夢だとしても 3
「・・・・ぜんせ?」 「そう、次に生まれ変わっても、必ず見つける。一緒になろうって、そう言ってくれたのに」 悲しみに包まれた声で砕が言っても、みずきは頭が静まるのを理解した。 「だけど待ってても来てくれないし、だから自分で探そうと思って、いろんなところに行ったよ」 「・・・・悪いが俺は宗教には入っていない」 「俺も入ってないよ」 「じゃぁ夢でも見てんのか?」 「起きてるよ!」 「そんなこと言われて、信じられるわけねぇだろうが!」 砕の身体は凍ったように動かなかった。 驚いて、しかしその表情は誰もの涙を誘った。 唇を噛み締めて、必死で涙を堪えていた。 男の手とは思えない小さな手が握りこぶしを作って震えている。 必死で堪えているのに、目を閉じると涙が溢れ来る。 それでも声は上げなかった。 嗚咽を必死で堪えていた。 その唇が色を変えるほどだ。 勘弁しろよ、とみずきは心の中で叫んだ。 思わず、抱きしめそうになる自分にだ。 そしてこのクラスには黙ってみているだけという優しい生徒だけではなかった。 この砕に共感してしまった女子生徒がいた。 「ちょっと、みずきくん、酷いんじゃないの?」 「そうよ、いくらなんでも言いすぎだわ」 「見損なったわ」 団結すれば怖いものなど無い彼女らに一気に言われて、みずきは真剣に言い返した。 「・・・・ちょっと待て、俺が、悪いのか?」 その非難するような視線は、口よりも雄弁だった。 「コイツの言うことが、信じられることか?!」 「どうして信じてあげないの?」 「可哀想に、こんなに泣いているのに」 「どうして信じられるよ?!」 みずきは全員で騙しているのかと思った。 遅刻してきた自分を揶揄って遊んでいるのかと思った。 しかし演技には見えないものがる。 目の前の、この異質な人間だ。 本気で泣いているのだ。 女の嘘泣きや演技にはこれでも見る目があるみずきである。 これは嘘や自分を騙そうとして泣いているのではない。 本気で、悲しくて泣いているのだ。 「待って、そんなにカイエンを責めないで。確かに、前世なんて覚えてる俺が特殊なんだから」 涙ながらに言った砕に、これまたみずき以外の全員が共感してしまった。 なんていじらしい、なんて可愛いのだろう、と。 みずきはそれが解ったから、止めてくれと叫びたかった。 「いいんだ、俺・・・待つから。ずっと待ってたんだもん、もう少しくらい平気だよ。それに、目の前にカイエンがいるんだから、これだけで充分幸せなんだ」 涙ながらに笑うその姿は誰が見ても護ってあげたくなるような美少女だった。 勘弁してくれ――みずきがそう思ったのはクラスメイト達の決心が手に取るように解ったからだ。 なんて健気なの、応援するわ、とその目が語っている。 そして頼みの綱の男子たちは遠巻きに見ている。 遠くで幸せになれよ、とその目が笑っている。 みずきは心を固めた。 これ以上、何を言っても無駄らしい。 「俺が何を思い出すっていうんだ・・・それに第一、その何とかって名前じゃないぞ俺は」 「なんて呼んだらいい?」 自己紹介などしていないのだ、砕はフルネームすら知らない。 周りの人間が余計なことに教えてやっている。 砕は恥ずかしそうに、 「じゃあ、みずきって、呼ぶ」 みずきは頭を抱えた。 その普通の女以上の可愛らしさはなんだ、と叫びたかった。 「俺のことは砕でいいよ」 周りも――これは女子が――私も呼びたい、自分の名前は、と言い合っている。 砕はそれににこやかに答えていて、みずきはまたため息を吐いた。 「砕」 みずきがその通りに呼んでやると一段と嬉しそうに笑って振り向いた。 自分しか味方のいない理性にしっかりしろ、と気合を入れて、 「お前、本当に男なのか?」 「うん、星陵にいたって言ったよね?」 そうは見えないから訊いているのだ、と心の中で呟いて、 「じゃぁなんでそんな格好してるんだ」 「・・・似合わないかな」 いいや似合う。 恐ろしいほどに似合っている。 女子生徒たちは口々にそれを言った。 しかしみずきは自分のために、それに反抗した。 「・・・そうゆう問題じゃなく、男なら学ランを着ろよ、普通に」 最後の台詞に力を込めた。 これがセーラー服を着ているからまずいのだ、と思った。 それでも自分と同じ格好をしていれば、これほどに心を乱されることはないのではないか、と思ったのだ。 砕は自分の格好を見つめて、 「・・・じゃぁ脱ぐ」 そう言って本当にセーラーの前のリボンを解いた。 これに驚いたのはみずきだけではない。 が、叫んで止めれたのはみずきのみだ。 「よせ! 脱ぐな!」 まずいと思ったのだ。 この顔で、この身体で、目の前でセーラー服を脱ぐという。 それだけは見てはならない気がした。 「でも・・・」 「いいから! 着てろ、頼むから!」 その真剣な懇願に、周りのほうが同情した。 砕はそうすることが当たり前のようにみずきの隣に席を決めて座った。 みずきは生まれてきて初めて、途方に暮れていた。 その一風変わった転校生はその日のうちに全校に知れ渡った。 HR中にあれだけ騒いでいたのだ。 何事かと周りのクラスが見に来ないはずはないし、クラスメイトたちも黙っている義理はない。 面白おかしく教えてやった。 同情しながらも、所詮他人事だったからだ。 砕の顔を見るなり、事情を知っても羨ましいと思う人間が少なくなかったのも言うまでもない。 そして、その相手がみずきである。 下級生にも同級生にも上級生からも憧れを一身に受けていた生徒だ。 その姉仕込みのフェミニストは徹底していて、誰にも平等に優しかった。 そしてその優しさがさり気ないのだ。 当たり前の行動としてされるそれには、下心が見えない。 そして弱いもを優先し、しかし関白感は感じられない。 男のするところ、女のするところと決め付けている訳でもない。 女の癖にと蔑視もしない。 相手のほうが正論だったり納得できることであればすぐ受け入れた。 また、なんでも相手の言うとおりなわけではない。 ちゃんとした自我を持ち、強い意志があった。 完璧な、理想の男だったのだ。 それだけもてれば同姓からは嫌われそうだが、また同姓からは憧れを持たれていた。 子供くささがないのは友人たちも尊敬できたし、そして何よりみずきの手広い女関係は年上の女に限定されていた。 同級生、同学校の生徒とは付き合わない、ということだ。 みずきと「付き合って」いる女性は全員大人の女性だった。 どこで知り合うのか自立した女しか手を出さない。 しかも良い女ばかりときては、妬みより憧れが大きくなる。 大人で落ち着いているのかと思えばそうでもなく、高校生らしく悪戯もするし、ふざけもする。 まさに絶大な人気ぶりである。 そのみずきが、である。 転校生一人にここまで取り乱されているのだ。 注目されないはずもなかった。 砕は目立った。 その素性からひっそりととは無理な話だが、けして万人に好かれるものなどいない。 その顔がいかに美しかろうと、身体は生物学的には男である。 よって、その格好は似合っていようと女装であった。 クラスの者たちは暫く見ていると神経が麻痺してきたのかそれが自然に、当たり前になってきている。 実際、この顔で学ランを着られるより納得がいくのだ。 しかし初めて見る教師などは顔を顰めることを隠しもしないものもいた。 集中攻撃にあっても、砕は強かった。 元、星陵生という事実を素晴らしいまでに披露した。 頭も良くて、可愛くてこんな人間に惚れられてラッキーだな、とみずきに言おうものなら凄まじい睨みが返ってきた。 そして代わってやろう、と低い声で呟かれる。 慌てて逃げ出すしかない。 そして砕はやはり男なのだ。 たまに見せる表情が、その目が外見を裏切っている。 大人しく可愛らしく笑っていれば、目の錯覚でふらりとみずきも行くかも知れないが、その根性も図太く、決して可愛くしているから好きになって、という弱いだけの女ではなかった。 |
to be continued...