不器用に交叉するだけで  ―プロローグ―






初めての衝動を、今でも覚えている。
壊してしまいたかった。
ぐしゃぐしゃにして、立ち直れないほどの傷を付けて、それでもプライドの高い顔は決して屈しないだろう。
それを、泣かせてみたい。
ただそれだけだ。
その後どうなろうと構わなかった。
育った家庭環境のせいでレキフミは「恋愛」と言うものに関しては冷め切っていた。
好いた腫れたも、一瞬の気の迷い。
そのとき楽しければ相手など誰だって構わない。
男だろうと女だろうとも、構わない。
嗜虐心が強いのも自覚があった。
けれど、泣かれて痛かったのは、初めてだ。
その感情が溢れた目を見て、初めて戸惑った。レキフミは伸ばしかけた手を止めた。
優しく、包んでやることなど出来なかった。
俺はいつから、こんな臆病になったんだ?
踏み躙ってしまえば良い。
綺麗な心など、誰も持っているはずはない。本性で見えるのは、醜い心。
それが、人間だ。
純粋な気持ちは幼いだけで、世間に慣れれば誰もが汚れる。
綺麗な相手を見れば、誰だって汚してしまいたかった。
汚してしまえば、もう見分けはつかない。レキフミの興味はなくなる。
そのはずだった。
レキフミはその気持ちが今まで外れたことはなかった。
この綺麗なひとは、突けばすぐに崩れる。
壊してみたい。
レキフミはそれが感情を支配した。
プライドが高い男が、ふいに隙を見せるのは好きな男の前でだけ。
普段は完璧に整えられて、むしろ冷たい印象だ。
けれど、その時折みせる隙は、レキフミをどうしようもない感情に陥れる。
それをからかう男にだけ、笑う男。
決して、レキフミには見せない顔。
壊してやりたい。
めちゃくちゃにしてやりたい。
酷いくらいに犯して、泣き叫ばせて、時折甘い顔を見せてやって、しかしそんなものはまやかしだ、と教えて―――
まさか、それが出来るチャンスが来るとは夢にも思わなかった。
レキフミは犯せれる狂喜に喜びながら、張り付いたポーカーフェイスで笑っていた。
本当に、この感情はいったいなんなのだろう。
怒らせて、泣かせて、憎ませて。
それで充分なはずなのに、いつまで経ってもレキフミの心は埋まらない。
気持ちが落ち着かない。
いったい自分は、このプライドの高い美しい人を、どうしたいのだろうか。
レキフミは初めて、焦燥感に駆られてどうしていいのか判らなくなった。


to be continued...

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