夢じゃない 3
夜になって、全員別荘に引き上げた。 何かをするわけでもなく、それぞれの時間だ。 みずきは風呂上りに煙草を銜えて、テレビのチャンネルを変えていた。 交代で入っていた愁がバスから出てきて、呆れてその格好を見る。 「・・・お前、」 「なんだよ」 愁はタオルで頭を拭きながらため息を吐いた。 「別に、何も」 「ビール、貰ったぞ」 「あー呑む呑む」 愁は躊躇うことなく貰った缶のプルトップを開けた。 そのとき、ドアが鳴る。 「・・・みずきくん、いる?」 控えめな、女の声だった。 みずきは煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。 「あ、お前その格好で・・・」 「なんだよ、」 愁の言葉に聞き返しながらも、みずきは止まらずドアを開けた。 立っていたのは信用のある室長で、しかし目を見開いて驚いた。 みずきの格好に、だ。 素足にジャージ、上は暑いから、とタオルを首に引っ掛けただけである。 「あの、ちょっと来てくれないかな、その、・・・砕くんが」 「? なに」 「私たちの部屋なんだけど、ちょっと・・・」 そのまま出ようとしたみずきに、慌ててストップをかける。 「待って、何か、着て!」 みずきはしかしその通りに部屋に身体を戻す。 ビール片手に愁が差し出してくれたTシャツを着込む。 「で、砕がなに?」 「・・・うーん、ちょっと、困ったことに」 成瀬がいる女部屋は二階の大部屋である。 女子のほとんどが、そこで騒いでいたらしい。 そこに砕が顔を見せたので、一緒にと迎えたのだ。 その部屋に入って、みずきは驚いた。 一斉に全員が困ったような顔で自分を見たが、みずきも困惑した。 女子生徒たちが遠巻きにしている、部屋の隅にいる人物、砕が泣いていた。 しかも、とめどなく涙を流している。 「・・・なんだ?」 みずきは顔を顰めて、成瀬を振り返るとこちらも困った顔で、 「・・・ちょっと、飲んでたの、私たち。砕くんも飲めるって言うから勧めたんだけど、少ししてから・・・・」 「・・・飲ませたのか」 みずきはため息を深く吐いた。 「始めはね、泣き出したんじゃなくて、その・・・」 「あたしに、キスしてきたの」 クラスメイトの一人が、言い難しそうにしてた成瀬の語尾を取った。 その隣りにいた、 「次は私」 と賛同する。 「・・・・・・」 「さすがに、困って止めさせようとすると泣き出しちゃって・・・・」 「近寄ると抱きついてくるから、誰も寄れないし」 みずきは肩を落として息を吐いた。 今朝の電話を思い出したのだ。 「・・・・はっきりと言ってくれれば・・・」 その相手を思い出して毒づいたが、今更仕方がない。 「なに?」 「なんでもない・・・連れてくよ」 みずきは大またに部屋に入り、砕の目の前に膝をつく。 「砕、立て。泣くんなら部屋で一人で泣け」 その台詞に回りはあんまりだ、と思ったが言われた砕はそんなことは気にしない。 泣き顔を上げて、みずきを見る。 「・・・・みずき、」 腕を伸ばしてその首に回す 。何をしたいのか解ったみずきは慌ててその腕を取った。 「やめろ、こら」 「・・・なんでしてくんないのぉ・・・」 また一層、涙を溢れさせた。 勘弁しろよ、とみずきはため息を吐いて、勢いよく砕の腰を持って引き上げた。 そのまま肩に担ぎ上げて立ち上がる。 荷物のように、砕を肩に乗せたのだ。 「このまま部屋に連れて帰って寝かせてくる。悪かったな」 みずきはクラスメイトたちに言って、部屋を出た。 みずきの背中で長い髪を揺らしながら泣き続ける砕を見て、ドアが閉まってもしばらくはその部屋は呆然としていたが、やがてポツリと成瀬が呟く。 「・・・でもみずきくん・・・その抱き方は夢がないわ」 同感、と全員が頷いた。 砕の部屋は一人部屋だった。 三階の角にもうひとつ上に行く階段がある。 半階ほど上がるとドアがあって、そこは砕専用の部屋だった。 天井は斜めになっていて屋根裏のような造りだ。 しかし広さは一人でいるには充分過ぎるほどある。 奥のベッドに担いでいた砕をそのまま降ろし、 「・・・っとに、なんだよ、何がしたいんだお前は」 えづく砕を睨んだ。 「・・・っ、うっ・・・み、みずきぃ・・・」 縋るようにみずきのシャツに手をかけた砕を振りほどく。 「何で泣いてんだよ、お前は」 「っう、うえっ・・・」 砕はベッドに顔を伏せて、涙をシーツに浸み込ませる。 その状態を見下ろして、みずきは自分もベッドに座る。 ため息を吐きながら頭をかいた。 「・・・なんだってんだよ・・・笙子さん、対処の仕方も教えて欲しかったぜ・・・」 暫くその背中で聞いていた砕の泣き声がふと止んで、みずきは気付くと同時に後ろに倒れ込んだ。 「・・・な、ん・・・」 砕がその上体を倒したのだ。 驚くと目の前にもう砕がいる。 上から押さえつけられて止めるまもなく口を押し付けられる。 泣きはらした目を閉じて、唇を重ねる。 驚いて暫くされるがままになっていたみずきは砕の腰を掴んで自分の身体を起こした。 反対に、砕の身体を自分の下に敷く。 「・・・それがキスかよ」 呟いて、閉じた砕の口に舌を割り込ませる。 「んっ・・・」 咬み付くように貪って、さすがに砕も息苦しくなったのかみずきの肩を押し返す。 しかしそんなことでみずきは止まらない。 角度を変えて、深く探るように舌を伸ばす。 「ん、んん・・・っ」 逃げようと顔を背かせても、追って顎を固定する。 「んっ、ん・・・んん・・・」 そのうちにみずきのシャツを握り緊めていた砕の手が、意識を失くしてベッドに落ちる。 みずきは抵抗のなくなった身体をそれでも暫く押さえていて、完全に反応がなくなると身体を起こした。 砕を見ると、泣き疲れたように眠っている。 「・・・くそったれ」 毒づいて、頭を掻き毟る。 それでも砕をちゃんと寝かせてから、部屋を出た。 二階の廊下にベランダに出る扉を見つけて、迷うことなくみずきは外に出た。 ジャージのポケットに入っていた携帯を取り出し、番号を呼び出す。 「・・・みずきです、笙子さんは」 数コールで出た相手に、少々苛立った声で告げた。 すぐに出てきた笙子は、 「・・・やっぱり、出ちゃったのかな」 悪びれもなく、呟いた。 「やっぱりって・・・! どうゆうことですか? なんでああなるんです?!」 「だから飲ませないでって言ったのに・・・」 「勝手に飲んだんです」 みずきは憤然と言い放つ。 「言っとくけど、あの子、覚えてないから」 「・・・・完全に正気じゃなかったですよ」 笙子は言いにくそうに、しかし口を開いた。 みずきが説明を受けるまできらない、とした態度だったからだ。 「その別荘ねぇ、あの子の父親が・・・三代目が、死んだとこなのよ」 |
to be continued...