夢じゃない 4
「・・・、ここで、?」 「そう、そこで死んだの。ちゃんとベッドの上で、よ。・・・静かに、死んでいったわ。私と砕の前でね。あの人、そりゃぁもう、砕が可愛くて仕方なくて、いつも抱いてた。砕に何度もキスしてってせがんで、砕は喜んでしてたわ」 「・・・・・」 「いつもは気にしないようにしてても、どこかで覚えてるのかな、酔うといつも誰かにキスをする。相手は、父親のつもりでね」 「・・・・性質悪いんですけど」 「そうねぇ、ほんとに」 笙子は到底困っているとは言い難い声で同意した。 「治せないんですか」 「治らないのよ、本人に自覚がないんだもの」 「・・・・こっちは気が気じゃないんですが」 笙子は不意に真剣な声で、 「あるいは、貴方が、治せるんじゃないのかな」 言われたみずきは顔を顰めた。 「どうやって、です」 「・・・・どうにかして」 盛大にみずきは電話口でため息を吐いた。 「本当に、貴方方親子は・・・っ」 笙子は向こうで用事があるから、とさっさと通話を切ってしまった。 取り残されたみずきは地元では見慣れない星空を見上げて、そのまま暫くじっとしていた。 砕が目覚めたのは、まだ朝の早い時間だった。 ここまで森の中にくれば、あまり鳥の声も聞こえない。 代わりに、何もかもの音を飲み込む森の静けさがあるだけだ。 外の光が入る天窓のおかげで、屋根裏はすでに明るい。 しかし砕は固まって動けなかった。 完全に意識はある。 だが思考回路は止まったままだ。 目の前に、みずきの顔があった。 そしてその腕が自分に回されている。 「・・・・・」 昨日を思い出そうとしても、よく覚えていない。 女の子の部屋に遊びに行って、勧められて飲んだことは覚えている。 しかしその後の記憶がない。 どこでどうしてこうなったのか、さっぱり解らない。 錆付いた機械のように身体を動かして、その腕の中から這い出す。 布団の感触がおかしくて改めて自分を見ると、全裸だった。 下着すら、着けていなかった。 「・・・ん、」 自分が動いたことで、身じろぎをしたみずきが眉を寄せて重い瞼を開けた。 それに驚いて、砕は布団を剥ぎ取って自分をくるむ。 「・・・・寒い、」 みずきの素直な感想に、砕は爆発しそうな頭で訊く。 「な・・・っなんで?! 何でここにいるの? 何で俺・・・っ」 「さすがに朝は寒いな・・・布団独り占めかよ」 「なんで!」 砕は涙目になって、みずきを睨む。 身体を起こしたみずきは大きく欠伸をして伸びをした。 上半身は裸だけれど、下はちゃんとジャージを穿いていた。 「・・・・覚えてないのかよ」 その低い声に、砕は声が詰まって答えられなかった。 覚えていないことが悪いことのようでみずきに押されてしまう。 「お前酔っ払って大変だったんだぞ、後で成瀬やみんなに謝っとけよ」 酔っ払ったのは、解る。 しかし、この状況がまだ理解できないで混乱した目でみずきを見て、 「・・・なんで・・・っ一緒に、」 「・・・・・」 みずきは冷めた目でそれに答えて、口端を上げてにやり、と笑った。 「身体、大丈夫か?」 「――――――」 砕は真っ青な顔で答えた。 二日酔いにもなってないし、痛いところなどない。 しかし頭から冷水をかけられたように凍りついた。 「・・・襟のある服、持ってきてるか?」 繋がりのない質問に、砕はどうにか答えることが出来た。 「・・・袖がないのけど、一応は」 「今日はそれ着ろ」 「・・・なんで、」 みずきの手が伸びて、砕をくるんでいる布団を捲る。 細い首を指で伝って、 「見せたきゃ見せていいけどな、コレ」 「――――――!」 見えないけれど、自分の首に何があるのか一瞬で解った砕に、みずきはそれをどうでもいいかのように再び欠伸をして立ち上がった。 「・・・ぁふ、俺はまだ寝てくる、おやすみ」 「・・・・・」 砕は答えることも出来ず、そのままの格好で屋根裏から出て行く一晩一緒に居たはずの 男を見送ってしまった。 砕は結局、言われたとおりの服を着た。 そして居間のソファで安眠を貪っている男を見下ろした。 砕は男とはしたことがない。 みずき以外に人間とは考えてもいないが、知識はある。 少なくとも、こんなに身体は平気なものなのだろうか。 だるくもないし、どこも痛くもない。 みんなが起き始めた頃、砕も下に下りた。 キッチンで朝食を作る用意をしているクラスメイトの彼女たちに、言われた通りに謝った。 覚えてはいないけれど、迷惑をかけたのだろう。 複雑そうな顔で、それでも笑ってくれたのでほっとしたが、釈然としない。 みずきは、と言えばなぜかそのまま一階まで降りてこのソファに転がっていた。 周りでこんなに人が動いて話していても、起きる気配がない。 「砕、用意できたぞ・・・まだ起きないのか?」 みずきを見下ろして動かない砕に、呼びに来た愁が近づく。 はっと思考から戻った砕は頷いて、 「・・・う、うん」 愁は一緒にそれを見下ろして、 「まったく、昨夜はなにやってたんだか」 「・・・みずき、帰らなかったんだ?」 恐る恐る訊いた砕に、愁は驚いた顔を向ける。 「・・・お前と一緒にいたんじゃないのか?」 「そ、そうみたい・・・なんだけど」 砕は俯いてしまう。 「・・・・どうしよう、愁」 真剣な声で、真剣な顔を向けられて、愁のほうが戸惑った。 「俺、酔ってて・・・覚えてないんだ、昨日、なんか・・・したみたいなんだけど、全く、覚えてない。気付いたら、朝だったんだ」 「・・・・・・」 愁は目の前が真っ暗になった。 倒れそうな勢いである。 「どうしよう?!」 そんなことを訊かれても困る。 縋られて、逃げ出したくなった愁の下から、不機嫌な声が呻いた。 「・・・人の頭上でなにやってんだ・・・」 驚いた二人は思わず一歩引いてしまった。 それを不機嫌な目つきのまま見て、みずきは身体を起こす。 「・・・何時だ? 九時? 全然寝てねぇじゃねぇか・・・」 吐き捨てるような声で言って、怯えたような複雑な目を向けてくる二人をじろり、と睨んだ。 「なんだよ、」 愁は一度深呼吸をして、友人に話しかけた。 「・・・・砕が、昨日のことを覚えてないって、よ。俺は消えるから、二人で・・・」 話し合ってくれ、と続けて逃げ出そうとした愁にみずきが遮る。 「覚えてない? 砕が?」 下と横からの視線に、砕は後ろめたそうに頷いた。 「そりゃ覚えてねぇよ、なんもしてねぇもん」 はっきりとしたみずきの声を疑ったのは、二人ともだ。 「な・・・っし、してな・・・って、」 「人の横でぐーすか寝やがってよ・・・おかげで俺はまた寝不足だぜ」 もう一度眠たそうに欠伸をした。 はっきりした頭で、みずきに食って掛かったのは砕だ。 「してないって・・・! だって! コレは?! なんで俺なにも・・・っ」 着てなかったのか、とあまりに驚いて混乱して言葉が続けられなかったが、自分の首を指して叫んだ。 みずきの返答はあっさりしていた。 「嫌がらせに決まってんだろ」 「い・・・・っ」 真っ赤になった砕は口をパクパクとさせるだけで、声が出せなかった。 愁はその隣りで大きくため息を吐いた。 「・・・朝食できてるってよ、みずき、食うか?」 とりあえずの現実問題を口にした。 「喰う。顔洗ってくる、先に行っててくれ」 「OK」 そして愁はさっさとキッチンに向かい(こんなところにはもう居たくない、とばかりにだ)、みずきは洗面所に向かった。 残された砕は一人拳を握り緊めて、誰にもぶつけることの出来ない怒りを今にも爆発させそうだったが、ぶつける相手がいなくて一人で立ちすくむだけだった。 |
to be continued...