自覚症状 2
かわいいと思ってしまったらこの男は怒るだろうな、と皇紀は心の内で笑った。どう見ても外見からはかわいいなどという単語は結びつかない。 むしろどうやったらこんな身体つきになるのか皇紀には不思議だ。最近は皇紀は食欲も落ちてきた。目の前で若さの限りに食べられると、年の差を感じずにはいられない。 羨ましいと思うより、微笑ましく思ってしまうのはかなり絆されてきているのだろうか。 やきもちを妬かれるという行為は、思えば新鮮だ。 今まで好きになった男はどれも年上ばかりで、よく言えば放任、悪く言えば放っておかれていたことが多い。前の相手にしても、お互いの生活を大事に思ってそこまで干渉はしたくなかったし、いちいち妬いてなどいたら身が持たない。 嬉しいものなんだな、と皇紀は決して口には出来ないことを思った。 拘束されるということが、皇紀には新鮮だった。ベッドひとつでここまで拗ねて見せれる恭司に、皇紀はやはり絆されたかも、と感じた。 住んでいるマンションは壁をひとつ挟んだ隣同士なのだが、皇紀は仕事上平日は滅多に家に帰らない。連日の泊り込みが日常だったからだ。 始めのうちはその皇紀の部屋のドアのまえで子供のように待っていた恭司も(もちろん、皇紀が部屋の鍵を渡してなどいなかったからなのだが)最近はちゃんと自分の部屋で大人しくしている。 その忙しさを見て、恭司はいつも心配そうに怒っている。しかしこの生活を十年近く続けてきた皇紀にはすでにこれに慣れてしまっているのだ。その心配を嬉しく思いながらも、実際は邪険に扱うのは皇紀の性格上仕方のないことだ。 ならば休日は休ませてくれればいいのに、会社に泊まりこんで顔も見れなかったことを埋めるかのようにベッドに押さえつけられる。 疲れた身体を貪欲に貪られる。 昼休み、皇紀はなんとなくネットを検索していた。思わず真剣に画面を見ていて、後ろに人が立った気配に気付かなかった。 「・・・・ベッド買うのか?」 背後から聞こえた声に、正直慌てた。振り返れば、仲の良い先輩が後ろから画面を覗き込んでいる。 皇紀は動揺を隠し切れず、 「あ・・・いや、これは、別に・・・」 「隠すことないだろ、確かに、安眠を貪れるベッドが欲しいよな」 会社の仮眠室はただのパイプベッドだ。椅子の上よりは良いかもしれないがやはり寝るならふかふかの布団でゆっくり寝たい。 この会社にいればそう思うのは当たり前のことで、隠すこともないのだが買おうと思った理由がそれだけではないことから、皇紀はいろいろな思考が巡って顔が赤くなった。 それを見て、相手は面白そうににやりと笑い、 「まぁ、それだけじゃないけどな」 皇紀が考えていることが解ったのか、机の上のマウスに手を伸ばしあるショップを引き出した。 「ここ、オススメだぜ、ちょっと高いけど、後悔はさせないな」 「・・・・牧さん・・・っ」 「頑張れよー」 笑って自分の席に帰っていく先輩に皇紀は恨めしそうに睨みつけながら、それでも開かれた画面を見つめた。 手が動く。 逡巡したものの、購入してしまった。 新しいベッドを見たら、恭司はどんな反応をするだろうか。皇紀は楽しみのような恥ずかしいような、くすぐったい感情がなかなか納まらなかった。 週末は連休をもぎ取った。 週明けまでの仕事をこの一週間は一度も部屋に帰ることなく仕上げ、どうしても週末に休みたかったのだ。 金曜というより、土曜になる時刻にマンションに着いた。皇紀は一番奥にある自分の部屋までもう少しだ、と力を振り絞って歩く。自分の隣の部屋まで来たとき、そのドアが勢い良く開いた。 「皇紀さん!」 皇紀は疲れた身体が止まる。 驚いていると、そこから飛び出してきた恭司があっというまに皇紀を腕に収める。力を込めて抱きしめられてから、皇紀は場所を思い出した。 「・・・こら、離しなさい、部屋に入れ!」 いつまでたっても躾けの必要性があるな、と皇紀は溜息を吐いた。しかしその抱擁が嫌ではない。そんなことは絶対に教えたりはしないけれど。 大人しく皇紀の部屋に入った恭司は恨めしく皇紀を睨みつけてくる。皇紀は鞄を置きながら、それを撥ね返すように訝しんだ視線を返した。 「なに?」 「・・・別に」 「別にって顔か、それが」 皇紀は溜息を吐く。理由は解っている。皇紀が帰らなかったことに対して怒っているのだ。連絡も、携帯でメールは受けても皇紀は端的な言葉ででしか返さない。電話は一切受け付けない。 毎日でも顔が見たいと思っている恭司にとっては苛つく日々のはずだ。 しかし、そんな甘いだけの生活を送るのは皇紀にはもう無理だ。自分の生活ペースを崩すなんて有り得ないし、我が儘を聞いてやる必要性も感じない。 それでも、皇紀にだってそんな感情がまったく無いわけではない。しかし実行しないのは、怖いからだ。 今までの経験から、怖いからだ。 朝も昼も、一日中どろどろになるまで一緒に居て、愛を確かめ合う。そんな日常が欲しくないはずはない。 しかし、それが終わる瞬間を皇紀は知っている。 あの絶望をもう一度味わうくらいなら、平時から甘い生活などしなければいい。 「皇紀さん」 「だからなに」 睨みあうのも疲れた皇紀がくたびれたジャケットを脱ぎ始めると、その背中に声がかかる。着替えを始めた手を止めないまま、皇紀は答えた。 「一緒に住んで」 皇紀は脱ぎかけた手が止まった。 少し考えて、振り返ればそこに真剣な顔をした恭司がいる。 「・・・・なに?」 聞き間違いかと、聞き返した。 「一緒に暮らして」 聞き間違いではないようだ。皇紀は溜息を吐いた。 この執着ぶりをどうやったら落ち着かせられるのか、考えた。 ただでさえ、部屋は隣同士なのである。しかも、さっきのように恭司は皇紀が帰ってくるのを今か今かと待ち続ける。一歩間違えばストーカーに成り得る。 いや、それにすでに近い。 一緒に居る幸せを、楽しいと感じるのは一時のことだけだと皇紀はもう知っている。しかし、楽しいと感じることも知っている。 だから怒らずに、困った顔で、 「・・・少し、落ち着け」 溜息を吐きながら言った。その皇紀の落ち着きようが気に障ったのか、恭司は怒りを隠しもせずに、 「なんで?! どうしてそうなるんだよ!」 「冷静に考えろ、ここのマンションは独身用の造りになっているし、それに一緒に住むとなると自分の時間が一切持てなくなるんだぞ?」 「いいじゃん、別に! 自分の時間なんかいらねぇよ」 「お前にいらなくても僕は要る」 「なんで!」 「なんでって・・・・」 皇紀は疲れたように息を吐く。ただでさえ、仕事で疲れているのにその上ベッドの上ではなくまず調教からか、と頭を抱えた。 そんな皇紀の思考など一切解らない恭司はただ詰め寄って、 「皇紀さんが心配なんだよ! 毎日毎日帰ってもこないし! 連絡も取れないし、疲れてるからって相手もしてくれないし! せめて同じ家で、皇紀さんが帰ってくるのは俺のとこだっていうくらいの安心、くれたっていいじゃん!」 身体を揺さぶられて、感情を素直に吐露されて、皇紀は心が揺れた。 しかし、ここで気を緩めるわけにはいかない。皇紀のプライドはそんなに低くは無い。 「・・・それなら、今だって変わらないだろ?」 隣の部屋なのだ。さっきも、帰ってくるのをドアの前で待っていたに違いない。同じ部屋にいたとて、変わるとも思えない。玄関で犬のように待ち続けるだろう。 恭司が顔をゆがめた。皇紀はそれを見て、自分の心も歪んだ気がした。 「だけど・・・っでも! 今のままだと、何にも変わんねぇし・・・!変わらないかもしれないけど、それでもなんか近づいたっていう、証がないと俺、もう気ぃ狂いそう・・・!」 「そう簡単に狂わないから、大丈夫だ」 それでも冷静に返した皇紀に恭司は怒りを爆発させた。 「・・・・っあんた、マジでひでぇよな・・・!」 睨み付けられても、皇紀が怯むはずはない。そんなに簡単に緩むプライドなど持ち合わせていない。 「なら、僕に近づかなければいい」 「それが出来たら、こんなに苦しまねぇよ!」 恭司の腕に力いっぱいに抱きしめられて、皇紀は温かくなる身体を感じた。 冷静を保っているけれど、突き放した言葉を言っているけれど、実際に恭司が離れていけばまた皇紀は泣くだろう。 それが解って、すでに皇紀は悲しくなった。 だから、人を好きになどなりたくなかったのに。 しかも、いつ離れてもおかしくない子供だ。気移りの激しい、子供だ。 「・・・・だから、子供は嫌いなんだ」 それが、年下と付き合わない理由のひとつだ。 思わず呟いた言葉は、恭司に言葉通りに届いたようだ。 もう怒りを隠さない、隠したことも無い恭司はわかりやすい。 皇紀を抱き上げて軋むベッドに押し倒した。 「・・・・その子供に! 何度も抱かれているくせに」 「お前が、抱きたいんだろう?」 「・・・・そうだよ! ヤりたくてヤりたくて、どうしようもないんだよ!」 皇紀は抵抗することなく、荒く貪る手を受け入れた。 この先の結論はひとつだ。 別れればいい。 けれど、それがどうやったら出来るだろうか。 皇紀は快楽に嵌るときまで考え続けた。 |
to be continued...