その世界の中で 7




その身体はゆっくりと地面に崩れた。
視界に、ディアナを捕らえた。
泣いている。
嘆いている。
「泣くなよ」
カイエンは呟いた。
呟いたつもりだったが、声は出ていない。
絶望に染まる顔に、出来るなら笑っていて欲しいと思った。
「どうせなら笑顔をみていたい」
思っても、声にはならない。
どうしても、この愛しい女の涙は止まらない。
―――泣くなよ、また、逢えるじゃないか。
みずきも思わず呟いた。
しかし、声になってディアナに伝わるはずもない。
また、みずきは飛んだ。
いや、何かに引っ張られるようにその視界から離された。
全身に感覚が戻って、目を開ける。
自分の瞼を自分の意思で開けることが出来た。
はっきりと見えたその視界に、思わず苦笑した。
変わらず、自分を心配そうに覗き込む相手がいた。
「・・・・変わってねぇじゃねぇか」
ディアナであって、ディアナでない。
実際に、声に出た。
自分の耳にもちゃんと聞こえる。
それを訝しんだ砕が、眉を寄せる。
「え? なに」
なんでもない、とみずきは再び目を閉じた。
それから大きく息を吐く。
現実だった。
自分の意思で動く、身体だ。
そして落ち着いている自分に驚いた。
あれほど、研ぎ澄まされた神経が落ち着いている。
ゆっくり身体を起こして、みずきは自分の身体を確かめた。
持て余していた自分の力が落ち着いている。
消えて無くなったわけではない。
それははっきりと解った。
しかし、暴走もしていない。
不思議に思いながらも、安堵した。
カーテンの向こうに気配を感じて、顔を上げた。
「気がついたのか」
カーテンを引いて、そこにグレイが居た。
そこでみずきはここがどこなのかわかった。
保健室の、ベッドの上だ。
「みずき、裏庭で倒れたんだよ。それでグレイが運んでくれたの」
「そうだ、感謝しろ」
砕の声を横で聞きながら、みずきはじっとグレイを見た。
わかる。
魂が、重なる。
この男は、外見はほとんど変わっていない。
思い出すように、いや、整理するように、みずきは頭を抱えて俯いた。
「みずき?」
「・・・・大丈夫だ」
心配そうな砕の声に、落ち着いて答える。
何かの気配に気づいたのはグレイが先だった。
「お前・・・思い出したのか?」
驚いて、砕もみずきを凝視する。
みずきは深呼吸をして、自分を取り戻した。
「――――思い出したよ」
思い出したくない、覚えていたくない。
それだえ覚えていたのに、その事実を思い出してしまった。
その魂と記憶とともに育ってきたわけではない。
じわじわとも思い出してきたわけではない。
みずきの中に、もう一人の自分の人生の情報が一気に流れ込んできたのだ。
その脳はパンクしそうだった。
整理するのにも、時間がかかる。
自分を自分だと認識する当たり前のことすら、力がいる。
カイエンなのか、みずきなのか。
今はどっちであればいいのか解らなくなる。
しばらく、砕もグレイもそんなみずきを見守っているだけだった。
それが良かったのか、しばらくしてみずきは身体の力を抜くように息を吐いた。
「・・・・みずき?」
砕が確かめるように呼んだ。
「なんだ」
はっきりと、砕を見て答えた。
「みずき・・・良かった。
砕はその首に腕を回して、抱きついた。
カイエンではない。
みずきだ。
砕はそれにほっとした。
いまさら、カイエンであっても困るのだ。
自分もディアナであるけれども、砕でもある。
そして今自分が心から想うのはカイエンであったみずきなのだ。
ディアナであってディアナでない砕は、カイエンだったみずきを想っている。
前の延長ではなく、新しく想いが芽生えているのだ。
「よかった」
砕はもう一度呟いた。
その心が解ったのか、みずきは何も言わずに抱き返してやった。
グレイさえ、溜息を吐いて再びカーテンを閉め、その空間を二人だけにしてやった。


fin



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