それから? 2




みずきは期末が始まる頃から、すでにバイトを始めていた。
自ら見つけたところではないけれど、かなりの自給の良さに惹かれたのだ。
ある日、オーナーにスカウトされた。
ここにいる店員はほとんどがそうである。
まず条件は、外見だった。
オーナー自らの選択だけあって、素晴しいまでに整った顔の人間が多い。
有名なクラブの、確かにウェイターだった。
年齢がばれないのを条件に雇って貰ったのだ。
その身長や存在感からして、まずそれがばれることは有り得なかった。
ここはダンスフロアもあればテーブルもある。
ウェイターはそのテーブルが決まっていて、完全に傅いて接客をする。
だから大半は女性の客が多い。
コンパニオンもいるが、ウェイターのほうが断然に多い。
ホストクラブギリギリだった。
みずきはサービスに慣れていて、女を良い気分に酔わすことにも慣れていた。(姉に仕込まれたせいである)
だから人気が高かった。
しかし女の嫉妬は際限を知らない。
みずきを巡るトラブルが何件か続いて、頭を悩ませたオーナーは結果、ほとんどカウンタに入れておくことにした。
手先も器用なこともあって、バーテンとして使えたのだ。
誰のものでもない、バーテンの位置は功を奏した。
みずきは手早く注文をこなしながらきちんとカウンタの客の相手も出来る。
オーナーとしては高校を卒業したら正式に雇いたいと何度もラブコールを送っているほど、気に入っていた。
「よう、余裕だな」
カウンタの中のみずきに声をかけたのは、愁だった。
その後ろには他の友人も見える。
すでに期末が始まっていた。
みずきはにやりと笑って、
「どっちが」
答えた。
「息抜きだよ、息抜き」
明日は中休みだった。
でなければいくら愁たちでも遊びになど出てこない。
他の友人たちは挨拶だけしてフロアに出た。
そこに立ち止まったままの愁に、みずきはタンブラーに入れた琥珀色の炭酸水を出した。
「炭酸で割った。呑みやすいぜ」
「さんきゅ・・・しかし、マジで似合うな、お前・・・」
「どーも、てゆーかお前、砕にしゃべってないだろうな」
みずきは話しながらも、隣りから入った注文を素早く作る。
「まさか・・・言えねぇよ」
「言うな。絶対に、だ。あいつらにもクギ差しとけよ」
「解った・・・まぁ、嫌だよなぁ・・・よくもまぁここまで良い男揃えてるよな」
愁はあまり明るくない店内を見渡して呟いた。
確かに嫉妬で仕事など忘れ去りそうである。
ここに、砕がいることを考えるとそれだけで腹が立った。
「でもいつかバレるだろ」
「・・・まだ先でいい」
愁はふと、表情を真剣に訊いた。
「・・・なぁ、お前ほんとに覚悟決めてんだな、もう・・・抱いたのか?」
戸惑ったが、はっきりと訊いた。
みずきははっきりと顔を顰める。
「俺はそんな鉄の心臓じゃねぇよ・・・野郎を抱いたこともないのにその気になったこともないんだぜ」
「そっか・・・慎重だな、珍しく」
「慎重にならなくてどうする? 女の代わりはいてもあいつの代わりなんか、どこにもいないんだぜ」
その台詞に驚いたものの、瞬間愁は破顔した。
本気のこの友人を初めて見た。
そして、素直な物言いを嬉しく思ったのだ。
「悪かった。変なこと訊いたな・・・旅行のときも、どう扱っていか解んなくて」
「学校と変わんねぇよ」
言いながら、みずきは盛大にため息を吐いた。
「どうした?」
「男相手にその気になってる自分に呆れてる。ばっちり、反応するよ。あいつが普通ならモラルも信条もすっ飛ばして抱いてるよ、もう」
「・・・・普通じゃないって、」
みずきは入った注文のカクテルを素早く作ってウェイターに渡した。
それから愁を睨みつける。
「お前、あのうち一度入って来い」
「・・・あのうちって」
「クラスメイトとしてよ、クラスメイトのうちに、行って来い」
脅迫のような視線に愁は何も言えなかった。
「・・・・俺、普通の高校生だから」
それしか呟けなかった。
普通の高校生のままで、いいと真剣に思った。
「あのうちで手ぇ出す度胸があるなら、俺はとっくにやってるよ・・・明日はまた俺のそのなけなしの度胸が使い果たされるな・・・」
愁は影ながら応援するよ、としか言えなかった。
しかし、いつかはこの友人はその度胸もつけるだろうと思った。
このクラスメイトはこの年で、平然とこの場所に立っていられるのだから。






みずきはしかし、いつになったらその度胸が付くのか途方に暮れていた。
翌日、砕の家にまた足を踏み入れる。
何度目かのことだが、この瞬間、かなりの勇気がいる。
ただのクラスメイトなら、みずきはすでに平気な顔をしていられただろう。
しかし、砕もその母親の笙子もただの親子ではなかった。
砕は自分の思いを隠しもしなかったし、晴れて付き合い始めた、と公言までしてくれたのだ。
それを笙子も認めた。
所謂、組員の視線が痛い。
あれだけ可愛い見てくれの上、大事な跡取り坊ちゃんである。
ここの強面のお兄さんたちの溺愛ぶりは母親以上だった。
何か粗相をしようものなら、傷一つつけようものなら、闇から闇に抹消されそうな勢いだった。
そして母親も、である。
認めたと言っても、涙一つ流させたものなら本気でコンクリに詰めてそのまま海に沈められそうだった。
「いらっしゃい、みずき」
それを知ってか知らずか、相変わらずこの可愛い生き物は極上の笑顔を振り撒く。
「・・・・お邪魔します」
並んで迎えてくれるお兄さんたちに会釈して、上がる。
この家はでかい。
まだ母屋しか回ったことはないが、その母屋の中心に庭を抱えるほどでかい。
その奥に離れが続き、住み込んでいる人間の部屋があり、何台あるのかガレージがずらりと並び、庭には池で鯉が気持ち良さそうに泳いでいる。
その上、この夏はクラスメイトをほとんど止められる別荘に行くと言う。
みずきは教科書を広げて、一応していたテスト勉強を放り出した。
ペンを投げて、柔らかい絨毯に身を転がした。
そのまま目を閉じて息を吐く。
「みずき? 疲れた?」
砕は正面に座っていたのに、すぐに移動してきた。
自分の横に座って見下ろすその顔を見て、みずきはまた目を閉じた。
「・・・・疲れた」
「・・・そっか、」
砕はそれ以上何も言わず、その胸に頭を乗せてみずきの心音を聞いた。
それから、むくりと起きていきなり唇を重ねた。
「・・・どうした」
重ねてすぐに離した砕を見上げる。
「別に・・・キスしたいなぁって、思っただけ」
みずきは小さく笑った。
下からその頭を引き寄せ、キスをした。
しかし砕が身体を動かして自分の上に乗ってこようとした瞬間、その身体を離した。
「こら、なんだ?」
「・・・くっついちゃ駄目?」
みずきは勢いよく起き上がった。
目の前に座る生き物を、顰めて見た。
「・・・あのな、頼むから、急ぐなよ。俺にも心の準備が欲しい」
「・・・うん、そうだよね」
「別に、やりたくないわけじゃないぜ・・・むしろ、止まんなくなるから、よせって言ってるんだ」
「止めなくてもいいんだけどなぁ・・・」
「・・・後ろめたいんだよ、俺が。ここの家の人たちに対して、な」
砕が首を傾げると、みずきは真剣に言った。
「俺はお前の何もかもを背負えるほど大人じゃねぇよ、ただ、いつかは自分のものにしたいと思ってる。自分のけじめとして、何を言われてもお前を取れる自身が付くまで我慢したい」
砕は少し拗ねた顔して、
「・・・俺が女だったら良かったんだよね、やっぱり・・・何で男になっちゃったんだろ」
「女でも迷うぞ、俺は・・・しかしまぁ、確かに男を抱いたことはないんだ、もう少し待てよ」
俯いた砕の顔に手を伸ばし、その耳に触れた。
「・・・、くすぐったいよ」
肩を竦めて笑う砕に、みずきは奥歯を噛み締めて、耐える。
今言った台詞もかっこつけも、何もかも吹き飛びそうだった。
「・・・お前のみみ、気持ち良い」
「そうかな・・・」
「柔らかい」
苦笑して、悪戯のように耳を弄んだ。
かすかに、その指が首筋に触れた。
「・・・んっ!」
思わず上げた声に、砕は口を塞ぐ。
手で押さえて、目で誤る。
みずきは何の感情もないように、その手をどけた。
柔らかい唇に、吸い付くように口付けた。
深く、舌を絡めて離れると長い髪をかきあげて吐息の荒い唇を耳のほうへ寄せた。
「ッ、ん・・・っ」
耳たぶを口に銜えて、その首にも顔を寄せる。
砕の手はみずきの服をしっかりと握り緊めて、震えている。
唇を硬く閉じて思わず上げそうになる声を抑える。
みずきの手が砕の身体を抱え込み、その細い腰に回された瞬間、
「・・・ッ駄目!」
相手の身体を押し返した。
大きく息をして、すでに涙目になっている目でみずきを睨んだ。
「もう・・・しないのに、やだよ、これ以上・・・」
みずきも、流れに逆らえなかった自分に気付き、
「・・・悪い」
「俺は、みずきになら何されてもいいと思ってるよ。だから、触られるだけで、感じちゃうんだよ・・・独りでその気になって、・・・やだよ」
俯いた砕に、みずきは真剣に謝った。
「悪い、ほんとに・・・」
みずきから身体を離して、少し身じろぎをした砕は震える自分を抑える。
好きな相手に触られて、感じない人間はいない。
「・・・・・」
みずきは無言のまま、その砕を見てまた手を伸ばした。
「! み、みずき・・・っ」
「お前、自分で挑発してるって、解ってるか・・・?」
真剣に、首を振って答えた。
その顔を抑えてまた、唇を重ねた。
その腕も、今までと比べられないほど力強かった。
胸がないのを確認するように、手で弄る。
その布越しにその突起に触れて、指で押さえ摘み上げる。
「・・・・っ!!」
口を塞がれたまま、何も言えないまま、手が服の中に入ってくるのを止められなかった。
みずきは唇を離すと手で捲り上げた服の中に顔を寄せる。
「みっ・・・みずき、まっ・・・!」
「・・・・声、抑えてろ」
「・・・っ!
ズボンの中に手が入っても、砕は言われた通りしか出来なかった。
手で、必死に口を押さえた。
その手に簡単に達せられて、肩で大きく息をする。
自由になった口から、息を吸い込む。
それから涙目でみずきを睨んだ。
「・・・しないって、言ったのに・・・っ」
「これはそのうちに入んねぇ」
「入るよっ」
みずきはしかし、真剣に言った。
「悪かった。もう、何もしない。さすがに、これ以上は」
それから腰を上げた。
「・・・つーわけで、帰る。今日はこれ以上一緒にいると、やばい」
ここがどこかも忘れて、突っ走ってしまいそうだった。
見送りに出ようとする砕をそのまま部屋に置いておいて、みずきは早々にその門を潜って出た。
それから自分の手を見て、ため息を吐きながら座り込んだのだ。
「・・・まじで、シャレになんねーよ・・・」
止まらなかったのである。
何が、男相手に戸惑うだ。
モラルもなにも、本人を前にすると簡単に吹っ飛んだ。
「やばいだろ、俺・・・」
一生を貰う覚悟はしているのだ。
しかし、まだなんの甲斐性もないのにあの家族を相手にしていいのか、その葛藤に苦しんでいた。


to be continued...



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