夢じゃない 6
みずきは、友人たちが帰ってくるときキッチンにいた。 さすがに腹が減ったのか、自分で作ったらしいパスタを食べていた。 すでに、九時を回っていた。 「お、起きたのか、みずき」 友人たちはお土産なのかたくさんの袋を抱えて、キッチンを覗く。 「おかえり・・・さすがに、腹減った」 「何時まで寝てたの?」 「さっき。目が覚めたとこ」 「寝すぎだろ・・・砕は?」 「部屋で寝てる。目が覚めたら横で寝てたから、自分の部屋に連れてった」 周りはその可愛らしい行動を思って、苦笑する。 みずきはさっさと食事を終えて、立ち上がる。 「みずきくん、明日はどうするの?」 「さぁ・・・起きたら考える」 まだ寝たりない、とばかりに欠伸をした。 みずきは愁とともに部屋に帰り、そのままユニットの洗面所に入った。 歯ブラシを口に入れて、まだ眠たい、と目を瞑りながら手を動かす。 愁は荷物を置いて、開けっ放した窓に目がいった。 すでに外の気温も下がって、心地よい風邪が入ってくる。 「・・・・みずき」 愁は洗面所で歯磨きをしている友人を呼んだ。 呼びながら、部屋をもう一度見る。 どこも変わっていないように見える。 愁のベッドは朝出るときにちゃんと整えたし、みずきのベッドは今まで寝ていたとおり、シーツが丸まっている。 「あに?」 歯ブラシを銜えたままみずきが答えると、愁はじろり、と睨んだ。 「砕は、寝てんのか?」 みずきは愁を見返して、しかしにやり、と笑った。 それだけで、よかった。 愁には解ってしまった。 ため息とともに、床に座り込む。 うがいをして出てきたみずきに、 「おまえ・・・っ電車んなかで、集団行動のときはって、あんなに・・・・!」 力なく睨みつけると、みずきは悪びれもなくベッドに腰を降ろした。 「さっきまで、集団じゃなかった」 「そおゆう・・・!」 「悪かったよ、俺も、そんなつもり無かったんだけどな・・・無性にむかついて」 愁はしばらくそんな友人を睨んでいたが、しかしそんなことをしても意味が無い、と諦めたようにため息を吐いた。 「いいよ、お前らのことだ。俺には関係ない」 「よく解ったな、お前」 「カンだ、お前が窓なんか開けてるから・・・」 「ああ、そうか」 愁はもう一度、ため息を吐いて風呂に入る、とフラフラとバスに向かった。 翌朝、砕は脱力感に襲われた。 身体中が疲れている。 全身が悲鳴を上げているみたいだ。 起きるのが嫌だった。 このままずっとまどろんでじっとしていたい。 そのうちまた、眠りにはいるだろう。 「・・・・・」 ゆっくりと瞬きをしながら、部屋を何度も見た。 自分の部屋だった。 記憶はなくなっていない。 覚えていた。 昨日、みずきに抱かれた。 なぜか、父に会った。 その途中でみずきに変わったけれど、もともとみずきだったのだろう。 自分の感覚がおかしいのだ。 砕が自分で望んだことだ。 嫌なはずはない。 ただ、指を動かすのさえ、嫌だった。 ゆっくりとドアが開いて、みずきが入って来た。 恐ろしくゆっくりと首を巡らす。 「起きたのか」 「・・・おは、よ」 掠れた声が出た。 みずきは手にお盆を持っていて、何か乗せていた。 砕の声に苦笑して、みずきはそれをベッドの横の机に置く。 そのままベッドの端に座った。 「起きるか? 腹、減ってないか?」 「・・・・喉、渇いた」 起きられないわけではない。 だるくて、動くのが嫌なだけだ。 ゆっくりと身体を起こした。 その背中をみずきが支えて、砕は枕を背にベッドへ凭れるように座った。 「ほら」 みずきがお盆に載せていたペットボトルを開けて出してくれる。 受け取ろうと両手を出すと、思いのほか重くて砕は落としそうになる。 それを素早くみずきが受け止めた。 「あぶねぇなぁ・・・飲ませてやろうか?」 「え、・・・・・いい、」 驚いてみずきを見て、その表情に顔を赤らめて睨みつけた。 昨日の行動を思い出したのだ。 みずきに支えてもらいながら、ペットボトルに口を付ける。 水ではない。 レモンウォータだ。 一気に半分ほど飲んで、一息ついた。 だるかった身体も、半分回復したみたいだった。 「・・・みずき、今何時? みんなは?」 「十時。さっき、出て行った。お前は寝てるから放っておいてくれって言っておいた。まだ、追いつけるだろうが・・・」 今日は観光名所を巡る予定だ。 砕は少し俯いて、 「・・・どうしようかな、みんなと全然遊んでない気がする・・・」 「あいつらは気にしてないと思うがな・・・出るなら、今日は袖のあるもん、着ろよ」 「え?」 言われて、砕は自分の腕を、身体を見た。 その肩に、腕に、身体中にみずきのつけた痕が残っている。 「・・・・っ!」 「悪い、ちょっと・・・見境なくて、忘れてた」 己の所有物のように、徴を全身に付けた。 砕はシーツで自分の身体を隠し、真っ赤になった顔でみずきを睨む。 「・・・俺、なんにもつけてない、」 悔しそうに、呟く。 みずきはそれに驚いたものの、笑った。 「いいぜ、どこでも付けろよ」 余裕を見せて、両手を広げたみずきに砕はむっとしながらもだるい身体を動かした。 そのシャツを掴んで引き寄せ、首筋に思い切り、咬み付いた。 「いっ・・・!」 しっかりと歯形が付くのを見て、離れた。 「いって、えなぁ・・・! 咬み付くか、普通」 みずきは思っていなかった反撃に、首筋を触る。 「お昼から、みんなと合流する。それまでみずきは、ここに、ずっと居て」 砕は再びベッドに潜り込んだ。 「ここに?」 「寝ちゃだめだよ。俺を、見てるの、それだけ」 「・・・・見てるだけ?」 「見てるだけ」 砕は満足そうに微笑んで、みずきの手を取って目を閉じた。 みずきはその格好のまま動けず、 「・・・拷問だぜ」 呟いた。 午後から、砕は言ったとおり友人たちと軽井沢の観光を楽しんだ。 そして、翌日には上機嫌で帰ったのだ。 楽しい夏休みだった、と笑いながら言った。 その休み中に変わったことと言えば、みずきが砕を自分の家に連れて行ったことくらいである。 砕が驚く横で、みずきは平然と自分の両親に付き合っている相手だ、と告げた。 息子が息子なら親も親で、驚いたもののあっさりと受け入れた。 みずきには年の離れた姉が居るが、留学中のため紹介はまた今度、と一度も会えず、とりあえず夏休みが終わろうとしていた。 |
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