夢だとしても 8




「・・・寝てるのか」
声をかけると、くぐもった声が返ってくる。
「・・・ごめんなさい・・・明日、明日は、ちゃんと学校に行くから。いつもみたいに笑うから・・・今日は、今日だけは・・・」
その掠れた声で、泣いていたことが解る。
「どうして」
暫く沈黙した後、また布団の中から声が聞こえた。
「・・・夢を見たの。よく見る、昔の夢。みずきは笑うかもだけど、小さなころからよく見てた・・・」
笑いはしない。
無言で、続きを促した。
「みずきが・・・カイエンが、倒れた夢を見た。いくら呼んでも答えてくれなくて、独りだけ、残されたときのこと。涙が涸れるほど泣いた。夢の中でもあんなに泣いたのに、起きても涙が止まらなくて・・・」
また、泣いている声になっている。
「・・・悪かったよ、俺は・・・その涙を止めたかった」
呟いたみずきに、砕が息を飲むのが判った。
「どうしたら止まるのかって、ずっと見てた。勝手だけど、どうせなら笑顔を見て目を閉じたい、と思ってたよ」
「・・・・・」
「ほんとに、お前に泣かれると途方に暮れるよ。心臓鷲掴みにされる気分だぜ・・・だから、笑って欲しかった。永遠の別れじゃない。また逢えるって、そう言ったな、確かに俺」
みずきはベッドに腰を下ろして、その布団を引いた。
抵抗もなく、泣きはらした顔が現れる。
「・・・思い出してたよ、ちゃんと」
苦笑して、その涙を指で拭いた。
「全部を思い出したわけじゃないけど、毎日、お前の・・・ディアナの夢を見てた。それがお前だって、ちゃんと解ってた。悪かった・・・」
「・・・・っ」
拭っても、砕の目からは涙が溢れる。
「みずきが・・・女の子が好きなの、解ってる。仕方ないと思ってる。前と同じにいかないのだって、解ってる・・・! だけど、傍に居させて・・・もう、泣かないから、困らせないから・・・っそれだけで・・・っ」
みずきは盛大にため息を吐いた。
ちくしょう、と呟いた。
「・・・ったく、降参だよ、ほんとに・・・」
ぼやいて、苦笑したみずきはそのまま砕に覆い被さった。
砕は近づいてくるみずきの身体を、その顔を驚いて見ていた。
唇が重なっても、大きな目で間近な相手の閉じられた目を見ていた。
それに気付いて、みずきも目を開ける。
吐息のかかる距離で、笑う。
「・・・キスするときは、目くらい閉じろよ」
言って、また口を重ねる。
今度は、砕も反応した。
驚愕に目を開いて、みずきの肩を押し返す。
「・・・待って! な、何で・・・?!」
「なんでも何もお前・・・嫌なのかよ」
「嫌じゃない、けど・・・何で?! だって、俺、女じゃないよ・・・!」
「解ってるっつーの。俺は女が好きだ。どうしようもない。それでも・・・お前が可愛いよ。可愛くて抱きしめたくて仕方ない。つまらないもんにしがみ付いて、意地になってたけどな、仕方ない・・・落とされたよ」
砕は動揺した目で、間近で極上に微笑むみずきを見た。
「でも・・・!」
「なんだ、まだダメなのかよ・・・もう限界だぜ。お前、俺が何回我慢してたか知ってたか?教室でも、廊下でも、階段でも・・・抱きしめそうになるのを、必死で理性にしがみついてたぜ?」
だから黙って、キスさせろ、と囁いた。
砕がこれに逆らえるはずもない。
目を閉じた。
重なる唇の感触に、涙が溢れる。
角度が換わって、開いた砕の口に舌を滑らせる。
思ったとおり、甘かった。
その充実感にみずきは誰ともなく、感謝を送りたかった。
音を立てて唇を離して、また笑う。
「泣きすぎだぞ、お前・・・目が融ける」
涙の痕を舌で伝う。
「・・・だって・・・!」
砕の背中に手を回して、身体を起こした。
その腕に抱きしめて、もう一度キスをした。
今度は、砕はしっかりとみずきの服を握り返した。
もう離さないとばかりに力を込めるその仕草に、みずきは笑ってしまう。
顔を寄せたまま、囁いた。
「・・・明日はちゃんと、学校に来いよ。・・・ちゃんと、学ラン着てな」
「・・・セーラー、似合わないかな」
思わず吹き出してしまったみずきは、そんなことはない、と首を振った。
「似合ってるよ。だからだ」
「?」
「いつまでもあんな格好してたら、いつ誰が理性ぶち切ってくるか判んねぇだろ」
自覚しろよ、と呟く。
「お前、自分で自分の顔が可愛いの解ってんじゃねぇのか? ほかの野郎にまで愛想振りまかなくていいんだよ」
拗ねたような口調に、砕も思わず吹き出した。
「・・・うん」
「その顔、明日までに治るか?」
真っ赤になった目元に触れた。
「たぶん・・・」
みずきはうんざりしたようにため息を吐いて、
「また睨み付けられんのはごめんだ。結構、きついんだぜ、あの女どもの視線は」
「・・・大丈夫だよ、もう・・・笑えるもん」
その通り、クスクスと笑う砕を見て、みずきも苦笑する。
そして砕を離し腰を上げた。
「じゃぁ、俺は帰るから」
「・・・もう?」
縋り付くような目で、砕はみずきの裾を取った。
「勘弁してくれ・・・そんなとこからそんな目で見るな、俺の我慢にも限度がある」
砕も男なのだ。
みずきが何を言わんとしているかは理解した。
だから、首を傾げる。
「別に、いいのに・・・」
みずきはまた盛大にため息を吐いた。
よく、息が嗄れないなと思う。
「・・・お前にここでキスするのさえ、俺には処刑台に上がる覚悟が要ったんだぜ」
一介の高校生には、この家の現実を受け入れるのは一回では無理だ。
しかもこの家の跡取りの坊ちゃんを頂くのだ。
それなりの覚悟がいるし、またそれをこの周りに納得させなければならない。
それを思うとかなり見通しの悪い未来だったが、それも仕方ない、と思った。
もう、後には戻れないのだ。
自分から、足を踏み出した。
この可愛くも恐ろしい生き物を、自分の手の中に入れようと決めたのだから。
「・・・じゃぁ、口にじゃなくてもいいから・・・もう一回だけ、キスして?」
恐ろしくも逆らえないお願いに、みずきは笑った。
どこまで俺を試そうというのか、この可愛い男は、と憎々しくも思ったが、逆らえない。
行動で、答えてやった。


fin

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