離せない温度  7






一瞬見せた動揺を、隠すように木村は冷静を取り繕う。
それが、シチロウにはますます動揺しているのだと気付かせる。
ただ、ミチルを壊したいと言う。
壊れたミチルを、もっとぼろぼろにすると言う。
そんなことをして、ミチルが手に入ると思っているのだろうか?
この青年は、シチロウから見ればやはり若い。
不器用なのだ。
全身で、ミチルを欲しているのは間違いない。
けれど、それを素直に伝えられない。
自分の感情を、疑っているのだ。
「ミチルさんの全ては俺のものです。それだけで良い」
木村は、自分がどんな顔をしてそう言っているのか気付いているのだろうか。
愛情を知らない人間がいる。
どうやって人を愛せばいいのか、解らない人間がいる。
どうして、人はこんなにも不器用なのだろう?
どうして、素直に気持ちを出して相手を受け入れるだけが出来ない?
腕の中にいる少年を、選んだからだ。
臆病で、傷つくことが怖くて誰にも素直になれないミチルがどうなろうとも、もうシチロウが気にすることではないのだ。
さっさと踵を返すようにして去った木村の背中を、シチロウは思わず見つめてしまった。
自分が手を離したミチルに、あの木村がどうやってその手を取るのだろうか?
シチロウは、下から見上げられる視線に気付いた。
それを柔らかく返して、微笑む。
背中に回された手が、ゆっくりと離れた。
「卯月?」
絡んだ視線を、先に外したのは卯月だった。
その視線が歪んで、今にも絶望に染まりそうなのを、シチロウははっきりと見た。
「卯月・・・・?」
「ナナさん」
シチロウの肩にも満たない小さな少年が、ゆっくりと口を開いた。
とても、目を合わせることはできない、と俯いて。
シチロウが抱き寄せなければ、すぐにでも逃げ出しそうに身体を固まらせて。
「あの人のところに、行ってあげて」
「・・・・・なに?」
「その・・・レキフミが言ってた、ナナさんの恋人の、ところに」
「・・・・どういう意味だ?」
声が低くなったのが自分でも良く解る。
卯月は、気付いていないのだろうか。変わらず視線も合わせず、堅い声で続けた。
「レキフミは、人を・・・傷つけるから。興味のないものには、一切関心がないけど・・・一度手に入れてしまえば、飽きたと言ってすぐに放り出す」
「・・・・・あの男が?」
「だから・・・・だから、ナナさんの、恋人が、傷ついてしまうよ・・・」
「恋人?」
木村がミチルを傷つける?
きっと泣かせてしまっているミチルを、もっと木村は傷つける?
「大事な、人なんでしょ・・・っ? 俺は、俺はいいから、行って助けて、あげないと・・・っつ」
細い肩を、力任せに握り締めた。
「いた、い・・・っ」
きっと、痣になる。
シチロウの腕に収まる小さな肩には、すでに指の痕が付いているはずだ。
それでも、シチロウは力を緩めなかった。驚いて見上げた卯月が、息を飲んだ。
「・・・・・っな、ナナ、さん・・・・?」
「誰が、いいって? 誰のところに、行けと?」
シチロウは怒っていた。
これほどの怒りは、初めてかもしれない。
怒っている自分に、驚くほど堪えきれない感情が溢れたのだ。
見上げてくる目に怯えが浮かんだ。
「自分が何を言ったのか、解っているのか?」
それでも、シチロウは自分の気持ちを隠すつもりなどなかった。
抱えるようにして、そのまま路地へと入った。
だいたいの見当がつく場所で、ホテルを見つけそのまま足を動かす。
「な、ナナさん・・・っ?!」
腕の中の小さな少年が動揺した声を上げた。
けれど受け入れることはなく、そのまま明るいうちだというのにホテルに入った。
その外見から、どう見てもそこはラブホテルにしか見えなかった。
「ナナさん、な、ナナさん・・・っ待って、待って、なんで・・・っ?」
「なんで?」
その一室に入るとすぐに腕の中にいた卯月を大きなベッドに放り投げるように突き放した。
柔らかなそれの上で何度か揺れ、しかし怯えた目のままシチロウを見上げてくる。
相手を見れば自分が解るなどと、よく言ったものだ。
シチロウは今、どんな顔をしているのか、卯月を見れは簡単だった。
凶暴な顔をしているのだろう。
獰猛に、そこに優しさなどなく傷つけるためだけの視線を向けているのだ。
自分がどのくらいの怒りを抱えているのか、他の誰でもないシチロウは解っていた。
着ていたシャツを脱ぎ捨て、ベルトに手をかけた。
何をするつもりなのか言わなくても解るはずだ。
卯月は咄嗟に動いた身体でシチロウの脇を通りベッドを降りようとした。
しかし、許すはずがない。
腕を取ってもう一度ベッドへ投げるようにして倒す。
「や・・・っ」
「いや?」
卯月のために、と自分で買ったシャツを捲り上げて、細いからだを押さえつけた。
「何が厭なんだ? 抱いて欲しいと、先に強請ったのはお前だろう」
「・・・・・っや、あ・・・!」
シチロウを見上げる卯月の目に、恐怖が映る。
愛しくて、可愛くて、優しさを教えたくて。
甘さだけを植えつけるようにして抱いた。
今までの全てをシチロウが塗り替えてしまえばいいと思うくらい、愛情だけで甘く抱いた。
それを受けて、卯月は勘違いしているのかもしれない。
シチロウは、他の男とは違うと。
優しく、甘いだけの男だと。
誰もに手を差し伸べる、偽善のような男だと。
平らな胸の上にある小さな突起に、しゃぶり付くように口付けた。
「ひ・・・っう・・!」
歯を立てて噛み付くように、舌で執拗に味わう。
「や、や・・・あっ」
いくら食べさせても細く、未だ肋骨の浮き出るような身体に手を這わせる。
傷が付いたって良い。
それが、証になるなら。
傷つけるのは、シチロウだけだ。
「な、なん、で・・・っナナさん・・・っ!」
なんで?
その疑問は、俺が訊きたい。


to be continued...

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