夢だとしても 6




その日の朝、校門付近でざわめきが広がった。
門の前ではないが、その近くで赤い車が止まった。
それから降りてきたのは周りにいる高校生と同じ格好をした生徒だった。
みずきである。
今までに、こうゆうことが無かったわけではないのだ。
いつも綺麗な女で、みずきに憧れる生徒たちは悔しい思いをしながらその光景を見ていた。
だが、今は違う。
全校に知れ渡っている噂は、その女とではない。
あの噂は嘘で、これが真実なのか、その話題が校内を一瞬で駆け巡った。
丁度登校してきた砕はその場面をしっかり目撃した。
みずきは窓越しにその女と別れを告げて、手を振ってその車を見送った。
それから何でもないように校門を潜ろうとして、砕を見つけた。
いつもと同じで、友人に会ったように声をかけた。
「おはよう」
みずきに声を掛けられているのに、砕は答えられなかった。
強張った顔でみずきを凝視していた。
みずきは苦笑して、
「・・・俺を軽蔑するか?」
それでは前と逆である。
自分を怖いか、と言った砕と、同じように訊いた。
砕は首を振った。
「・・・おはよう、みずき」
声は硬かったが、それでも答えた。
みずきを真正面から非難したのはクラスメイトたちだ。
とくに、女子生徒の怒りは凄まじかった。
何も言わずに、ただ睨みつけられた。
針の筵状態だ。
自然に振舞おうとする砕を見て、戸惑った男友達も声高にではないが、いいのか? と訊いた。
「俺が女を抱かないなんて有り得ねぇだろうが」
確かに、今までのみずきなら納得できる。
みずきは人知れず、呟いた。
「マジで・・・有り得ねぇよな」
それはため息と一緒に、消された。






その夢の中で、みずきは全身に衝動が走った。
泣いている。
自分を見下ろして、泣いている。
そんなに泣くと目が融けそうだ。
何とかしてその涙を止めたかった。
自分は平気だから何もそんなに泣くことはない。
自分のために泣くよりも、自分のために笑っていて欲しかった。
まるで自分が死んでいるような、悲しみ方だったのだ。
―――――また、逢えるじゃないか。
みずきはそう思った。
永遠の別れじゃない。
また、逢える。
だから泣くな。
次こそ、必ず幸せにする。
意識の消えるその日まで、一緒にいるから、頼むから泣くな。






気がつくと、天井を見ていた。
自分の部屋である。
カーテンの隙間から漏れる光は、確かに朝を告げている。
階下で母親が朝食が出来た、と呼んでいる。
呆然としながら、身体をゆっくりと起こした。
「・・・・マジかよ」
自己嫌悪に襲われて、頭を抱えた。
夢の中の自分はなんて正直なんだ、と実感した。
現実に葛藤している自分が莫迦に思えて、大きくため息を吐いて起きた。
学校に行こう、と思った。






いつもの通り教室に入ると、また冷たい視線が向けられた。
友人たちは苦笑して声をかけてくれるけれど、やはりぎごちない。
――俺が悪いのかよ・・・悪いんだけどさ
珍しく、眉間に皺を寄せて椅子にどっかりと身体を落とした。
そこに、今教室に入って来た室長である成瀬が近づく。
「おはよう、みずきくん」
「・・・・はよ・・・何?」
困った顔で自分を見ているクラスメイトに、ぶっきら棒に口を開いた。
みずきにはみずきの事情がある。
周りの面白いように話を進めるわけにはいかないのだ。
ずっと悪者にされて、少々不貞腐れていた。
「砕くん、今日お休みなんだって」
教室中の視線が、みずきに向いた。
みずきは盛大に息を吐いて、頭をガシガシと掻いた。
「・・・・俺のせいかよ」
そうは言ってない、と首を振るが、そう言っているようなものだ。
成瀬は躊躇いがちに口を開いた。
「私たちが勝手に騒いでいるだけだし、結局はみずきくんと砕くんのことだもの・・・何も言えないわ。でも・・・砕くんが真剣なのは、知ってるから。せめて、誠意を持って答えてあげてほしい」
そこまで言って、成瀬はごめんなさい、と謝った。
「それもみずきくんのことだけど・・・でしゃばって、ごめんなさい」
「いいや・・・・正論だよ」
みずきは抑えていた頭を上げた。
「放課後にでも、行ってみるよ・・・悪かったな、当たって」
真剣なみずきに、成瀬は苦笑した。
こういうところが、格好いいのだ。
自分のものにならなくても、惹かれてしまうところだ。
成瀬はポケットからメモを取り出した。
「砕くんの、住所」
「・・・・・・」
みずきは自分のクラスの室長をまじまじと見て、堪らなく吹き出した。
「まったく・・・かなわねぇな」
その一部始終を見て回りも安心した。
みずきはそのメモを受け取って、放課後、まっすぐに砕の家に向かった。






みずきはその門を見上げて、それから俯いて深々とため息を吐いた。
左右を見ると、端が解らないほど壁が続く。
大きな門の下に立つと、中の家など見えない。
思わず出そうになる呪いの言葉を口の中に飲み込んで、チャイムを押した。
学校から一時間ほどかかった。
徒歩で20分もかからないみずきとは段差の通学距離だ。
そうまでして通いたいのか、とため息がまた零れる。
学生服をどことなく直して、インターホンから返って来た声に答える。
「はい、どちら様?」
「・・・砕くんの、クラスメイトです」
以外にも、年のいった女の人の声に驚きながらも緊張した声で言った。
「少々お待ちください」
そう言われて、一度切られた。
果たして、ここまで来て会ってくれるかどうか、判らない。
嫌われるようなことをした。
当然だった。
しかし暫くして声がまた返って来た。
「どうぞ、お入りください」
重たい両開きの門が音を立てて開いた。
自動になっているらしい。
機械の音だ。
みずきは門から続く石畳の向こうを見て、深呼吸をして足を踏み出した。
素晴しく広い庭に囲まれて、玄関がある。
しかし、果たしてこれを普通の家の玄関と比べていいものかみずきは悩んだ。
その前に立つと、すっと引き戸になっている戸が開いた。
自動ではない。
中から、開けてくれたのだ。
どうみても強面のお兄さんが、「いらっしゃいませ」と頭を下げる。
勘弁してくれと叫び逃げ出したかった。
それでも自分も頭を下げる。
そこに玄関から背の低い、しかしふっくらとした女性が出てきて笑った。
「ようこそ、いらっしゃいまし。どうぞ、お上がりください」
言って、スリッパを揃えてくれる。
先ほどのインターホンで受け付けてくれた人らしい。
広い玄関を抜けて、廊下に出る。
「びっくりなさったでしょう。いきなりあんなお兄さんに出迎えられたら」
優しそうな笑みに釣られて、みずきは思わず頷いた。
「はぁ・・・」
「悪い子たちじゃないんだけどねぇ」
あのどう見ても強面の方々を「子」と括ってしまえるこの女性こそ、実は何者だろうと思った。
すると自分から答える。
「私はここの家政婦でね、もう長いもんだから慣れちゃって・・・」
何度目かの角を曲がると、ひどく明るい廊下に出た。
全面庭に面しているらしい。
窓も足元から天井まで大きく広がっている。
「まず、奥様がお会いになるそうです」
「・・・と、ゆうと砕くんの・・・」
「そう、お母様。そして、四代目です」
一瞬、自分の耳を疑った。
聞き返そうとしたときにはすでにその家政婦さんは足を止めて、庭とは反対側の障子の前に座って中に声をかけた。
「奥様、お連れしましたよ」
待ってくれ、とみずきは叫びたかった。


to be continued...



BACK  ・  INDEX  ・  NEXT