夢だとしても 4




翌日になって、昨日の出来事は夢じゃなかったのか、と思いたいほどに重い身体を教室に向けると、昨日と同じ格好をした砕がいた。
がっくりと肩を落とす。
「おはよう、みずき」
「・・・なんだお前、その格好は・・・!」
「・・・変かな」
変だ! と叫びたかった。
男としておかしいほどに可愛い。
しかし似合っているのも事実だった。
「ちゃんと男の格好して来いって言っただろう」
砕は可愛らしく首を傾げて、
「でもね、みずきは男は好きじゃないってゆうし、俺もなんで男に生まれちゃったのかは知らないけど、でも女の子みたいな顔してるし、思い出して貰うために、できるだけ可愛い格好してようかなって思って・・・」
正論であって、正論でない。
つまり、何を言っても無駄なのだ、とみずきは思った。
この外見は可愛い生き物は、どうしても自分を恋人だと言ってきかないし、みずきが思い出せると信じて疑わないのだ。
みずきはため息を吐きすぎて息が嗄れそうだと思った。
常に砕はみずきの傍にいた。今まで居られなかった分を取り戻すかのように。
しかし女子と楽しそうに話していれば、男の会話にも普通に入って普通に話す。
少し異質で、警戒してみずきの傍にはあまり近づかなかった友人たちも次第に元に戻った。
だが戸惑ったのは女の話をしているときで、どう扱っていいものか迷っているとその砕自信が苦笑した。
「あのね、俺一応男なんだけどな・・・可愛い子を見ればそう思うし、経験がないわけじゃないよ。そう警戒しないで欲しいな」
その台詞に驚いたのはみずきだけではない。
一人が恐る恐る訊いた。
「・・・マジで?」
「本当だよ。別にしなくっても生きていけるし、俺にはみずきが――そのときはまだ逢えてなかったけど――居るって解ってたからいいよって言ったんだけど、親が試してみて損はないって言うから・・・」
どんな親だ、と呟きかけて、全員思い出した。
砕がなんであるかを、だ。
四代目の後を継ぐ、という身であればその後継者も必要だろう。
望まれて当然なのだがこの砕は前世で誓い合った人がいるから他の人とは無理、と言い切ったらしい。
なんともいえない顔をしていた友人たちを見て、みずきもため息を吐いた。
「・・・向こうもびっくりだろうよ、自分より可愛い人間が自分を抱こうってんだから」
「そうかなぁ綺麗なお姉さんだったよ」
それでも、砕より綺麗だ、と目の前で言い切れる人間は多くない。
「想像できねぇ・・・」
「まったく、」
首を振って砕を見るが、そのセーラーの下の身体を想像して、やはりため息を吐くのだ。
女の身体を思ってもこれは男だという真実がある。
しかし、悲しいもので目の前には可愛い女の子が座っているのだ。
「どうして? じゃぁみて見る? 胸なんかないよ」
と、またリボンを解こうとした砕を全員で止めた。
その最後のラインだけは超えたくない。
本能で拒否していた。
砕は不思議そうに瞬きを繰り返す。
「変なの・・・」
砕にだけは言われたくない台詞である。
「みずきも往生際が悪いんだよ。一緒にトイレに入ったら個室に入って来いって言うしさぁ」
その気持ちは良く解る。
ので、ノーコメントだった。
みずきは最大限に顔を顰めて、
「勘弁しろよ・・・お前と並んで連れションなんて、想像もっつーか、考えたくもねえっつうの・・・」
同感である。
その砕が、ふと見えなくなった。
昼休みに入ってすぐである。
常にみずきの隣りを陣取っていたその存在がないと不思議に思ったが、それでもさっさとパンを口に詰め込んだ。
すぐ前の友人はいいのか、と訊いてくる。
「何がだよ」
「待っててやらなくてさ」
「待つ理由がない」
「お前のお零れに当たるのも結構楽しみだったのにな・・・」
みずきはため息を吐いた。
砕のお弁当は豪華である。
賄いが坊ちゃんのためにと毎日作ってくれるお重は料亭の弁当も引けを取らなかった。
一人では食べきれないから、と砕はいつもみずきに差し出していた。
確かに、旨かった。
みずきの両親は共働きで仕事好き人間なので、子供たちにはいち早く独り立ちするように教えて育てた。
みずきも弁当でなければ嫌だという子供ではなかったし、親の意見も尊重する理想の子供のようだったので(これも姉の教育が大きい)昼食はいつも学食か買って済ませていた。
確かに、それに慣れていたと言えば寂しくもあるが、砕も一人の人間であるしいつも見ていなければいけない子供でもない。どこへ行こうがみずきは気にしなかった。
寧ろ羽を伸ばすようにゆっくりとしていた。
三つあったパンを全て胃に収めて、パックのジュースを飲み干したとき、立ち上がった。
「探しに行くのか」
友人には冷たい視線を投げて、トイレと言った。
「こんなときじゃないと落ち着いて行けない」
確かに、と頷かれてそのまま教室を出た。
しかしみずきはトイレには向かわなかった。
教室を出て、階段を下りた。
何故か、こちらが気になったのだ。
どこでもない、あれだけ傍に居られると、不意に居なくなられると何か落ち着かなくなるものである。
それを友人たちには知られたくなくて、平然としていたが気になるほうへ足を向けた。
居場所を知っていたわけでもない。
しかし、こっちだ、と解ったのだ。
人気のない裏門へと続く昇降口が開けっ放され、そこから声が聞こえた。
「・・・・にならないでよ」
最初は聴こえなかったが、毒を孕んだ声だ。
みずきは向こうから見えない位置で足を止めた。
「あんたなんか、珍しいからみんな相手にしているだけなんだから」
「そうよ、みずきくんは優しいから傍にいても何も言わないけど」
「いきなり出てきて、なにが前世よ。ふざけたこと言ってみんなを丸め込んで」
「本当は男の癖に、そんな格好して恥ずかしくないの?!」
「ホモなんて、気持ち悪いだけよ」
何人かがいるらしいが、言われている相手は何も言って返さない。
それで増長したのかますます言葉が続く。
「ヘンタイのくせに、目障りなのよ!」
「男が好きなら、男子校にそのまま居れば良かったのに」
「あんたなんか男でも女でもないわ、気持ち悪い!」
「男だって言うなら、そんなの脱ぎなさいよ」
「見てるだけで気分が悪いのよ!」
どうやら相手の制服に手をかけたようである。
みずきは再び足を動かした。
その開けっ放しのドアに身体を持たれかけて、呟いた。
「俺はホモじゃねぇぜ」
「・・・・・!」
「やだ・・・!」
一斉にみずきに向いた。
出てすぐの壁に丸くなっていた数人の女生徒ばかりは驚いて声を無くした。
「ついでに、俺は自分のことは自分で出来るし誰かに助けてもらうほど弱くもない。顔も見たくないやつらと一緒にいるほど忍耐があるわけでもないし、寧ろ黙って見ているだけなんかできねぇ」
青くなった女生徒たちは一斉に走り出した。その視線に耐えられなくて逃げ出したのだ。
その人垣が無くなると、壁に凭れかかった砕がいた。リボンが解けている。
「・・・ちゃんと結んでろ」
忌々しげに呟くと、それでもその通りにした砕は、
「良かったの、あんなこと言って・・・」
こちらを心配そうに言った。
「あのなぁ・・・お前こそ、言い返せよ。いつもの図太さはどこに行った?言われっぱなしでいいのか?」
砕は思わず苦笑した。
「まさか俺でも女の子に手を上げたり出来ないよ。言われるだけなんだから、それなら気が済むまで言わせとこうかな、と」
「それで良いのかよ。傷ついたり怒ったり、お前のプライドはどこだ?」
「俺の心に響くのは、みずきの声だけだよ。おんなじこと、みずきに言われたらすっごく悲しいけどさ、全然知らない子たちだもん」
だから平気だ、というのだ。この生き物は。
みずきは呆れて踵を返した。
それの後をすぐに追って、砕は戸惑いながらも口を開いた。
「あの・・・それより、さっきの、台詞だけど」
「何、」
「見たくもない人間と、一緒に居ないって・・・」
みずきは呟くような声の相手を見下ろした。
実際、見下ろすような身長差だ。
みずきが平均よりすでに高いだけなのだが、砕の頭はみずきの肩に届く程度しかない。
「当然だろ、俺はそんなに我慢強い大人じゃねぇよ」
「俺は、じゃぁ・・・自惚れていい?」
「・・・・・・」
相手の言いたいことが解ったみずきは声を出せなかった。
肯定しか出来なかったからだ。
「傍に、居てもいいのかな・・・」
俯き加減で、嬉しそうにはにかんだ。
ゼッタイに、犯罪だ、とみずきは心の中で呟いた。
こんな生き物は一人でここにいることがおかしい。
必死に自分の身体を抑えた。
抱きしめそうになるのを、必死で堪えた。
実際、みずきは酷く苦しんでいた。
いっそのこと本当に突き放して顔も見たくないと言えれば、すっきりするだろうに。
この可愛い生き物は泣きながら、それでもみずきから離れるだろう。
それは、したくなかった。
出来ない。
夢を見なくなったわけではない。
自分に全身の安心を向けて笑うあの女性がその同じ魂を持って、現実にここにいる。
その笑顔を向けられると、夢と完全に重なる。
間違いない、自分が愛した魂は、目の前にいるこの少年なのだ。
しかしその一線は越えられない。
必死で理性にしがみ付く。
日常で、砕と目が合う確立が高くなって来ている。
みずきからも、追っているのだ。
心の底から、ため息を吐いた。
砕はどうやら真剣らしい、と感じた。
自覚せずにいられなかった。
みずきの不利になるようなことは言わない。
迷惑をかけるようなことは絶対しない。
それでいて、自分の思いはきっぱりと主張する。
このときも、自分から「トイレに行ってから帰る」と言って一緒には教室に入らなかった。
入れば、友人たちにみずきがやっぱり探していたのだ、と思われてしまうからだ。
みずきはそれを知られたくないことを、知られていることにため息を吐いた。
しかし、女には手を上げない、と言っていたがでは男なら? と思った疑問はすぐに答えが出た。
その日の、放課後のことである。


to be continued...



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