不器用に交叉するだけで 1 小雨の降り続く空の下で、レキフミのバイト先であるカフェ「ドリス」は盛況していると言って良かった。 そこに、数年前から通ってくれている二人のサラリーマンに、レキフミはいつも視線を取られていた。 いや、正確には、そのうちのひとりに、だった。 家が近いのか、ひとりでも訪れることの多い男はミチルと呼ばれていた。 自分よりかなり年上だと思うがとても綺麗で、そして脆い人だと感じた。 その日、カフェに入ってきたミチルはどう見てもいつもと雰囲気が違った。 視線をぼんやりと漂わせ、始終何かを思い耽っている。 時折吐く吐息に、満席になった店内から盗み見る視線がチラチラと見える。 まさか。 レキフミは少し胸が高鳴った。 ずっと、レキフミにしては辛抱強く待っていたのは、この瞬間ではないだろうか。 レキフミが思ったとき、同じ店員がレキフミに面白そうに囁いてきた。 「なぁ、どれだと思う?」 「何がだ」 「あの、やばいくらいのミチルさんだよ」 「・・・・なにが」 「さっきからさ、狙ってるヤツ多いんだけど、いったいどの席のやつが落とすと思うよ」 賭けるか、と嬉しそうに相手はミチルと店内を見渡した。 「A3の女子高生グループか、C2のOL二人組。もしくは、D1でねちっこく見てる大学生野郎三人」 見ているのはその席の人間だけではない。けれど、相手の言葉は理解できた。 「どれにする?」 レキフミは嘲笑うように相手を見下ろした。 身長が高いほうであるレキフミは、だいたいの相手を見下ろすことになる。 トレーに氷水の入ったグラスを乗せて、 「どれも外れだ。あの人は、俺のものだからな」 言うだけ言って、相手の反応も聞かずにレキフミは視線をひとりで集めている席へ流れるように歩いた。 そうだ。 声をかけられるのも、俺だけだ。 レキフミはすでに仮面になりつつある笑顔を相手に向けて、その日確信した。 自分に運が向いてきたのかもしれない。 いつも一緒にいた男と、ミチルはうまくいってないようだった。 それからレキフミは、面白いように自分の思うように進むことへ笑い出してしまいそうだった。 簡単に堕ちる。 そして、汚してしまえ。 映画館の暗闇で見せた微かな戸惑いに、レキフミはその場で押し倒したくなる激動を必死で抑えた。 吐息をかけると、震える。それに耐える仕草が、レキフミに火をつける。 「ミチルさん、俺、本気ですよ」 言った言葉に、自分で驚いた。 本気なんて、言うつもりはなかった。 レキフミはいつも遊びだ。 そんな言葉を使うのは、相手も完全に遊びだと判りきっているときだけで、こんなプライドだけで保っていて、弱い相手に使うものではない。 そう理解はしているのに。 まぁ、思い込ませたほうが、もっと壊れるかな。 レキフミはスーツの袖から伸びる、白く細い手に吸い付くようにずっと触れていた。 計算してのことではない。 離すことができなくなってしまったのだ。 その後で連れて行った店は、レキフミが何度か足を伸ばしたことのある雰囲気のあるそっちの店だ。 マジかよ。 レキフミは、驚くというより、呆れた。 それが表情に出なかったのは、ずっと顔を仮面で覆うようにしていたからかもしれない。 ミチルは、初めてだったのだ。 こんな店も、男相手に身体を売る男たちのことも。 無知すぎる。 だからだろうか。 こんなに脆く、綺麗なままなのだろうか。 レキフミは簡単に口車に乗せられるミチルを腕に納めながら、真剣に離したくないな、と感じた。 何も知らないミチル。 綺麗なままで、傷つくことを恐れているミチル。 あと、どこまで崩れたらこの手に収められるだろうか。 どこまで期待させたら、壊れてくれるだろうか。 腰に絡むこの腕が、今にも押し倒したいのを堪えていると腕の中のミチルは気付いているのだろうか。 優しく笑う男が、心の中では泣き叫ぶまで陵辱しているのだと、気付いているのだろうか。 「遊びだとしても、やるなら真剣にやれ」 それが、親から教わった唯一の教訓だった。 レキフミはそれを違えたことはない。 一晩限りの恋愛駆け引きでも、じっくりと計画を練って相手を落とすことにしても、相手が落ちるまでは、レキフミは真剣だった。 手に入ったと思った瞬間に、レキフミの興味はまったくなくなる。 それがもとで、何度も詰られたり酷いと泣かれたりもしたけれど、レキフミにはなんの感動もなかった。 興味があるときは全力だ。 けれど、なくなったものをどうしてそんなに夢中にならなければならないのか。 「レキフミは、恋愛下手なのよね」 そう言ったのは、唯一の姉である。 繋がりは半分だけだけれど、レキフミの一番の理解者でもあった。 恋愛とは、レキフミにとっては相手が落ちる瞬間までのことだ。 そのプロセスのことを言うだけで、その後のことにレキフミは興味を持たない。 手に入れた相手は、セックスフレンドになるか、もう興味を失くすか。 それ以外にはならない。 レキフミはこの性格をどこでも隠してはいない。 昔から知る友人らは、レキフミに目を付けられた相手に同情し、しかし止められるものではないと知っているため黙認するだけだ。 誰でもいいと思っているレキフミでも、少しの常識は判る。 友人のものには決して手を出さないし、一度友人と認めたなら裏切らない。 それを守り続けている限り、レキフミの友人はレキフミという人間を上にも下にも出来ないのだ。 友人という位置は、動かない。 最近も、大学でレキフミは一人女を落とした。 珍しく髪に手を入れていないのを見つけて、手慰みのつもりで手を出した。 初めは訝しんだ相手も、レキフミの慣れた笑みと仕草にすぐに落ちた。 抱いてみると相手はやはり経験はなく、しかしそれにレキフミはなんの感情も動かない。 終わればレキフミは相手からのコンタクトを一切取らなかった。 詰られ、泣かれたとしてもレキフミの感情は動かない。 「いつか、刺されるからな」 困ったように言う友人に、 「・・・それも、面白そうだよな」 レキフミは本心を告げた。 レキフミは、面白いことを探しているのだ。 常に、何かに夢中になりたいのだ。 飽き性なのか、すぐに手の内に入ったものには興味を失くしてしまう。 けれど、心が物足りない、と欲している。 もっと、何かがあるはずだ。 もっと、何もかもを手に入れたい。 心を埋め尽くすなにかが、欲しい。 興味を惹かれては、もしかしたらという期待を込めて真剣になるのだ。 これが、自分の求めていたものかもしれない、と。 そしてすぐに興味を失くし、相手にも自分にも絶望を覚える。 つまらない。 レキフミはずっと、そう感じていた。 ミチルと出会う前までは。 |
to be continued...