手のひらの熱 3 マンションの一室に入ると、そこは柘植の空間だった。 手を引かれて招かれたウヅキは、繋がれた先の柘植とこの部屋が同一している、と感じた。 手のひらから伝わるそれと同じものに、全身が包まれる。 柘植という男は、この部屋を見ても分かる。 誰もを安心して包み込める、男なのだ。 ウヅキはそれでも、それに包み込まれるわけにはいかなかった。 身体を硬くして、自分の仕事を思い出す。 それから柘植を見上げて、 「ね、先にシャワー使ってもいい?」 身体が汚い。 せめて、綺麗にしてから抱かれたかった。 柘植に対する最低限の礼儀かもしれない、と思ったのだ。 柘植は少し驚いて見せたけれど、すぐに笑みを深くして、 「ああ、いいぞ。バスはその向こうだ。あ、溜めて入ってもいいからな?」 「うん、ありがと」 無邪気さを感じる笑顔に戸惑いながらも、ウヅキは有難くそうさせてもらうことにした。 風呂はシャワーを使うだけ。 その湯船に身を沈めたことなど、もう思い出せないほど昔だ。 ここまで来たら、使えるだけ使ってしまえ、と態度を決めた。 お湯を溜めている間に身体を洗い、その身体を湯船に沈めたとき身体中から力が抜けた。 「・・・はぁ」 その温かさに、目を閉じて意識を手放したくなってしまう。 そこまではできない。 ウヅキは寸でのところで自分を思い出し、浸りきらないように、と勢いよく身体を起こした。 これから、仕事なのだ。 腰にタオルを巻いただけの上体でウヅキはそこを出た。 柘植を探すと、すぐに見つかる。 ダイニングのようなリビングで、ソファに座ってテレビに視線を向けていた。 「おにーさん、あがったよ」 その背中に声をかけると、すぐに振り返る。 そして、その顔が驚愕に見開いた。 「・・・な、んで、着替えは? 持ってないのか?」 ウヅキの格好のことだろう。 服を着てたほうが好きなのかな。 ウヅキはそれでも、もうこの格好で出てきてしまった。ソファの柘植に近づいて、 「ん、着たほうが良かった? 脱がしたかった?」 「・・・・なに?」 素早く座って、スーツのジャケットとネクタイを解き、楽な格好になった隣の男を見上げた。 「最近、痕つけてないから、綺麗だと思うんだけど」 「・・・・・卯月」 手をその身体へと伸ばして見せると、肩を落とすほど大きな息を吐いた柘植が搾り出したような声を俯いた顔から出した。 「・・・お前、あそこに座っていたのは・・・」 「え? おにーさんが、俺を買ったんだろ? ご飯代。高いもの食べさせてくれたし、サービスするけど? ホントはホテルで、そのまま泊まらせてくれるのが良かったんだけど・・・まぁ、お風呂にも入らせてくれたし、いいよ」 「・・・・・・・卯月」 柘植の声は、低かった。 温度を感じない声で、ウヅキは初めて柘植を男だ、と実感した。 「服を着ろ」 「・・・え?」 しかし続いた言葉に、ウヅキは聞き間違いだろうか、と首を傾げる。 「服を着なさい」 柘植は間違いではない、ともう一度言った。 なんで? ウヅキは自分の身体を見て、貧相だな、と思った。 好みじゃないのかな。 「なんで? やっぱ、抱き心地悪そう? ごめん、でもちゃんと口でもするからさ」 「卯月!」 強く呼ばれて、声を遮られて、ウヅキはびっくりしたまま身体を硬直させた。 正面からウヅキを見る、柘植。 強い、強すぎる視線。 その双眸に、怒りが見える。 怒っているの? なんで? どうして? 服を着ろということは、抱かないということなのだろうか。 いつもなら、ウヅキは喜んだかもしれない。 奉仕しなくてもご飯が食べれた、と喜んだと思う。 けれど、今は。 今、柘植に抱かれない、と言われたのだ。 「・・・だ、抱かない、の」 その感情が、声になった。 自分の耳で聞いて、どうしたんだ、と思う。 どうしてそんなに残念に思う? 抱かれたかったのだろうか。 柘植に? 震えている自分に気付き、どうして震えるんだ、と不安が募る。 どう、するのだろう。 以前に、誘いを持ちかけた男にも、断られてそのまま隣の男へと渡されたことがある。 充分払ってくれて、相手をしてくれそうだな、と思ったからだったのだが。 隣に渡された男は、男を抱くのは初めてだといいながらもウヅキを好きなように扱った。 あれは、酷い。 聞きかじった知識と好奇心。 それだけで、抱かれることは辛い。 ただ、性欲を処理するだけのほうが、ましだ。 柘植は、男は抱かないのだろうか。 このまま、また誰かに回されてしまうのだろうか。 恐怖を感じている自分にも、ウヅキは不思議に思った。 別に、誰だってすることは同じならいいはずなのに。 ウヅキはソファから震えながらも腰を上げかけて、 「・・・ご、ごめん・・・じゃ、あの、ご飯代、少ししかないけど、払ってくから・・・」 この後で、誰かに回されるのだけは勘弁して欲しい。 ウヅキも抱かれる相手は選んでいるつもりだ。 抱かれる相手にだから、付いてゆくのだ。 昨日、貰ったお金で足りるだろうか、と考えていると、立ち上がりかけた身体をもう一度ソファに戻された。 「待て!」 腕を引かれて、柘植の隣へとまた座らせられる。 「そうじゃなくて・・・」 柘植は逃がさないとでも言うのかウヅキの腕を掴んだまま、顔をもう一度伏せた。 そうでないなら、何だというのだ。 ウヅキはその柘植を覗き込みながら、 「おにーさん、男は抱かないヒト? 俺、抱きたくない?」 「いや、そうじゃなくって・・・俺の恋人は男だし、男でも抱けるけど・・・」 さらりと言われた事実に、また驚いた。 男の恋人? 柘植に? 「恋人一筋なの? じゃ、なんで俺を連れて帰ったの?」 どうも、柘植のすることが分からない。 柘植は暫く顔を伏せたままだったけれど、ようやく纏まったのか顔を上げた。 真正面から見る、真剣な顔だった。 「卯月」 声も、温度を感じた。 その熱は、なに? 「ここに居ろ」 「・・・・・は?」 「家がないなら、ここで一緒に暮らせばいい。ご飯だって、俺と一緒にここで食べよう。だから」 だから? 「・・・もう、身体を売ったりするんじゃない」 「・・・・・・」 それって、どういう意味? |
to be continued...