夢じゃない 5
朝食の席は賑やかだった。 今日は一日かけて旧軽銀座やその周辺を探索する予定だ。 それぞれにパンフレットやガイドブックを片手に予定を話している。 しかし砕は暗く、珍しくむっつりとしてお皿にのったオムレツを突いていた。 それを見て、 「砕くん、どこか行きたいとこやお勧めなんかある?」 気配りの成瀬が声をかけた。 はっと気付いたように顔を上げた砕はどもりながら言葉を探す。 「・・・あ、えーっと・・・どこも、別に・・・」 「それとも、今日は一日大人しくしてる?」 「・・・え、どうして、」 「隣りの人が寝てるからよ」 その台詞に全員が砕の隣りを見た。 座ったときは、みんなと同じように食べていたのに、いつの間にかコップを持ったまま、もう片方の手に頭を乗せて俯いて動かない。 「危ないから、コップだけ取っておいてくれる?」 成瀬の言うとおりにして、なぜこんなに寝るのか不思議に思った。 それには向こうに座った愁が答えてくれた。 「バイトだよ、こいつ、ここにくる当日の朝までやってたんだ」 「・・・・なんでそんなに働くの?」 「頼まれたら断れないからだろ、そーゆうやつだよ、みずきは」 納得できるようなしたくないような複雑な顔をしていると、愁が回ってきてみずきの肩を荒っぽく揺らした。 「おい、みずき、寝るんなら部屋に行けよ」 「・・・ん、ああ・・・」 瞼を上げないまま答えたみずきはよく理解していない答えを返す。 「今日、どうすんだ? 一緒に行くのか?」 みずきはその質問にゆっくりと、しかしはっきり答えた。 「・・・あー、悪い・・俺、寝てるわ・・・みんなで行ってきて」 「でもみずきくん、私たち、夕飯も外で済ませてくるわよ?」 「うん、どうにかなる・・・マジで限界、寝るわ・・・」 言って、早々にみずきは立ち上がった。 今度こそ部屋に行って寝るらしい。 ふらつきながらもリビングを出て行った。 それを見送ってから、愁が砕に視線を移動する。 「で? 砕はどうするんだ? 付いてるのか?」 「うん、そうだけど・・・でもなんであんなに疲れてるのに旅行に来るのかな」 「お前・・・・・」 全員が、息を大きく吐いてみずきに同情した。 みずきは死んだように眠った。 ここ二、三日ほとんど睡眠を取っていなかったのだ。 短期のバイトを詰め込んだ。 体力の限界まで、身体を動かしておきたかったのだ。 ようやく、意識が戻り始めた。 外の音が耳に入る。 ドアは締め切ってあるのに、話し声が聴こえた。人の気配がする。 今日は全員出払ったはずだ。 そのうちにみずきの部屋のドアが開いた。 砕だった。 みずきはゆっくり目を開けて、身体を起こした。 「あ・・・起きた?」 「・・・何時だ?」 「もう、六時だよ、ほんとに一日寝てたね」 夕方でもまだあたりは明るい。 カーテン越しに光が差し込んで、部屋の中も充分に明るかった。 みずきは身体を伸ばして、固まった上体を解した。 「今、誰か来てなかったか?」 「え・・・うん、観光客が迷ったからって、道を尋ねてさっき」 砕はよく分かったね、という顔をしているのに、みずきはもうすでにそんなことどうでもいいように首を鳴らした。 「よく、寝れた? そんなに疲れるまで、なんでバイトするの?」 「・・・体力なんか残したくないからだ」 「どうして?」 みずきは答えず、部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開けた。 中に、よく冷えた缶酎ハイと缶ビールがある。ビールのプルトップを開けて、一気に呷った。 クーラーも付けていなければ窓も開けていないこの部屋で、延々と眠っていたのだ。 喉がカラカラだった。 西日のせいですでに汗ばんでもいる。 「俺にもちょうだい?」 「だめだ」 みずきの傍まできて手を出した砕に、即答した。 「・・・・なんで?」 「むかつくから」 「・・・・どうゆう意味?」 砕が眉を寄せてみずきを睨み上げると、その前でみずきは気にしないように持っていたビールを全部飲んでしまった。 それから酎ハイを取って、ベッドに座る。 「俺、酒癖悪いの?」 砕はその隣りに座って、真剣に聞いた。 「自覚があるなら、いいさ。だけどお前、覚えてねぇだろう」 「なにを」 「昨日ほかの奴にキスしたことだ」 砕の目が、まん丸に開かれた。 「俺にも縋って、したな」 驚いて、砕は口を動かす。 が、声は出てない。 「しなきゃ泣いて拗ねて、何のまねだ?」 訊かれても砕は目が泳ぐ。 全く、記憶にないのだ。 「この別荘にくるといつもらしいな。今まで、どのくらいの相手にしたんだ?」 砕は首を振る。 覚えてなど、いない。 蒼白になる砕の横で、みずきは缶を呷る。 その仕草で砕はみずきが怒っていることに気付いた。 「あの・・・ごめん、俺ほんと、覚えてなくて・・・」 「正気じゃなかったな」 「・・・もう、飲まないから・・・一生、飲まない」 「そうゆことじゃねぇ」 みずきは缶をサイドテーブルに置いて砕の肩を掴んだ。 「酔わなくなってどうにかなる問題じゃねぇ」 「みず・・・」 みずきはそのまま砕をベッドに押し倒す。 困惑する砕に、咬み付くようにキスをした。 シャツの下に手を滑り込ませて、捲り上げる。 先を急ぐようにその身体に口付けた。 「み、みず、き・・・」 「・・・どうして体力を残さないって? こうゆうこと出来ないようにだよ」 なのに、目を覚ましてすぐ砕がいた。 止める人間も、誰もいない。 この広い別荘に、二人きりだ。 「みずき・・・っん、」 砕のズボンも下着も一気に引き降ろして、腰を掴む。 唇が触れるたびに、荒い息がかかるたびに、涙が出そうになる。 声も、抑えてなどいられない。 「あっ、み、みず・・・あ、あっ・・・」 その手に、口に達かされて、気が遠くなっても何度も現実に引き戻される。 みずきが後ろに指を潜り込ませて、痛いのか感じてしまうのかよく分からない感覚にも襲われて、しかし確実に高みに追いつめられて、瞑った目尻から涙が溢れる。 「・・・っみずき・・・!」 もう少しで楽になるのに、みずきはずっとその状態から先へ進まない。 どうにかして欲しくて声を上げる。 しかしみずきは冷静な声を返した。 「・・・のど、渇いたろ、飲めよ」 ずっと傍に置いてあった酎ハイに手を伸ばして、自分の口に含む。 そのまま砕に口付ける。 「んっ・・・う、」 喉を鳴らして、砕は生ぬるくなったアルコールを飲んだ。 みずきはそれを何度も繰り返す。 「はぁ・・・ん・・・っ」 缶がカラになった頃、砕の目がとろん、と虚ろになり涙目が一層艶しい。 力の入らない両手を上げて、目の前にいたみずきの首に絡める。 当然のような仕草で、唇を近づけた。 みずきは重なる前に砕をベッドに戻した。 唇ではなく、首に、肩に、その薄い胸にキスを繰り返す。 「ん・・・、ん、や・・・やだぁ・・・」 「なにが」 「や・・・」 身体を弄るみずきの手を止めようとする。 しかしそんな力ない抵抗は無いに等しい。 砕の中心に手を伸ばし、再び扱く。 後ろまで指が伸びて、中に押し込もうとしてくる。 砕は首を振って、いやいやをするように涙を見せる。 「や・・・やだ、やぁ・・・」 「なんで」 「っ、う・・・っ、やめて、とうさん・・・」 砕のキスを強請る相手は父親だ。 昔、たくさん愛情を注いでくれた優しい父親だ。 しかし、今の行為はそれとは違う。 親愛の情ではなく、性欲の情だ。 父親にされる行為ではない。 みずきは低い声で呟く。 「誰だって?」 「・・・っう、や、やだよ・・・父さん」 「お前の父親が、こんなことするのか? 俺は誰だ?!」 「っう、うっく」 嗚咽を上げて、涙で潤んだ視界に相手を捕らえる。 砕はよく見えなかった。 しかし、泣きたくなるほど、愛した相手だ。 こころから、欲しいと思った相手だ。 「俺は、誰だよ」 もう一度、訊いた。 「・・・っく、み、みず、き・・・」 嗚咽と一緒に、答えた。 父親ではない。 この男は、自分の一番愛した人間だ。 親より、誰より世界中の人間より、みずきを選ぶ。 「誰だ?」 「・・・・みずき」 その首に手を回しても、今度は避けられなかった。 暖かい、現実の体温を感じて、その身体に抱きつく。 しっかりと、腕を回す。 「みずき」 泣きながら、答えた。 離れたくない、と。 離したくないと。 「あっ、あ・・・!」 みずきは砕の腰を掴んで、自分を押進めた。 砕はその異物感に、目が眩む。 しかし離れようとしない。 しっかりと、相手の身体にしがみつく。 「あ、あ・・・っあつっ」 みずきは砕が慣れるまでゆっくりとした動作を繰り返した。 砕はその中心も触られて、その動きに反応して声を上げるしか出来ない。 早く終わらせて欲しいのに、みずきはなかなか終わらない。 その状態のまま、何度も砕を攻める。 「・・・っう、あ・・・っも、やだ・・・! はや、・・・早く」 「誰だ?」 「・・・っな、なに・・・っ」 「俺は、だれだ?」 砕は涙で潤んだ視界に、はっきりと相手を捕らえた。 「・・・・みずき、みずき・・・っお願い・・・!」 みずきは口の端を上げて、それまで仰向けに受け入れていた砕を反転させた。 「・・・・っ?!」 その衝撃にも、行動にも驚いて、一瞬声も上げられない。 みずきは背後から砕に覆いかぶさって、その身体を弄る。 「みず・・・っや、あ・・・!」 いきなり、砕の中心で堅くなっていたのを握り絞めて、塞き止めた。 強く握りこまれて、砕は視界が一瞬暗くなる。 しかし直ぐに後ろからの動きが伝わってきて、声を上げる。 「あ、や! やだ! みずき! あ、あっ・・・離して・・・っ」 みずきの動きが、確実に早くなる。 背中に汗で絡みついた髪を除けて、荒い息でキスをする。 砕の抗議など気にせず小さく呻いて、みずきは砕の中にそのまま放ってしまった。 大きく息をする、呼吸を背中に感じながら、砕は細い指を握り緊めて拳を震わせていた。 置いていかれ、それがわざとなことに、腹立たしいような、悲しいような、ただ涙が込み上げてくる。 「・・・っ、ひ、ひど・・・っ」 みずきは震える手を握り締めて、 「・・・一回じゃ終わらねぇよ」 その耳に囁いた。 一度引き抜いて、再び砕を上に向けた。 長い髪をかきあげて、泣き顔にキスを落とす。 嗚咽に震える唇を、銜え込む。 「・・・っつ、あぁ・・・!」 二度目の挿入はあっけないほど簡単で、砕はしかし身体を硬くした。 「・・・・砕」 みずきは砕の手を、指に絡めてベッドに押さえつける。 ただ、腰だけ揺らした。 ゆっくりとベッドのスプリングだけを利用して、優しく攻めた。 「あっ・・・あっ、あ・・・!」 窓も締め切って、クーラーもかけていない部屋で、すでに濡れるほど汗ばんだ身体が重なってキスをする。 砕の荒い呼吸に合わせるように、啄ばむようにキスをした。 「み・・・みず、き・・・あぁっ」 確認するような声に、答えてやる。 「や、あっ、あっ・・・」 「・・・・砕」 その時、今度こそ、砕は意識を手放した。 |
to be continued...