不器用に交叉するだけで 3 時間も忘れて、気付けばミチルの身体は完全に力を無くしベッドに四肢を投げ出していた。 床に落ちているのはミチルの下着とズボン、そして靴。 自分は何一つ脱いでもいない。 ミチルのジャケットを、ネクタイを緩めることすらしていない。 レキフミはその惨状を視界に捕らえて、初めてうろたえた。 周囲を見渡し、視線が泳ぐ。 そして、何度も意識のないミチルへ還る。 動揺? レキフミは自分の感情が理解できなかった。いや、納得出来なかった。 自分の思うままにしたはずだ。 泣かせたいと気が済むまで啼かせた。 壊したいと踏み躙るまで砕いた。 汚したいと果てるまで犯した。 自分に嘘は吐いていない。その通りに、したのだ。 濡れた足が扇情的に見えて、汚れたシャツに息を飲む。 そして、顔が濡れていた。 目が、赤い。 涙の痕が、はっきりと判る。 ずっと、泣かせたのだ。溢れる涙を止めることなどしなかった。 流れるそれを気にすることなどなかった。 けれど、今思い出すのはその泣き顔だ。 泣いていた。 啼かせたかったのだ。 声が嗄れるまで、啼かせたかった。 それにますます煽られてはいた。 けれど、今動揺を隠せない。 レキフミは捲くられて落ちかけていた布団を半裸のミチルへかけた。 視界にその姿態を入れたくなかったのだ。 そうしてしまった自分の行動すらおかしい、と気付く。 なにを気にすることがある? 気は済んだはずだ。 思うままに、抱いて啼かせ、壊したはずだ。 長年想い、狙ってきた相手を堕とした。 湧き上がる感情は満足と気移りだ。 自分のしたいことはした。やりたいことはやった。 もう、興味は引かれないはずだった。 レキフミはそういう人間である。 けれど、渦巻くこれはなんだ? 動揺と、焦り。 自分はこの人に、何をした? レキフミは思考を閉じたかった。考えたくない。 考えれば、一番いやな結果が出そうだ。 レキフミはそのまま、ミチルの家を出て行った。 気を失うように眠ったその肢体を、もう見てはいられなかった。 レキフミが他人に興味をずっと持っていられないのは、幼少の頃からの環境にある。 他人よりずっと冷めているのは、幼い頃から恋愛というものを信じてはおらず、そして面白いものとも思っていないからだ。 ハードルがあっても、レキフミはそれを難なく乗り越える。 超えるまでは楽しいけれど、越えた後はこんなものか、と熱が引く。 それをはっきりと自覚したのは小学生の頃だった。 レキフミの家庭環境は複雑というより、異常だ。 父親が自宅にスタジオを持つAV監督である。 もちろん、幼いレキフミが家にいようとそれを見ていようと、俳優たちも父親も気にしたことは一度もない。 むしろ、幼いレキフミに身体を使ってセックスを仕込んだのはその女優たちである。 レキフミの母親は、やはりAV女優だった。 子供は産みたいけれど、太ることを異常に嫌がった女だった。 案の定、栄養も体力も足りず、レキフミは早産で腹を裂かれて取り出された。 その後、すぐに母親だった女は耐えることができずに死んだ。 レキフミはその父親に育てられたわけではない。 女というものは、母性本能が基本として備え付けられているのか、幼いレキフミを見ると誰もが手を出したがった。 絶えず家に他人がいる異質なレキフミの家は、入れ替わりに来る人間たちによって退屈しのぎのひとつとして育てられたのだ。 幼い頃から、当たり前のように目の前で繰り返されるセックス。 レキフミはそれがおかしいことだなんて考えたこともなかった。 それが、日常だったのだ。 小学生になった頃、やはり冷めていたレキフミを気にしてくれたのは、新卒の女教師だった。 すでに周囲にあまり興味も引かれず、年相応の子供たちと遊ぶことすら楽しいと思わなかったレキフミを熱心に心配してくれるその教師に、レキフミは少し興味を覚えた。 家にいる、当たり前のように足を開く女優たちとは違う、控えめないい匂いがした。 笑顔も獲物を狙うような鋭い目ではなく、包み込むような柔らかいものだった。 母親とは、こういうものだろうか。 レキフミは知らない存在を思い浮かべた。 けれど、それも崩れるのは早かった。 自宅にあるスタジオに、大きな鏡が壁に設置されている。 何に使うのかは知り切っているけれど、父親はそれ以上に趣向をこらしたかったのか、その鏡の向こうに部屋を作った。 マジックミラーなのである。 その部屋に入れば、スタジオでされている全てが見える。 そのとき、レキフミはいつものように行われている撮影に興味はなく、ただ漏れる高い嬌声に耳を澄ませた。 足の向くまま、その部屋に入りマジックミラーを覗く。 そこに居たのは、その教師だった。 ベッドの上で、二人の男に抱かれている、あの優しい笑顔の女だった。 背後から獣のように男を受け入れながら、口はもう一人の男の中心に夢中だ。 時折上がる嬌声と、卑猥に揺れる腰。 大きな乳房に男の手が回る。 レキフミの感情はやはり、冷めた。 そんなものか。 それだけである。 やはり、レキフミはどこか感情の繋がりがおかしいのかもしれない。 しばらくして、出来上がったパッケージにその教師が写っていた。 「じつろく、おんなきょうし」 レキフミは覚え始めた漢字を読んで、興味をなくした。 「ひねりがないね」 父親に素直な感想と言うと、大柄な男はにやりと口端をあげた。 「お前はまだガキだよな、ああいう、ストレートなのがまたクルんだよ」 「ふぅん」 レキフミはそれを知りたいとも思わなかった。 男は父親という肩書きは付いているけれど、父親には見えなかった。 大きな肢体には俊敏に見える筋肉が付き、不精のように口ひげを生やし常にサングラスをかけていた。 レキフミが受け継いだのは、その身長と色素の薄い瞳の色だけだった。 ガキだと言われなくなっても、それに惹かれはしなかったからだ。 興味のないものに、立つこともなかった。 |
to be continued...