手のひらの熱  9






「俺をなんだと思ってる? ただ、お前の性欲処理するだけの男か?! 食事を与えてベッドを与えて、セックスをしてやって、なら俺は、今までお前が相手してきた男たちと代わらないだろう・・・!」
目の前にいるのは、本当に柘植だろうか?
あの、余裕の笑顔でいつも優しさを見せていたあの、大人の男だろうか?
苦痛に歪める表情は、ウヅキの心臓を直撃する。
同じだと、思ったことなどない。
思いたくて纏めてしまいたくて、そうできなくて。だからこんなに苦しんでいるのに。
だから、離れていこうとしたのに。
戻れなくなる前に、逃げ出したかったのに。
「だ・・・って・・っ俺・・・っ」
声が震えている。
ウヅキはそれで、自分が泣いているのだと知った。
「セックスで、きもち、い、とか・・・思ったこと、ないよ・・・っな、なの、に、おに、さん、がする、の・・・っ俺、」
感じてしまうのだ。
どうしようもなく、身体が震える。
「ほかの人と、おなじとかだって、思ったこと・・なんか、ない・・・っ」
柘植にして欲しい。
柘植が、欲しい。
甘いセックスがあるのだと、教えてくれた柘植が、欲しい。
けれど、柘植はウヅキを抱かない。
ウヅキにだけ快楽を与えて、平然と隣で眠る。
そんな男が、ウヅキに欲情をしているとも思えない。食指を動かしてくれるとも思えない。
柘植の視線は。
その熱は。
ウヅキには向けられないものなのだ。
「な、なの、に・・・っおに、さん、俺・・・抱かない、じゃん、いつも・・・っ俺だけって、なんで? あのまま、いっそ、してくれたら・・・・っ」
どんなに、幸せだっただろう。
そのとき自分は、もうその瞬間に終わってもいいくらいだ。
そのまま、消えてしまいたいくらいだ。
涙が止まらない。
こんな子供染みた駄々をこねて、柘植はきっと呆れるだけなのに。
ウヅキは、柘植の隣には並ぶことなど出来ないのに。
止まらない涙を、どうしようと思った瞬間、ウヅキの身体は柘植の中にあった。
「・・・・っ」
小さなウヅキは、柘植の腕に抱きしめられるとその中にすっぽりと納まってしまう。
柘植の顔が肩口に埋められるように抱きしめられて、ウヅキは思わずその広い背中へ腕を回した。
そのままシャツをぎゅっと掴む。
駄目だ、とどこかで言っているけれど、ウヅキはもう止められないのだ。
欲しい。
「・・・抱いていいのか」
耳に囁かれる、柘植の低い声。
ウヅキはその熱のある声に、素直に頷けない。
柘植に縋るように抱きつきながら、素直に気持ちを向けられない。
「・・・っや、もう・・・、慈善とか、奉仕とかなら・・・いらない、しな、いで・・・っ」
そんなもので抱かれるのは、きっと何より辛い。
他の誰かに、回されたほうがきっとましだ。
その卯月を、柘植の腕が一層強く抱きしめてくる。
「だから・・・っそんなつもり、初めからないと言ってるだろう・・・っ」
どれだけ我慢していると思っている?
ウヅキは聴こえた言葉を、疑った。
なに?
我慢って?
誰に? 誰が?
「何度も、抱いてしまいたかった」
「・・・・っ」
柘植の広い胸に、ウヅキは顔を押し当てて涙を沁み込ませた。
もう、誰になにを言われてもいい。
全ての罪を受けてもいい。
後でどんなことがあってもいい。
柘植が欲しい。
顔を擦り付けるように、頷いた。
「・・・し、して、欲しい・・・抱いて、欲しい、おにーさんに・・・」
「・・・・・その、おにーさんって、どうにかならないのか?」
「え?」
声の調子が変わったのに、ウヅキは顔を上げた。
上から見下ろす柘植の表情は、どこか憮然としたままだ。
「お前、さっきの男もおにーさんって言ってただろう・・・俺を、他の男と一緒にするな」
「・・・・・」
ウヅキは顔が赤くなるのが分かった。
熱い。
顔が火照る。
それって、どういう意味だろう。
ウヅキはそれを聞くことは出来ず、ただ、
「・・・な、なんて呼ぶの・・・?」
「名前でいいよ、七郎だ」
「シ・・・・チチロウ?」
戸惑いながらも柘植の名前を繰り返したウヅキの発音に、柘植は隠すことなく吹き出した。
「ちょ・・・っちょっと! なに笑ってんだよっ」
「・・・っだ、だって卯月、お前・・・っ手術、とか言えないだろう」
「い、言えるよ! ちゅじゅ・・っ」
「あははは・・・っ」
大きく、堪えられない、と笑い出した柘植にウヅキはまだその腕の中で眉を寄せる。
「も・・・っもお、いいよっ呼べなくても・・・っ」
それとも、敢えて「おにーさん」と呼び続けてやろうか、とウヅキが柘植を睨み上げると、その顔を大きな手で包まれて微笑まれた。
息が止まりそうだ。
その柘植の笑顔は、簡単にウヅキを飲み込んでしまう。
今まで必死で持っていたものを、一瞬で全て攫っていってしまう。
これが、大人だからだろうか?
ウヅキはその笑顔から視線を外せなくなってしまった。
「ナナでいい」
「・・・え?」
「みんな、呼びにくいからって、ナナって呼ぶんだよ」
ウヅキは喉が渇いていた。
どうして、こんなに乾いているんだろう?
泣いてしまったから?
「・・・ナナ、さん・・・」
掠れた声になった。
柘植は、その小さな声すら奪うようにそのまま唇を重ねてくる。
「・・・んっ」
キスだった。
さっきの荒く激しいものではない。
ウヅキを溶かしてしまうような、優しい口付けだった。
絡められた舌を、名残惜しそうに離した柘植はタクシーで帰る、とウヅキの手を取った。
「・・・なんで? 俺・・・もう、逃げないよ?」
電車で帰ればいい。
ウヅキは、もう逃げ出すことなどできやしないのだ。
この柔らかな檻に捕まったように、振りほどくことも出来ないのだから。
そのウヅキに、柘植は笑った。
その笑顔も、ウヅキは初めて見るものだった。
「・・・だから、我慢出来ないって言ってるだろう?」
時間が惜しい。
ウヅキを捕まえて離さない、男の欲が見えた。
その優しい目に、隠すことの出来ない淫欲の色が浮かんでいるのを、ウヅキは正面から受け止めてしまったのだ。
やはり、罪があるなら、全部自分が受けると決めた。
だから、今はこのひとを俺に下さい。
ウヅキは、誰かにそう願った。


to be continued...

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