不器用に交叉するだけで 7 「俺としたことが、ミチルさんの携帯のナンバも連絡先も聞いてなかったことに失敗した、と思って」 姉を見送った後で、車道の反対側にミチルを見つけた。 思った瞬間に、身体が動いていた。 交通量を見れば、馬鹿なことをしたかもしれないが、結果は無傷でミチルを腕に抱けれられる距離にいる。 ミチルはレキフミが目の前にいるのが信じられない、と驚きを隠さない顔でじっと見つめてきた。 その顔色が、心なしか悪い。 レキフミは自分のしたことを思い出した。 まだ、体調が戻っていないのだ。 なのに、この人はこんなところで何をしているのだ。 体調が悪いなら、仕事が終わればすぐ家に帰ればいいのに。 レキフミは少し怒りを感じたけれど、ミチルがここに居るおかげでこうして逢えたのだ。 それについて文句は言わないことにした。 自分の気持ちをそうなのだろうか、と固め始めてから、ミチルの連絡先を一切聞いていないことに気付いた。 ここで逢えなければ、駅で待ち伏せるか家の前を張っていたところだ。 さすがにそれはストーカーか? レキフミは自嘲気味な笑みを零す。 ミチルはますます訝しんだ顔でレキフミを睨み付けて、 「君は、いったい何がしたいんだ?」 レキフミは自分の中にある感情が、それまでと変わっていないことに満足した。 こうして目の前に実際ミチルを見ても、今までと同じように興味が失せていない。 むしろ、もっと知りたいと欲求が溜まる。 もっと、暴いてみたい。 ぼろぼろに砕くほど、壊したというのにミチルは目の前に立っている。 レキフミを前に睨みつけるほどの強い視線をぶつけてくる。 壊れていない。 汚れていない。 レキフミは背筋がぞっと震えたのに気付いた。 悪寒が走る。 恐怖ではなかった。 どうして壊れていない? どうして汚れていない? 真っ直ぐに絡む視線は、レキフミから外せるはずもない。 「俺、本気だって言いましたよね」 「・・・なに?」 「俺、何も嘘は言っていませんよ」 レキフミは嘘など吐いてはいない。吐こうとも思ったことがない。 いつでも、真剣だ。本気で、思ったことを口にする。 壊したいと思ったことも、汚したいと思ったことも、心から望んだことだ。 本気だと言ったことも、やはり、事実だった。 「初めて会ったときから、貴方を壊してみたかったんです。汚してみれば、どうなるのかと思って」 「・・・・・」 ミチルは顔を顰めながら目を細め、ゆっくりと視線を俯かせた。 「それで?」 声に熱はない。 冷たいままで、レキフミを突き放した。 「満足したんだろう? 俺は簡単に壊れて心ゆくまで汚しただろう」 「そうですね」 一度は壊れた。 泣くまで壊した。 レキフミの感情は満足した、と言って良い。 けれど、終わったとは思っていない。 ミチルをただ見つめるレキフミに、ミチルはもう一度視線を上げてきた。 「それで、どうして君はここにいる?」 ミチルには、理解できないのだろうか。 「ミチルさんに逢いたかったからですが」 「・・・・・どういう意味だ」 「そのままです」 「どうして」 「本気だからです」 「・・・・君と、会話が成り立つように思わない。もう、帰っていいか?」 「一緒に帰っていいですか」 帰って、ミチルの家に行って、もう一度抱いてみたい。 レキフミは淡白だ、と言われるほど、セックスに欲求がなかった。 けれど、ミチルを前にすればこんなにもはっきりと身体が反応する。 欲情する。 ミチルは顰めた顔でレキフミを睨み付けてきて、 「どうしてだ」 本当に、判らない顔をした。 「俺を壊して、満足したんだろう? なのに、どうしてまだ俺に近づく?」 「ミチルさん、俺の話聞いてますか?」 「君こそ、俺の話を判っているのか?」 しばらくそのままの状態で、睨み合うように視線を絡ませた。 「本気だと、言ったでしょう」 「・・・本気で、壊したりないのか」 「足りません」 足りない。 まだ、足りない。 もっと壊れるというなら、壊してみたい。 どこまで壊れるのだろうか。 ほかに、どんなミチルがいるというのだ。 全てを見たい。 全てを手に入れたい。 レキフミは一歩近づいて、スーツ姿のミチルの腰を引き寄せた。 「もっと、壊させてください」 「・・・・っ」 思わず顔を背けたミチルに、レキフミは襟から覗く首筋に顔を寄せた。 ここから、もっと下を暴いてやりたい。 口付けるのではなく、舌を這わせた。 「・・・っ止めてくれ、こんなところで・・・っ」 夜の繁華街は人通りも多い。 レキフミとミチルは、どう見ても男同士が戯れているようにしか見えない。 周囲を気にしないレキフミと違い、ミチルは世間体を気にしてしまう。 レキフミはしっとりと濡れた唇を舐めて、 「じゃ、ミチルさんの家に行きましょう」 「それは・・・・」 「駄目ですか? なら、俺の家でもいいですけど」 「そう、いう、ことじゃ、なく・・・っ」 「どういうことです」 「お、俺はもう、君とこんなことは・・・」 ミチルの手は弱々しくも、レキフミの肩を押し返しえてくる。 「どうしてですか」 「そんな、の・・・俺は、す、好きな相手が・・・・」 好きな相手? 俺以外の? 俺のものになるのに、他に誰が必要というのだろう。 まだ、壊れていない。 やはり、壊しきれていない。 レキフミは声を一段低くした。 「・・・柘植さんには、もう振られたでしょう・・・?」 「・・・っ」 責めるような目で、レキフミを睨みつけてくる。 堪らない。 幼く怯えた目は、心が綺麗なままだ。 あれほど汚したというのに、まだミチルはその目に涙を浮かべる。 もう一度、じっくり壊してやりたい。 身体に、その綺麗な心に、誰が一番良いのか、教えてやりたい。 レキフミは嗤った。 仮面など、もう付けてもいなかった。 |
to be continued...