手のひらの熱 2 駅前に並ぶ飲食街で、ウヅキは本当に中華料理を前に座っていた。 ファミレスでもない。 本当に、中華料理店だったのだ。 金持ちなのかな? ファミレスやジャンクフードで済まされるときもある。 それを思えば、この料理はウヅキにはかなり有難い。 本当に、お腹が空いていたのだ。 柘植七郎、と名乗った男は瞬く間に円卓の上に料理を並べさせた。 「・・・こんなに、食えないよ」 「俺も食うから」 呆れてしまったウヅキに、柘植はにっこりと笑った。 「卯月。モクシウヅキ」 テーブルに指で伝って漢字を書いて見せると、柘植は何度か頷いて、 「卯月、もっと食えよ」 「・・・だから、そんなにも食えないって」 「そうかぁ? お前いくつだ、若いのに食欲少ないなんて、どうするんだ」 「あのね、俺、もうすぐ18なんだけど!」 「てことは、まだ17だな?」 「・・・・・」 柘植の料理を平らげる勢いに、ウヅキは驚いて手が止まってしまった。 もうすぐ18だ。 ウヅキは、もう若くない。 幼くもない。 ここで生きていくことを、知っているウヅキはもう独りで大丈夫なのだから。 しかし、ウヅキの顔は幼い。 鏡を見るたびに自分で溜息を吐いてしまうほど、大きな目。紅い唇。加工していないのに栗色に近い髪。 こんな仕事をしていくうえでは有利かもしれないけれど、できればウヅキはこの目の前の男のような外見が良かった。 幼い子供のような顔が嫌いだ。 そんな話題を切り替えたくて、ウヅキは食事より口を開いた。 「おにーさん、仕事帰り? あの辺の会社のひと?」 「いや、俺の会社は・・・この辺じゃない」 「え? じゃ、なんでここにいるの? 用事、あったんじゃないの?」 「ああ、まぁ・・・いいんだ、急ぎじゃないし、いつでもいいしな・・・ただ思いついて来ただけだから、たいした用でもない」 「わざわざ来てるのに、たいした用じゃないの?」 「ああ、また今度でいい」 「・・・・そう、なんだ」 この辺の会社でないなら、見たことがなくて当然なのかもしれない。 ウヅキは考えて、気にすることでもない、と振り切った。 どうせ、今日一日のことだ。 出来るなら、ホテルに泊まらせて貰えればいい。 ビジネスホテルだって、充分なのだ。 「おにーさん、恋人いないの?」 「え? いるけど?」 「・・・・・・」 あっさりと返ってきた言葉に、ウヅキは声を失くした。 驚いている。 そして、なんだか落ち着きがなくなってきた。 どうして? どうして、そんな風に思う? 誰でもいい。 今日一日、過ぎればいいのだ。 明日は、この男でなくたって構わないのだから。 今まで抱かれた相手だって、恋人もいれば妻子もいたろう。 けれど、ウヅキが気にすることではない。 抱いてくるのは相手のほうなのだから。 この男も、他の誰とも変わらない。 恋人がいても、ウヅキを抱くのだから。 ウヅキはなぜか、柘植に幻想を抱き始めていたことに笑ってしまった。 食事はやはり、大半柘植が片付けた。 「さて、どうするかなー」 店を出て、柘植は時間を確かめるように腕を見た。 どうする? ウヅキにはその言葉が解からず、首を傾げた。 空腹が満たされれば、次は性欲だろう。 このままホテルでも行って、そしてウヅキを置いて帰ってくれるのが一番有難い。 そのための奉仕なら、いくらでも出来る。 ウヅキがそうして欲しい、と口を開きかけたとき、柘植が振り向いた。 「卯月、お前本当に家ないのか?」 「・・・え? うん、ないけど?」 「これからどうする?」 「・・・・・」 聞かれるとは思わなかった。 そのまま、無言で性欲を満たすのが、今までの流れだ。 ウヅキは少し躊躇いを見せながらも、どうしてこんなことを今更言うのかな、と思いつつ、 「・・・ホテル、行こうよ?」 いいものを食べさせてくれた。 その分、サービスもしてあげればいい。 だから、せめてそこに泊まらせて貰いたい。 そして、終わったら相手には帰って貰いたい。 ウヅキの言葉に、柘植は少し驚いて、 「・・・ホテルに、泊まってるのか? いつも? うーん・・・なら、俺の部屋に来るか?」 「・・・・・は?」 「独りだから誰にも気を遣う必要はないし、好きなだけ居ればいいし・・・」 「え、あの・・・」 いったい、柘植は何を言っているのだろう。 戸惑うウヅキを気にもしないで、柘植はそう決めた、と一人で頷いて、 「よし、帰ろう」 ウヅキの手を取った。 「ちょ・・・っと!」 電車に乗せられて、何故か柘植の家まで連れて行かれた。 その家までウヅキの手は離されることはなく、途中何度もそれがウヅキには居心地の悪さを感じさせて振り払おうとするのだけれど、柘植の手はその度に強く握られた。 幼いとはいえ、ウヅキは男だ。 柘植は誰から見ても格好いい男だ。 その二人が手を繋いでいれば、自然と目が向けられる。 居た堪れなくなって俯いてしまうウヅキは、こっそりと柘植を見上げたがその顔になんの動揺も変化もない。 慣れているのか? 他人の体温がウヅキは嫌いだ。 あの生暖かいものが身体を這うのが、本当は吐き気がするくらい嫌悪するものだった。 けれど、我慢すれば終わる。 いつか、終わる。 そう思っていれば、それはいつか離れていくのだ。 けれど、この熱は。 全身を包み込むような温かさが。 ウヅキはやはり、落ち着かない。 きっと、他の男と変わらなくなるはずだ。 抱かれたら、こんな熱に惑わされたりもしない。 早く、離れていって欲しいと、願うはずだ。 ウヅキは今感じている矛盾した感情を、自分にそう言い聞かせることでどうにか冷静を保つことができた。 |
to be continued...