「気持ち良いって、お前の身体はちゃんと啼いてるぞ」
卯月の中心で震えていたそれは、止め処なく蜜を零し手を触れるとそれだけでまた達してしまいそうだった。
「いや、や、も・・・っやめ」
「厭? ほら見ろ。ここは嫌がってない・・・」
卯月の両足を抱えて、広げて見せた。鏡に映るのは、シチロウ自身がそこで埋まってゆく場所だ。
「いやぁ・・・っやだ、やだ、も、や・・・あっ」
「こんなにも俺を咥えておいて、何が厭なんだ? 俺は、お前の望みを叶えてやっているだろう」
「いや、や・・・っこ、んなの、や・・・あ・・・」
「こんなの? じゃあ、お前はいったい何が欲しいんだ?」
「ひ、う・・・っ」
シチロウは抱えていた足を下ろし、その鏡に顔を近づけさせた。
泣き顔を無理やりに見せて、その鏡を通してシチロウは視線を合わせる。
「抱いて欲しいと言うから抱いてやっている。側にいろと願うならずっと側にいてやる。お前の欲しいものは全て手に入れてやるし、お前を傷つけるものは全て排除してやる」
「・・・・っ」
泣き顔が、怯えを見せて真剣なシチロウの視線を受ける。
その目に孕む怒気に、卯月は気付いているのだろうか。
その理由を、知っているのだろうか。
「優しさか? 甘さか? まさか、それだけしか俺が持っていないとでも? 昔の男を捨てられない弱い男だとでも?」
「・・・・っな、な、さん・・・っ」
「・・・っクソ・・・っ」
「ひ、あ・・・っ」
怯えた顔が、動揺し、その中に翳りが見えてシチロウは顔を顰めた。
そんな顔が見たいわけじゃない。
繋がったままの身体を揺すり、激しく突き上げた。
「ひ、や、あっあっあ、ああっや、め、あああ・・・っ」
「・・・・っ」
勢いだけで、達した。
もう何度目になるのか、卯月の奥へ熱を打ち込む。
それを受ける細い身体がビクビクと震えて、果てたことを知る。
そのまま意識を失うようにぐったりとベッドに沈む卯月から離れ、それに背を向けた。
ドロドロになったベッドの上に、幼い身体が四肢を動かすことも出来ないまま倒れている。
それを見ることが出来ずその縁に座った。
「・・・・っこんな」
溜息を吐きたくても、もう息が出てこない。
こんなことを、したかったわけではない。
幸せを知らない少年に、愛を教えたかった。
楽しさを知らない少年に、甘さを植え付けたかった。
世界はそんなに悪くないものなのだと、知って欲しかった。
「子供は、俺だ・・・っ」
幼い感情を持て余しているのは、シチロウ自身だ。
諦めを知る卯月は、誰よりも大人だった。
傷つくことに慣れ、涙を流す力を使わないことを知り、笑うことを諦めた。
卯月の気持ちを理解できないわけではない。
傷つき慣れた卯月は、それが自分一人ですむなら、そうしようとしただけなのだ。
シチロウがどれほど恋人を大事にしているかを、卯月は口にしたこともないのに知っていた。
卯月が思うほど、シチロウは優しい大人の男ではない。
常識など、捨てる機会がただなかっただけだ。
捨てて踏み躙ってしまえというのなら、今すぐにそう出来る。
他の誰かが傷つくよりも、自分一人ですむのならすぐに身を引いてしまう。
それは、シチロウを好きだからと自惚れてもいいのだろうか?
シチロウのいなくなった世界で涙を流すくせに、簡単に手を離すのは卯月が強いからか?
子供の気持ちを汲んでもやれないシチロウは、弱いのだろうか、強いのだろうか?
卯月を守りきれる強さならある。
大事な相手を切り捨てる強さならある。
しかしそんなシチロウを信じて貰えず手を離されるのは、シチロウが弱いのだろうか?
我儘ななのは、大人のほうだ。
駄々を捏ねるよりも酷く、傲慢だ。
「・・・ナナ、さん・・・」
背中に、掠れた声が届いた。
ベッドにうつ伏せになったまま、気付いた卯月がシチロウを見ている。
その目から、涙が零れてシーツを濡らす。
「ごめ・・・なさ、い」
「なにを謝る?」
苛ついた感情を抑えることが出来ず、シチロウは立ち上がり卯月を見下ろした。
「お前はいったい、何を望む? 何が欲しい? 俺に、どうしろというんだ? ミチルが傷つくのを恐れて、お前が何故身を引く? 抱いて欲しいとはどういうつもりで言ったんだ? 俺を何だと思っている? 俺がいったい、何を考えていると思ってる?」
「・・・・ナナ、さ・・・っ」
「ミチルをあの男から助ければいいのか? そして抱いて今までのように優しくしてやればお前の気が済むのか? ならお前はどうして俺に抱かれた? 抱いて欲しいと泣いた?」
こんなのは駄目だ。
今まで冷静を保って、大人の男を見せて安心させていたのに。
こんな感情をぶつけているだけでは、子供と変わらない。
強欲に、欲望が渦巻くだけの中身を、見せてしまって良いのか?


to be continued...

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