不器用に交叉するだけで  8






「付いて来ないでくれ」
レキフミを押し返し、苦渋した顔のままで歩き出したミチルの後を少し遅れて追った。
その顔を振り向かせることなく、しかし声は確実に拒絶するものがレキフミに届く。
レキフミは足を止めることはなく、
「俺は自分の家に向かっているだけです」
「・・・・こっちなのか」
「そのようです」
事実は少し違う。
レキフミの住んでいるマンションは駅に近い。
住宅街に入っているミチルの家へ向かうこの道を、もっと戻らなければならない。
けれどレキフミは素直に帰ることなど考えていなかった。
薄い地のスーツの下の身体が、どのくらい細いのかなど知っている。
女ほどではないとはいえ、華奢な腰がどんなに乱れるのかも知っている。
それを想っただけで、レキフミは我慢出来なくなりそうだった。
抱きたい。
欲望を吐き出したい。
壊したい。
今レキフミの欲を抑えている理性はなんだろうか。
どこから生まれてくるのか、レキフミ自身が一番判らなかった。
それでも、実際今は手を出していない。ただ後ろを付いて歩いているだけだ。
レキフミを必死で跳ね除ける背中から一度も視線を外すことはなく、ずっとその後ろを歩いた。
家の前で、玄関を背にしてミチルはレキフミを振り返る。
その目を真っ直ぐに受け止めて、レキフミは背中がぞくりと震えた。
押し倒したい。
ミチルの目が、揺れている。
レキフミの行動を理解できずにいるのだろう。
どうしてミチルにこんなにも執着するのか本気で判っていないようだった。
「ここは俺の家だ」
「そうですね」
やっとで出てきたミチルの声に、あっさりと同意してやる。
そんなことは言われなくても判っている。
けれどミチルは一人で判らないように眉を顰めて、
「君の家じゃない。帰りなさい」
「ミチルさん」
レキフミは踏み出した足でミチルの目の前まで進み腕をドアに付いた。
ミチルの身体を間に挟んで見下ろす格好だった。
逃げ出せないミチルは焦ったというより戸惑ったように俯き顎を引く。
レキフミは首を少し屈めてその耳へ囁きかける。
ここで、大人しく帰れるはずがない。
「ミチルさん、本気で判らないんですか?」
「・・・っな、なにが、だ」
「強情なのか、幼いのか、俺をここまで惹き付けるその綺麗なままの心」
レキフミの心がざわめく。
闇の縁から湧き上がるどす黒い感情。
抑えられない欲望。
染めてしまいたい。
壊れてしまえ。
俺の手で、二度ともとには戻らないほどまで。
「まったく、汚してやりたくなりますね」
ビクッと顔が引き攣るように強張ったのは、レキフミにもよく判った。
自分の表情が、どんな顔をしているのかなどはミチルの顔を見れば判る。
欲情に駆られた浅ましいものを隠しもしていないのだろう。
レキフミの身体を押し返す、ミチルの弱々しい腕。
微かな震え。
その怯えにレキフミは嗤っているのだと判る。
心から、歪んでいる。
もっと、いろんな顔が見たい。
いろんな顔をさせたい。
この綺麗な顔が歪むのは、俺のせいでだけであって欲しい。
「もっと、壊れたいでしょう、何も考えたくないでしょう」
「・・・っ」
「何度だって、抱いてあげますよ」
「な・・・ん、っ」
「貴方がぼろぼろになっていくまで、俺のことだけ考えるようになるまで」
「や、やめ・・・っ」
「やめません、俺を入れて下さい。深く、奥まで、何度も」
「い、いやだ・・・っ」
「ずっと、俺をイれていて下さい、貴方の中を俺で埋めて、溢れさせて」
「いや、だ・・・っや、やめろ、言うな・・・っ」
「ぐちゃぐちゃになって、汚れきって立ち上がれなくなるまで、俺をイれて下さい」
呪詛だ。
脳髄まで凍み込めば良い。
俺を見ろ。
俺だけになって。
世界を俺で染めてしまえ。
「綺麗なミチルさんなんて、もういませんから」
ずっと囁き続ける。
目の前で震える柔らかな耳に、思わず舌が伸びる。
「・・・っ」
「ミチルさん・・・」
囁いて、柔らかく咬み付いた。
身体を押し付けてミチルをドアに挟む。
そのドアに突いていた手をミチルの身体に回して、スーツの下を確かめるように這う。
細い。
「い、やだ・・・っ」
それでも、腕の中にいてもミチルは力なくレキフミを押し返そうとする。
レキフミはそれに漏れるように嗤った。
「・・・まったく、いやだばっかりですね、貴方は・・・」
「っお、まえ・・・っ」
ミチルの視線が睨みつけるように絡む。レキフミは嗤ったままで、それを受け止めた。
「貴方の厭、は聞き飽きました。ミチルさん、厭しか言ってないんですよ?」
「そ、んなの・・・っ」
「でも、俺をイれたでしょう」
「・・・・っ」
「何度も俺を、咥えたでしょう」
その情景は、今でもはっきりと思い出せる。
レキフミはゾクゾクする快感に押されて抱きしめる腕に力を入れた。
「そんな人の厭なんて、聞いてられませんよ、いい加減に諦めたらどうです」
堕ちてしまえ。
奈落の底へ、這い上がれない場所へ、堕ちてしまえ。
その身体を絡め獲る闇は、俺だ。
揺れる瞳。
震える唇。
握りられる拳。
砕けそうな腰。
その全てが、俺のものだ。
「汚してあげますよ、俺で、全部、何もかも。ミチルさんの全てを、俺で汚してしまえば良い」
「・・・・っ」
身体が見たい。
白い肌に舌を這わせて。
所有の証を全てに付けて。
どちらのものか判らなくなるほど体液を混ぜて。
泣き叫ぶなら、その悲鳴を全身で聴きたい。
引き裂かれるような心の涙を、この手で受け止めて。
飲み乾してしまいたい。
それがレキフミの糧になる。
壊れた身体を気の向くままに集めて、直す。
戻りかけたら手を離す。
何度だって、繰り返す。
ミチルが壊れてしまうまで。
レキフミしか見えなくなってしまうまで。
「ミチルさん、ドア、開けてください・・・」
「・・・・っ」
震えるようだけれど、ミチルは微かに首を横に振る。
その力ない抵抗にレキフミはまた笑みを浮かべた。
「堪らないな、ミチルさん・・・その強情さ、砕いてしまいたい・・・」
「・・・っや、いや、だ・・・っ」
「何が、厭なんです? 今度は、もっと綺麗に壊してあげますよ?」
「いや、いやだ・・・っやめろ、言うな・・・っ」
「心にもないことを」
レキフミは嗤った。
これから言う言葉に、どれだけミチルが打ちのめされるのか。
それが判って違う意味で震えるほどの快感を覚えた。
「柘植さんですか?」
「・・・・・・っ」
「まだ、あの人に操を立てているんですか?」
「ぁ・・・っ」
「ミチルさん、立てる操が、どこに残っているんです?」
さぁ、ドアを開けろ。
深淵の世界に、自分で鍵を開けてしまえ。
「あの人は、もう違う誰かを抱いていますよ。ミチルさん以外の、誰かを」
レキフミを真っ直ぐ見上げるミチルの目が、凍るのが良く判った。
壊れろ。
砕けてしまえ。

「もう二度と、貴方を抱くことなどない」

それが、見たかった。


to be continued...

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