不器用に交叉するだけで 6 レキフミには姉がいる。 半分しか繋がりのない姉だ。 生れ落ちた経緯も、育った環境も一緒だった。 暇潰しに周囲に手を出されながら、レキフミが何処も故障を起こさず育ったのは五つ離れたこの姉のおかげだった。 父親は、姉が望めば自分の作品にでも出しただろう。 けれど、姉はレキフミと同じように独りで生きていくほうを選んだ。 しかし持っている常識が周囲と同じなはずはない。 姉は、この街ではすでに名の知られたホステスだ。 人気のあったAV女優の母親の容姿を受け継ぎ、姉の美しい顔は時を重ねるごとに艶を増していった。 高級クラブのかなりの地位にいるけれど、この姉は今でもレキフミに甘い。 そして、一番の理解者でもある。 レキフミの心を、レキフミ以上に知っているかのようだ。 一目で姉弟だと判る証は、やはり父親から受けついた色素の薄い瞳だった。 その目を細めて、笑う。 「レキフミ、落ち込んでるのね」 レキフミは友人達と遊び女を抱いて、そのままこの姉の部屋に来た。 姉はレキフミを追い返したりしない。 煌びやかな醜い世界で、日々移り変わる厳しい環境だというのに、姉の目はいつも優しい。 これが、売れ続ける理由かもしれない。 姉は相手を包み込むように、飲み込んでしまう。 誰も、姉に勝てない。 レキフミも、勝てたことなどありはしない。 優しい姉は、レキフミを見てすぐに気付いた。 ポーカーフェイスに慣れていると思っていた顔も、すぐにばれる。 女の身体は白かった。 柔らかな足の付け根に、思わず痕を残した。 終わってから申告されて、レキフミは少なからず驚いた。 残した? 俺が痕を? レキフミは痕など残さない。 自分が興味を失くしていくものに、所有物の証は必要ない。 自分を見失ったのだろうか? この女に? レキフミは相手を見つめて、その肢体を思い出した。 スリットの入ったスカート。ガードルを付けた足。キャミソールの細い紐。柔らかな肩。 豊満な胸。丸みを帯びた顎と、色褪せない紅い唇。 どこに? レキフミははっきりと眉を顰めた。 高い声で、絶えず嬌声を上げていた。何度も腰を使ってイかせた。 さっきまでの行為を思い出して、レキフミは夢中になっていた自分に気付いた。 レキフミが見つめるのを、訝しんだ女がいる。 レキフミはそれを見て、思い出した。 俺は、誰を抱いていた? 煩いほど上げられた声は、どこか遠くのもののように聴こえていた。 組み敷いて背中に手を回され、腰に足を絡められて。 それは誰のものだった? レキフミは気付かれないように息を飲んだ。 この女ではない。 名前を聞いたような気はするけれど、もう思い出せない。 レキフミは思考の中で、ミチルを犯した。 レキフミに伸びる手は、ミチルの手だった。 腰に絡みつく足は、ミチルの足だった。 ミチルは必死で声を殺す。 耐え切れなくなって、零れるように悲鳴を上げる。 その全てに、所有物の証を刻み付けたかった。 重症だ。 レキフミは目の前が暗くなった。 こんなにも、まだ興味が無くなっていないなんて。 どれだけミチルを汚せば、レキフミの気は済むのだろうか。 綺麗なだけの、どこにでもいる脆い人間じゃないか。 それでも、レキフミは自分が落ち込んだと理解した。 夕方から起きて、出勤の用意を始めた姉のベッドに上がり、壁に背中をつけて座り込んだ。 ドレッサーの前に座りながら、姉が鏡から微笑みかける。 「別に・・・」 「別にって顔? レキフミのそんな顔、久しぶりね」 「・・・どんな顔だよ」 「負けを認めたくない、強がってる顔」 姉はレキフミよりレキフミを知る。 勝てない。 レキフミは溜息を吐いてそのベッドに頭を伏せた。 「・・・壊してしまえば、あんな人にもう興味はないと思ったんだ」 「あら、壊した人のこと?」 レキフミは自分の全てを姉に話しているわけではない。 姉が、感情だけを先回りするのだ。 「思い切り壊した。身体も最高だった。でも、まだ気になるみたいだ。キエ」 ベッドに転がって、背中を向けてメイクを始めた姉を鏡越しに見上げた。 「まだ、壊したりないのかな」 レキフミは姉の前だけで、子供のように正直になる。 感情を、そのまま口に出す。 やはり、完全に壊れたところを確認しなければ治まらない熱なのだろうか。 鏡に向かって顔を見ていた姉は、瞬間に吹き出した。 「キエ?」 お腹を押さえて、声を殺しながら笑う姉に、レキフミは上体を起こして首を傾げた。 「どうした?」 「ど、したって・・・もう、レキフミ」 姉は目尻を拭いながら身体をレキフミへと向き直す。 キャミソールとショートパンツという下着の状態だったけれど、姉は気にせず笑った。 今度は、涙を零すほどのものではない。 いつもの包み込むような笑みだ。 「レキフミったら、本当、困った子ね」 「・・・・なに?」 「もう、判っているんでしょう」 「・・・・・・」 判りたくなどない。 だから、こんなにも違う道を考えているのだ。 真っ直ぐに見つめられて、思わず視線を外した。 そんなレキフミに、姉はドレッサーから立ち上がってベッドに移動する。 レキフミの側で、大きくなった弟を覗き込む。 「好きに、なったんでしょう、本気で」 「・・・俺が、本気で?」 人を、好きになるのだろうか? 在りえない。 恋愛はゲームでしかない。人生をかけてすることではない。 面白いことがないから、時間つぶしなだけのゲームだ。 包み込むような姉の笑顔に、飲み込まれそうだった。それから逃れたくて、またレキフミは視線を外す。 「そんなこと、あるはずがない・・・」 俺が、本気で人に惚れた? あの、綺麗な男に? 壊してみたいと思ったのは、人のものだったせいも大きい。 冷たい印象が、あの男の前でだけ表情を崩す。それを、壊してみたい。 それだけだったはずだ。 「認めれば、簡単よ」 「・・・キエ」 「レキフミのものに、してしまえばいいの」 姉の声は、呪縛だ。 それに酔って、レキフミは揺れていた気持ちがはっきりと見えてくる。 認めたくなかった想いが、溢れてくる。 必死で止めて失くそうとしていたのに。 「レキフミに夢中に、させてしまえばいいの。他にはなにも考えられないくらい、本気にしてあげればいい」 出来るでしょう? ゲームだ。 これも、飽きるまでのゲーム。 相手を自分に夢中にさせて、本気で惚れさせる。 ただ、いつもと違うのは。 俺も本気だってだけだ。 レキフミは目を瞑って、姉の術に嵌るように心を決めた。 堕としてしまえば良い。 何度だって壊してしまえば良い。 それを自分で直して、また壊す。 一生かかって、遊んだって良い。 あの美しいミチルは、いつまでも色褪せない確信があった。 俺は、本気で惚れてしまったのか? |
to be continued...