夢だとしても 7
心の準備はなかった。 「入って」 高い声が中から聞こえて、すぐに障子がみずきの前で開いた。 いきなり突きつけられた現実に、戸惑う間も与えられなかった。 中は広い畳の和室だった。 その端に板間があって骨董品のような西洋家具がある。 丸テーブルに、恐ろしく細かい飾りのついた椅子だ。 みずきを見るなり、その椅子に座っていた人物は立ち上がった。 「いらっしゃい」 みずきは驚いた。 感想を一言述べるなら、さすが砕の母親だ、に尽きる。 高校生の母親とは思えないほど若い。 顔立ちははっきりしていて、印象的な目。 強い瞳だ。 みずきはこれを知っていた。 砕と、同じ目だった。 長い髪をアップにして一つに纏め、そして仕立ての良さそうな落ち着いたスーツに身を包んでいた。 その女性は今まで見ていた書類を後ろに控えていた、スーツを隙なく着込んでいた男に渡して、畳に足を踏み入れた。 「どうぞ」 促されて、みずきも和室に入る。 家政婦が後ろで障子を閉めた。 背中に汗が伝う感触を覚えながら、スーツのまま座布団に座った女性のテーブル越しに向かいに座る。 彼女は控えていた男に、 「下がってていい」 呟くと、すぐに男は部屋から消えた。 足音も気配もしないことに、みずきは頭を下げて逃げ出しそうだった。 しかし、相手はにっこりとみずきに笑った。 「初めまして、椎名笙子です。先に言っとくけど、笙子さん、て呼んでね。おばさんとか呼んだら、コンクリに詰めちゃうわよ」 「―――――」 しゃれになりません、とみずきは心で呟いた。 それでも砕の母親である、家政婦の言葉通りなら四代目である、椎名笙子<しいなしょうこ>に頭を下げた。 「鐘河みずきです」 「本当、砕に聴いていた通り、かっこいいわぁ。あの子が惚れるのも無理ない」 みずきは返答に困った。 お礼を言えばいいのか、そんなことないと否定すればいいのか、だ。 かわりに疑問に思ったことを訊いた。 「あの・・・笙子さんは、知っているんですか」 「あの子が言ってる・・・前世の話?」 みずきは頷いた。 そのとき、隣りの襖が開いてさっきの家政婦がお盆にお茶とお茶請けを持って入って来た。 みずきはそれを前に置いてくれるときに頭を下げ、またいなくなると口を開いた。 「そうです」 「知ってるわ。昔から言ってたもの。絶対に見つけるって。私も半分無理だろうって諦めてたんだけどねぇ」 苦笑してみずきを見た。 「ところが本当に見つかったって言うじゃない。わが子ながらその根性に呆れたわ」 そう言いつつも、嬉しそうに笑った。 「今はまだ、思い出して貰えないけれど、そばにいられることに満足してるって、そりゃあもう、毎日煩くて・・・今日は何をしただの、何を話しただの」 みずきは冷や汗を流しながら、じっと座って聴いていた。 「私はね、あの子が可愛くて可愛くて堪らないわ。先代が――あの子の父親が死んだときも、あの子がいた。だから私は四代目を務めることができたのよ」 笙子の目がきらりと光った。 あのときの、砕の目と同じだった。 「あの子は私の後を継ぐわ。それは変えられないことよ」 みずきは頷いた。 「あの子が継いだあと、その後をどうするかはあの子が決めることよ。私は何も言えないわ。だけど、あの子と一生生きようとする人間だけは、ちゃんとこの目で確かめたい。みずきくん」 みずきはその目から逸らせなかった。 いや、逸らしたら負けだ、と思った。 「はい」 「貴方、その覚悟があって、ここに来たの? それとも、最後通知を伝えに来たの?」 さすがに、砕の母親だった。 直球のこの言葉は、みずきにずしりと刺さった。 ひざの上で握り緊めた手に白くなるほど力を込めた。 「それは、笙子さんに伝えてもらうことではありません」 声を出すと、以外にも言葉が出た。 「俺が・・・僕が、直接砕に言うことです」 暫く、笙子はみずきをじっと見ていた。 そこに居るだけで、迫力があった。 これだけ大きな家を構える一家である。 笙子はその頂点に居る人間なのだ。 その凄みは座っているだけでも伝わってきた。 しかしみずきは逃げられなかった。 いや、逃げたくなかった。 そのうち、その目がにっこりと笑った。 表情だけではない、心からの笑みだった。 「砕の部屋は二階よ。天の岩戸状態になってるけど」 立ち上がった笙子に連れられて、みずきも立ち上がる。 その後を急いで付いて行った。 階段を上がって、その廊下の一番奥の部屋の扉を叩く。 「砕、お客様よ」 返事もないうちに、笙子はドアを開けた。 一階とは変わって洋室が見えた。 フローリングの部屋はしかし、砕一人の部屋にしては恐ろしく広かった。 ざっと二十畳はあろうか。 みずきが入ると笙子はすぐにドアを閉めて、また一階に降りて行った。 部屋を見渡すと、落ち着いた家具が揃えてあった。 本棚には教科書やみずきには解らない本がずらりと並んでいる。 一番奥に、砕の身体にしてみれば大きすぎるくらいのベッドがあって、一人分、布団が盛り上がっていた。 入って来たことは判っているだろうに、砕は何も答えなかった。 反応すらない。 みずきは心を決めて、その砕に近寄った。 |
to be continued...