夢だとしても 2
その事実にみずきは声を上げることなど出来ないほど打ちのめされていた。 こともあろうに、自分が唇を重ね抱き合った相手が、男だというのだ。 信じられなかった。 みずきは同性愛者を蔑視するわけではないが、同姓に興味は全くなかったし、自他共に認める女好きだった。 幼少から姉に仕込まれたフェミニストぶりは年を重ねるごとに威力を発揮し、かっこいい部類に入る顔のおかげで校内でも知らぬものなどいない人気だった。 その、自分がよりによって男とキスをしたのである。 ちらりと相手を見て、みずきは眉を顰めた。 これのどこが、男だと言うのだ。 ざわつく教室を担任教師がどう宥めたものかと思いあぐねいていると、女子生徒がさっと手を上げた。 このクラスの室長でもある彼女はみんなのまとめ役で代弁者だった。 担任も安心して彼女に任せることができるほどの信頼があった。 だからこのときもほっとして呼んだ。 「成瀬」 立ち上がった生徒、成瀬洋子<なるせようこ> をクラス中で見た。 「でも先生、その・・・椎名くんが着ている制服は、私と変わりませんけど?」 濃いブルーのセーラー襟の制服は合わせが変わっていて、右脇で着物のように重ねた身頃をリボンで結ぶようになっている。その下には膝上の濃紺のプリーツスカートだ。 担任がため息を吐いてちらり、と砕を見ると代わって答えた。 にっこりと信じられないような可愛い笑顔で言った。 「可愛いでしょう?」 かわいい。確かに可愛かった。百人に聞いても全員が可愛いと同意するだろう。 しかし全員が感じているこの納得の付きにくい事実に、誰も何も言えなかった。 成瀬は他の生徒よりは現実を見るのが早かった。 これはこういう生き物だ、と自分に言って聞かせたのだ。 「女の子の格好をするのが好きなの?」 「別にスカートだけを穿いてるわけじゃないけど・・・可愛い格好をするのは好き」 「どうしてこの学校に? 星陵に入れた子がわざわざ・・・」 「なんとなく。こっちに来たほうが良いと思って」 成瀬は生徒全員から尊敬の眼差しを受けていた。 自分達が訊きたかった疑問を全て声に出してくれているのだ。 「なにかされたわけじゃなく? えっと・・・ごめんなさい、椎名くん、とっても可愛いから、周りは男子だけだったんでしょう?」 通常でも目を引く美人だが、男子校という相乗効果もあればなお更目だっただろう。 そして、忘れたくとも忘れられない先ほどの一件がある。 しかし、砕は心得たように笑った。 「俺に手を出す人間なんていないよ」 そんな命知らずな人間は、と続けたがまさにそんな人間が今このクラスに一人いるわけだが成瀬はそこは抑えて、首を傾げた。 男子校において、これだけの美少女がいるのだ。 悪戯や虐めの対象にならないはずもない。 その疑問をさらりと言ってのけた。 「俺の実家、極道なんだ」 再び教室は沈黙に包まれた。 また何か、違うことを聞かされた気がしたのだ。 「な・・・なに?」 「えっと、やくざさん。親が四代目で」 その微笑みは言葉を誤っているとしか思えなかった。 親がモデルだから、女優だから、その台詞なら驚きながらも納得したものだ。 しかもこの砕は四代目の子供だと言う――と、考えて、全員の背中に冷たいものが走った。 「大丈夫、堅気さんに手を出したりしないよ」 沈黙した心配はそんなことではない。 「質問ばかりでごめんね」 しかし成瀬室長は誰よりも立ち直りが早かった。 砕は首を振って笑う。 「慣れてる」 「最後に・・・みずきくんと、どうゆう関係なの?」 それこそ、誰もが聞きたかったことであった。 その本人ですら、その回答を持っていなかったのだ。 全員、砕の口に注目した。 「恋人関係」 その瞬間、HR終了のチャイムが鳴り響いた。 担任教師は救われたとばかりに教室を後にした。 そしてその後クラスでとった行動は二手に分かれた。 女子生徒はいち早く砕の傍に近寄り騒ぎ立て、男子生徒は未だに呆然と動けないでいた。 みずきといえば真っ白になって倒れこみたかったがそう出来なかったのは椅子に座っていたからだ。 前の席の友人が恐る恐る振り返る。 果たしてそこには石となった人間がいるだけだった。 「・・・・大丈夫か?」 その声で、崩れた。 机に突っ伏した。 実際泣きたいような心境だったのだ。 「・・・それで、お前・・・事実なのか?」 「そんなわけねぇだろうが!」 思わず顔を上げる。 「大体なんでだ? どうして初対面の野郎にそんなこと言われなきゃならない? 俺が何をした!」 「しただろうが、」 混乱して半泣きになり取り乱すみずきより、友人は冷静に答えた。 さっき、全員の目の前で。 反論の言葉が出ない。事実だからだ。 それは自分がよく解っている。 この腕に抱いた身体も生身のもので、触れると気持ち良かったしその唇は柔らかく離し難い感触だったのだ。 覚えていた。 忘れようとも忘れられないことだ。 笑い声や矯正を上げる女子を遠目に哀れんでいる視線が注がれていることに気付いた。 みずきはその男どもを睨んで、 「あれが! 男に見えるかよ・・・!」 見えない。 どころかクラスメイトの女子さえ霞むほどの美少女だ。 「まぁ・・・仕方ないよな、あんな美人だ」 「一見、誰も何も思わないよ、見事なカップルだ」 「例えお前がそうでも、俺達は今まで通り友達だぞ」 「でも・・・友達まででとめといてくれ」 悲痛な、無常なクラスメイトたちにみずきはプツリと切れた。 「俺はホモじゃねぇっつってんだろうが!」 その叫びに、全員が振り向いた。 今まで楽しそうに珍しそうに笑いあっていた女子達も口を噤んだ。 しかし砕だけは平然と、そのみずきに近寄った。 「・・・本当に、俺のことが判らないのかな」 見上げれば、砕の愛らしい顔は悲しみに歪んでいる。 それでも、みずきはきっぱりと言った。 「知らねぇ」 「さっきは名前を呼んでくれたのに、本当に覚えてないの?」 「・・・・覚えてない」 答えたみずきに、砕は瞬きをして頬に涙を伝えた。 「やっと逢えたのに・・・」 「・・・待て! 泣くな!」 泣かれるのは困る。 女を泣かすようなことだけはするな、と厳しい姉に躾られてきた優秀な弟だ。 そして砕に泣かれると心臓が掴まれるように苦しいのだ。 「いつ、どこで、そうゆうことになった! お前も男なら泣くだけじゃなくちゃんと事情を説明しろ!」 全くそうは見えなかったが、本人が肯定しているのだ、自分は男であると。 「・・・・今世じゃないよ。ずっと昔、前世で、俺達は愛し合ってた」 「・・・・・・・・」 みずきはなんとも表現しがたい顔で、相手を見つめていた。 |
to be continued...