手のひらの熱 8 「お、に、いさん・・・・」 ウヅキは改めてその姿を確認して、疑う。 どうして、ここにいる? 同じ場所に居ればもしかして偶然があるかもしれない、と思ってしまう女々しい自分を笑ったのはついさっきだ。 いつものように柘植に手で、口でイかされて、ウヅキは眠り込んだそのベッドを、隣に居る柘植を起こさないようにとそっと朝方に抜け出した。 それから少し彷徨うようにして、結局、この場所に帰ってきてしまったのだ。 柘植の側にいられない。 そう、はっきりと感じたからだ。 壊れる。 今まで必死で築き、耐えてきたものが崩れ落ちる気がした。 だから、逃げたのだ。 もう一度捕まりたいと思ったのは、子供のままのウヅキだ。 しかし、捕まるわけには行かないと思ったのも、大人を知るウヅキだった。 それでも、ウヅキの腕を取る柘植の手は本物だった。 柘植の存在に驚愕し、動けないでいたウヅキを先に声をかけてきた男は、 「・・・んだよ、先約かよ・・・」 舌打ちと悪態を吐きながら背中を向けた。 それに、ウヅキは我に返り場所を思い出した。 サラリーマン、OLの行きかうオフィス街の道なのだ。 柘植を良く見れば、いつもの会社へ行くスーツではない。 休日にあるような、ラフなものだ。 そんな柘植とここに異質なウヅキが、注目を浴びないはずもない。 「ちょっと・・・!」 ウヅキは慌てて場所を移動させた。 駅とは反対へと進み、ビルとビルの間の路地へと進む。 かなり奥まで進み、周囲に人気がないのを確認すると大人しく付いてきた柘植を振り返る。 「どうして、いるの・・・?!」 それが全ての質問だ。 どうして、ウヅキの前に現れるのだろう。 慈善だというのなら、もう過ぎるほどしてもらった。 ウヅキが家を出た瞬間に、それも終わっていいはずだった。 しかし柘植の表情は硬かった。珍しいと思うほど険しい顔だ。 そう思って、ウヅキは柘植がこんな顔もするのだ、と改めて知ったのだ。 それほど、柘植はウヅキに優しい顔を向けていた。 「どうしてだと? そんなの、お前を探していたに決まってるだろ」 「・・・さがす・・・?」 思わず聞き返したのは、その低い声とその表情と、そして内容が理解できなかったからだ。 「勝手に居なくなるんじゃない! 本当に・・・朝から探していたんだぞ?! しかも、心配したとおりまた男に買われていこうとしたな?!」 「・・・そん、そんなの・・・」 柘植には関係ない。 けれど。 朝から? ウヅキが、居ないと知ったときから? 会社は? 忙しいほどの、仕事は? ウヅキは自分の鼓動が痛いほど聴こえた。 どうして、そんな必死な顔をしているのだ、柘植は。 「他の男に抱かれるな、と言ったはずだろう」 怖い。 どうして、そんなに怒っているのだ。 ウヅキを掴んだままの手が、痛い。 熱いほど、痛い。 止めてよ。 けれど、ウヅキに声は出せなかった。 睨みながらも口を閉じない柘植の知らない一面にただ驚いて、どこかウヅキの回線は止まったままだ。 「何が気に入らないんだ、俺の家に居ればいいだろう、何も気にすることもなく、何でも食べればいいし、好きなだけ眠ればいい。性欲が溜まるなら、処理くらいいつでもしてやる」 ウヅキは、湧き上がる感情に押しつぶされるかと思った。 なにを。 言うのだ、この男は。 ウヅキのなんだというのだ。 勝手に保護を提供し、それに収まれと言う。 泣きたくなどない。 ウヅキは必死で熱くなる目に耐えた。そして、それを振り切るように声を上げたのだ。 「ふ、ざけんなよ・・・っ!」 「・・・卯月」 「あんた、ナニサマのつもりだよ?! 食わせてやるって? 寝させてやるって?! 大人の慈善かよ! そんなもん、俺には必要ない!」 いらない。 暖かいだけの、大人の手など卯月はいらないのだ。 欲しいものは、もっと別なものだ。 「性欲処理って、それも慈善か? 奉仕活動か?! 俺だけイかされて、あんたいったい何がしたいわけ?! せっかく俺が出てってやったのに、なにこんなとこで・・・っ 俺の仕事邪魔して! ほっとけばいいだろ、俺なんか!」 「放っておけるわけないだろう!」 「・・・・っ」 響き渡るような柘植の声に、ウヅキは身体が硬直するほど驚いた。 それは激情と呼ぶのが相応しいのかもしれない。 子供の癇癪ではない。ウヅキの初めて見る、大人のそれだった。 「慈善や奉仕だと? 俺はそんなにいい人間じゃないぞ?! なんのためにお前を引き止めたと思ってる?!」 「・・・っん、なの・・・ただ、の・・・」 「ただ、可愛がるペットのように置いていたと思うのか?!」 「・・・って・・・あんた・・・!」 柘植の珍しい怒声に、怯んでいたウヅキもそれに慣れたのか、自分の中の感情が溢れたのか、そのどちらもか。 キッと柘植を睨み上げ、息を吸い込んだ。 「そんなの、知らねぇよ! あんたがどう思ってるかなんて、あんた何も言わないじゃん! 何もしないじゃん! 俺を・・・っ抱かないだろ!」 その瞬間、息を奪われた。 唇を、塞がれた。 キスだ、と思えなかった。 初めてする柘植とのそれに、キスだなんてそんな生易しい行為だとは思えなかった。 それほど柘植の唇は、ウヅキを犯すそれは荒々しかったのだ。 「ん・・・っんんー・・・っ!」 唇の端から、溢れた唾液が顎を伝う。 それを拭うことも出来ない。 腕を掴まれて、柘植の唇まで引き上げられて、息を吸い取るように奪われた。 「・・・っん、は、ぁ・・・っ」 それから解放されて、ウヅキは久しぶりに肺に息を送り込む勢いで呼吸を繰り返す。 苦しさに零れた涙を拭うこともできず、開いた視界に入った柘植にまた声を失くした。 どうして。 そんな顔をしているんだ? 「抱けば良かったのか?」 柘植の声は低い。 男の、声だった。 「お前を抱いてしまえば良かったのか? 他の男と同じように? 抱いてその代わりにお前を飼うようにすれば良かったのか? なら、お前にとって、俺はなんだ・・・!」 「・・・・なん、て・・・」 柘植は、何を言っているんだ。 やっぱり、大人の気持ちなど分からないウヅキは、子供なのだろうか? |
to be continued...