不器用に交叉するだけで  5






ただの男だ。
一言で括れば、それで尽きると言うのにレキフミの脳裏を占めるミチルはそれだけでは足りないような気がした。
レキフミが男も女も関係ないことは、友人達も知るところだ。
冷たい印象を付ける表情のない顔。
それでも、整いすぎたそれは周囲の目を惹く。
憂いを浮かべれば、誰だって欲情する。
レキフミは、それを壊してみたかっただけだ。
人のものを、盗ってみたかっただけだ。
綺麗な心は、汚してみればどうなるのだろう。
答えは同じだ。
誰だって、そのまま汚れる。
汚れたものに、もうレキフミは興味はない。
ミチルを、散々汚したのはレキフミだ。
心まで、砕いた。
ミチルは、汚れたのだろうか?
誰ももう気に留めることのないほど、汚れた?
もう、ミチルを見つめる視線など、なくなる?
なくなるはずだ。
そうならないはずはない。
レキフミは結論を出しながらも、心がざわついた。
本当に?
汚れて壊れたミチルには、もう誰も見ないのだろうか?
視線を奪われないでいるのだろうか?
答えなど知っている。
否。
あれだけ汚しておきながらも、決してミチルは視線から外れることはない。
レキフミの脳裏から、離れないように。
脆い心を隠すものもなく、弱いままを表に出して、ミチルはさらに注目を集める。
縋ることなど出来ないと、弱い隙を見せなかったミチルのプライドを砕いたのはレキフミ自身だ。
今のミチルは、護るものは何も無い。
手を差し伸べれば、誰にだって付いてゆく。
それが、汚れることだ。
堕ちることだ。
レキフミは誰もをそうしたかった。
綺麗なままでいる誰かを、全てそうして堕として、安心したかった。
綺麗なままでいられるものなどいない。
自分を今まで支えてきた持論。
それを崩されるのは許されがたい。
当然、ミチルもそうなるはずだ。
ミチルはこれから、堕ちるように誰かに抱かれ続ける。
汚され続ける。
淫らになって、男に足を開き続ける。
「・・・・っ」
ガシャ・・ンッ
レキフミはいつの間にか掴んでいた珈琲カップに力を入れていた。
入れすぎて、思わずそのまま握りつぶす。
「おま・・・っなにやってんだ!」
驚いたのは目の前に座っていた友人である。
レキフミは一瞬沸騰した自分の感情に驚いていた。
何を感じることがある?
俺は俺のまま、これからも今までも変わらない。
そのはずだろう。
狙っていた男を落とせた。
それで気持ちは落ち着いたはずだ。
興味は無くなったはずだ。
温くなった珈琲と割れた破片に塗れた手を見つめるレキフミに、向かいにいた友人が落ち着いた声をかける。
「別に、お前がヤリたいってんなら誰だって紹介するけどさ、そういうヤツを。でもお前、本当にヤリたいだけか?」
「・・・・・そう、だろ。こんなに、したいと思ったのなんか、初めてだ」
「相手は、誰だっていいのか」
いいはずだ。
レキフミはそう言いたかった。
誰だって良い。
気持ちよくなるのは、誰でも同じだ。
セックスはゲーム。
それ以上でもそれ以下でもない。
「狙ってたっていう、そのリーマン、まだ興味失せてないんじゃないのか」
「・・・・・?」
レキフミは不思議そうな視線を友人へ向ける。
どういう意味だ。
堕としてしまえば、もうレキフミには用はない。
「お前が一晩もヤッてたってほうが、おかしいんだよ、なら、そのリーマン、興味があるんだろ」
「あの人に? 俺が? どんな?」
「知るか」
レキフミは濡れた手を乱暴に振って、水滴を払った。
開いた手は、少し切れていたけれど破片が入っているようには見えない。
頑丈な手だ。
感じている痛みも、すぐに消える。
聞き返したレキフミを、相手は一蹴した。
「お前の気持ちなんか俺が知るか。でも、気になるんなら興味は失せてないんだろ。なら、もっとやればいいだろうが」
それだけのことだろ。
その言葉に、レキフミは一気に腑に落ちた。
興味は無くなっていない。
壊して堕とした相手に、初めてだけれど興味を失くしていない。
まだ、ミチルが堕ちたかどうかを確かめていない。
汚しただけだ。
壊れたと思ったけれど、本当に壊れただろうか。
汚れてしまっただろうか。
それを確認すれば、レキフミの心はもう騒ぐことは無い。
それだけだった。
レキフミはハンカチを取り出して自分の手のひらを覆った。
納得し、気分を落ち着けたレキフミに気付いたのか、目の前の二人は呆れたようにため息を吐いて、
「で?」
「なに?」
「今日だよ、来るのか、来ねぇのか?」
レキフミは薄い笑みを浮かべて答えた。
ポーカーフェイスは、もう慣れているのだ。
「行くに決まってるだろ? ヤリたいんだよ、俺は」
欲情した熱だけは、やはり冷めていなかった。


to be continued...

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