夢だとしても 5
帰ろうとしたみずきに、砕はいつもなら一緒に出るはずなのだが辺りをキョロキョロとして落ち着かないでいた。 「どうした?」 机の下も覗いていたので探し物かと思ったが、その通りであった。 「うん・・・ペンなんだけど、スカートのポケットに挿しっぱなしにしてたから・・・」 「大事なものか?」 「父さんに貰ったものだから・・・」 珍しく真剣に困った顔をしているので、いつも一緒につるんでいるほかの友人たちも帰るのを止めた。 「あ、ううん、先に帰ってて。なんとなく見当はついてるから・・・」 砕は手を振って教室を出た。 残されたほうは目を合わせて、それからみずきを見た。 ため息を吐いたみずきは鞄を机に戻した。 「判ったよ、先帰ってろ」 言って、砕の後を追う。 その後姿を見て、苦笑を禁じえない。 結局、流されてきている優しい友人に対して、である。 みずきにも見当はついていた。 昼間に、もみ合った昇降口だ。 果たして、砕はそこに居た。 大事そうに落としたペンを持って、笑っている。 それを可愛いと思ってしまうみずきは自分に苦笑しながら、声をかける。 「あったのか?」 「うん・・・先に帰ってくれてて良かったのに」 「愁たちに言われたんだよ」 だから、仕方なくだ、と言わんばかりの態度だった。 しかし砕は笑った。嬉しそうに。 「みずきは優しいから」 これだけ言っているにも関わらず、その気はないと言い切っているにも拘らず、砕はみずきを優しいと言う。 見透かされている気がして、みずきは落ち着かなかった。 しかし探し物も見つかったし、帰るか、と促したときだった。 みずきたたちが入ろうとした昇降口とは反対側から声がかかる。 「・・・誰かと思ったら、最近評判の美少女じゃねぇか」 みずきはすぐに警戒した。 嫌悪を露にして表情を無くす。 無意識に砕を自分の後ろに隠した。 これは自分の嫌いな人間だ。 話をすることも、同じ空気を吸うことも嫌な人間だった。 上級生でも性質の悪い男たちで、五人ほどの集団になって目の前を塞ぐ。 「こんなとこで何やってんだか・・・つーか、ナニやってたんだか」 嘲りと、嘲笑が響く。 「それが男か? まじかよ、脱いで見せろよ、そのセーラー」 「確かに、こんな美人ならホモにも走るってぇの」 みずきは確かに好き嫌いをはっきりしている。 こんな連中とは口も利きたくないようだ。 「女に飽きたか? 鐘河、あれだけ騒がれてりゃ、喰い切れねぇだろ」 砕はじっと相手を見ているだけだったが、すっとみずきを避けて前に出た。 「砕」 「言ったよね、俺、女には手を上げたりしないって。でも、俺もそんなに我慢強いほうじゃないんだよ」 みずきは口を閉じた。 驚いて、砕を見る。 その目が、砕を外見から裏切っている。 相手はそんな砕を外見でしか捉えていないらしい。 やる気になった砕を、笑っている。 「おいおい、やる気かよ。そんな細腕でなにしようってんだよ」 と、砕の腕を持った瞬間、相手の世界が回った。 気付いたときには背中を強かに地面に打ち付けていた。 何が起こったのかは一瞬では解らなかった。 しかし、仲間が地面に倒れてうめき声を上げていて、平然と砕が立っているのは事実である。 「・・・っこの!」 次々に自分たちより小柄な少女のような少年を取り押さえにかかったが、数分も経たないうちに、その場で立っているのは砕とそれを呆然と見ていたみずきだった。 「・・・俺の実家、知らないの? 訓練くらい受けてるよ。自分の身は自分で護れるくらいにはね」 それは謙遜だった。 今のが自分の身を護っただけだというのだらろうか。 驚いたみずきはごくり、と唾を飲んで、外見は可愛いだけの生き物を凝視した。 本当に、この少年は可愛いだけではないらしい。 砕はその視線を受けて、 「・・・みずき、俺が怖い?」 さっきの凄みはどこへ行った、というほどの可愛らしい顔で、困ったようにみずきを見る。 「驚いたな・・・今の、なんだ?」 みずきはその一言で済ませて、反対に訊いた。 「合気道だけど、最近はマーシャルアーツも習ってるから・・・俺は身体が軽いし力も無いから・・・」 それが合っているのだ、と小さく答える。 「へぇ、いいな。俺も習いたい」 真剣な声だったので、砕が首を傾げた。 「・・・・ほんとに?」 「マジで、かっこいいな、お前」 砕はその目を見上げて、その言葉に嘘が無いのが解ると俯いて頭を掻いた。 嬉しさと、照れたのを隠したのだ。 「そんなこと言われたの、初めてだよ」 「そうか? マーシャルアーツ使える高校生なんてそういねぇだろ」 この細腕で、自分より遥かに大きな相手を叩きのめすのだ。 怖がられるのが普通だし、実家が極道だから恐れられるのも慣れていた。 みずきはその俯いた顔が笑うのを見た。 これだけの男を倒しておいて、息一つ乱れていない。 そしてその後のこの顔はなんだ、とみずきは天を仰いだ。 勘弁してくれ、と再び心の中で呟いた。 「ペンは持ったのか?」 「うん」 そもそもそれを探しに来ていたのだ。 無くしていては話にならない。 「じゃ、帰るぞ」 地面に倒れている連中が目を覚まさないうちに、とみずきは昇降口から校舎に入った。 砕は嬉しそうな顔で俯いたままで、みずきの制服の端を掴んだ。 みずきも、離そうとはしなかった。 そのままにしておいた。 翌日、ガラの悪い上級生たちが怪我をしていると少し話題に上がったが、すぐに消えた。 それから数日、クラスメイトたちは安心した顔をしていた。 砕が笑っているし、みずきはしかめっ面もせずに相手をしているのだ。 最初は調子に乗って盛り上げた女子生徒たちも、様子を見てなるように任せていたがほっと方をなで下ろした。 あれだけ勝手に盛り上げたのだ。 みずきに断る隙を与えなかったのも、事実である。 少々の罪悪感もあったのだがどうやら落ち着いたようだ、といつもの仲の良いクラスを取り戻した。 仲の良いクラスである。 砕は嫌われるのも承知で端からこんな格好をしていたのだが、思いもよらぬ助成に本気で嬉しいと思っていたし、大事にしたいと思っていた。 砕は自分の環境が特殊であると幼いときから身に沁みて知っていたのだ。 だがここでは普通の仲間として受け入れて貰っている。 楽しくないはずがなかった。 それにここにはみずきがいるのである。 探して探して、やっと見つけた人だった。 みずきが思い出さなくてもこのままでいられるなら、良いとまで思っていた。 しかし、誰もみずきの中の葛藤を知らない。 自然に話しておきながら、手を出そうとする自分に、どうやら真剣にやばいぞ、と自覚し始めた。 みずきの守備範囲は狭くはない。 しかし、少なくとも年下は論外だったし、同じ高校生も嫌だった。 真剣に一人を好きになったことなどない。 だから、後腐れのない割り切った女性、となると年上の自立した女に限った。 面倒は避けたかったし、修羅場なんてもってのほかだ。 なのに、どうだろう。 確実に、引かれている。 このままでは、離れられなくなる。 砕は思い出したかと訊いてきたりしない。 しかし確実に思い出した。あの夢の女性は、前に自分が死ぬほど愛した女だ。 そして、その魂が目の前にいる。 自覚したものの、その一歩が踏み出せないでいた。 もう二度と、戻って来られないことは解っていたからだ。 そういえば、暫く遊んでいないことに気付いた。 目の前の生き物に夢中になっていたと実感される。 苦笑するしかなかった。 |
to be continued...