その世界の中で 6




迷うことなく校舎を出た。
裏庭に入り、その奥の木に身を寄せる。
茂みの中はちょっと見つかりにくいところだ。
そこに座り込んでまた俯く。
自分でどこが落ち着けるのか、解った。
だから迷うことなくここを選んだ。
この学校の中で一番緑が深いところだ。
生物の気配が絶たれたわけではないが、とりあえずは回りに誰もいない。
最悪の衝動が落ち着けるまで、ここにじっとしていようと決めた。
何の力もないただの高校生の自分が、それをどうやるのかはっきりと分かる。
まず、何をすればいいのか。
分かる自分が恐ろしかった。
さまざまな情報が入る世界でも、そんなことは比べ物にならない現実感だ。
恐怖と狂気が境界を超えようと溢れ出してきている。
誰かがこっちに向かって来ているのが分かる。
それが、誰かもはっきりと分かった。
この世界でみずきを迷うことなく見つけられるのは一人しかいない。
しかし、迷っている。
戸惑いが分かる。
あれだけはっきりと拒絶されたのだ。
近寄りがたいのも分かる。
しかしそれをどうしてやることも出来ない。
笑うことも、放っておいてくれと声を上げる余裕すらないのだ。
砕の向こうにもう一人現れた。
それが分かると、みずきは全身が硬直するのが感じ取れた。
纏うオーラが、一回りは大きくなった。
顔をゆっくり上げると、すでに視界は今までの世界とは違っていた。
目を開けているはずなのに、ものが捕らえられない。
その先に二人いるはずなのに判別が出来ない。
ただ、そこにいるのが分かるだけだ。
なのに、周りははっきりと分かった。
木の幹や、葉の一枚一枚まで、くっきりと分かる。
「・・・・まじかよ、勘弁してくれ・・・」
呟いた。
否、呟いたつもりだった。
砕が何か言っているが、分からなかった。
想いだけが波のように襲いかかるだけだ。
それを感じて、みずきは飛んだ。
感覚として、本当に飛んだということが一番近い。
そこから何かに引き寄せられた。
何も見えないほどの光をいきなり押し付けられて、次の瞬間、視界が開けた。
「――――ですよ、これは」
何か言われているのに、よく聞き取れなかった。
言った相手はローブのような服を身に纏い、長く伸ばした髪を背中でゆったりと編んでいた。
みずきはこの人間を見たことがなかった。
なのに、声を返している。
いや、実際にはみずきが話しているのではない。
改めて自分を返り見るとそこに実態はなかった。
気配だけだ。
自分に重なって、自分がいる。
恐ろしいほどの狂気が消え、恐怖がない。
張り詰めた感覚だけはあるが、それは自然に振舞うことが出来ていた。
「――だ、しかしやってみるよ」
「いきなり、なさらないで下さいね、回数を重ねて――――」
「解ってるさ」
みずきはビデオのフィルムを見ているようだった。
自分の意思とは関係なく、周りは己とともに進んで行く。
笑って返しながら、視線が動いた。
建物に移動する。
白が基調の聳え立った城だ。
ただ、開放感に溢れていた。
みずきはその庭にいるようだった。
ここは自分のいる現実じゃない、と理解していた。
白い柱の並ぶ回廊から、誰かが駆けてくる。
それが誰なのか、みずきにもはっきりと解った。
姿が見えたところで、苦笑するように微笑む。
恐ろしく長い髪を纏めもせずになびくままにして、裾の広がったドレスで縺れさせることなく一直線に自分を目指して来る。
みずきははっきりと解った。
自分が、誰なのか。
今、誰の中にいるのか。
「――――カイエン」
今まで話していた相手は、入れ違いに一礼して背を向けて行った。
――――ディアナ・・・・
彼女の表情が訝しそうに、去って行く相手の背中を見つめる。
「賢者の塔の・・・マキ先生? 何の話だったの?」
「世界について。俺の行ったことのある場所と、先生の知識と。情報交換さ」
誤魔化した、とみずきは解った。
何故誤魔化したのかも、解った。
ディアナは納得したのか、解っていて追求しないのか、カイエンに視線を戻した。
心配そうな目が、見上げてくる。
「また・・・行ってしまうの?」
「早耳だな」
カイエンはディアナの豪奢な耳飾に触れ、その頬を愛おしそうに撫でた。
「・・・ここに、ずっと居てくれたらいいのに。ううん、私が、一緒に行けたらいいのに」
泣きそうに呟くのを、困ったように笑った。
「それは、出来ないだろう? お前にはここでしか出来ないことがある。俺も、留まれない理由がある」
「・・・・わかってる」
ディアナはその細い腕をカイエンの身体に回した。
その胸に、顔を押し付ける。
カイエンはその身体を抱き返してやりながら、
「永遠に逢えないわけじゃない。また、逢いに来る。それまで俺を忘れないでくれ」
「・・・そんなこと、ない。忘れるなんて有り得ない。いつだって、カイエンのことしか想ってない」
「ディアナがどこに居ても、俺ははっきりと解る。この生が終わっても、次に生まれ変わっても必ず、お前が解る」
「本当に?」
「解らないはずがない」
ディアナはにっこりと笑って、カイエンはそれをまた記憶にしっかりと刻み込むように顔を寄せた。
瞬間、みずきの視界が変わった。
周りは、霧がかかっているけれどもまた外だ。
深い朝霧だった。
日も昇りきっていないときだった。
「――――カイエン!」
はっきりといない視界で、呼ばれてカイエンは振り返った。
慌てた様子のディアナが駆けてくる。
その顔は泣きそうに歪んでいて、カイエンは残った未練に苦笑してしまう。
「昨日の今日で・・・早すぎるわ。ひどい・・・」
「今回は・・・長く居すぎたからな・・・また、逢いに来るから」
「・・・・・」
目に浮かんだ涙を止めようとのしないディアナを愛しいと想って、みずきはこれからをはっきりと理解した。
この後、何が起こるかを知っている。
だからといって、止めることなど出来ない。
これはすでに過去のことなのだ。
映画のように再現されているだけに過ぎない。
カイエンが気づいたときには、すでに遅かった。
意図的に、カイエンは周りの気配を絶っていた。
だから、気がついたのは視界に入ってからだ。
目の前のディアナの身体を掴んで、反転させた。
自分と、位置を入れ替えたのだ。
肩に、熱い痛みが走って、耐えた。
しまったと思ったのは刺さってからだった。
「・・・・カイエン?」
驚いたディアナが覆いかぶさるように自分を抱えた相手を見上げた。
自嘲の笑みが零れる。
だるそうに腕を動かして、肩に刺さった矢を抜いた。
はっきりと状況を理解したディアナは、蒼白になって叫ぶ。
「カイエン―――――!」


to be continued...



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