自覚症状 3
ベッドがやはり大きく軋む。 「あっ、あぁっ、きっきょ、じっ・・・!」 膝裏を抱えられて肩まで上げられた。覆いかぶさる恭司の身体が前に屈んでその足が皇紀自身の身体に触れる。 「あ・・・っああぁっ!」 ベッドが揺れるのに合わせて、恭司の身体が動く。荒々しく突かれて、皇紀は振り回されないようにシーツを掴んだ。 「ま、ま・・・っあ、あぁっ、恭、司っまっ・・・!」 「止め、ねぇし・・・待た、ねぇ・・・!」 「こ、われ、る・・・っんあぁっ!」 濡れた中で動く音が、軋む音に重なる。 恭司から汗が落ちてくる。 「・・・っ壊れちまえばいい・・・っ壊れて、動けなくなって、ここから一生、出なければいい・・・っ」 「恭、司・・・っ」 「なんで、そんなに冷静になってんの、なんでそんなに俺の気持ち解んねぇの?俺のもんになって・・・! 俺だけしか考えないで・・・!」 「・・・・・っ」 皇紀は浮かび上がる涙を犯される生理的なものにしたかった。 心の底からの懇願に、落ちないはずはない。皇紀だってそれは望んでいるのだ。ただ口に、態度に出せないだけで。欲しくて欲しくて、籠に閉じ込めて何にも邪魔されないその中で暮らせたらどんなに幸せだろうか。 子供のように強請る恭司より、切実に皇紀は望んでいた。 切望だけなら、恭司よりも皇紀のほうが大きかった。 ただ、皇紀にそれを口にする勇気は無い。大人になって怖いことを知ってしまったからだ。この世界は、怖いものだらけだと知っているからだ。 皇紀は一生、この生活で不便は無い。 しかし恭司は? 完全なヘテロで遊んでいてもまだ大学生で、将来がある。この先恭司に望まれることは皇紀よりも多いはずだ。それを落としたのは、皇紀だ。 あの夜、酔っていたとはいえ、引きずり落としたのは皇紀だ。 「・・・・皇紀、さん・・・」 ベッドの音が止んだ。 激しく突かれていた律動が止まった。恭司がただ、皇紀を見下ろしている。 皇紀はそこで、泣いている自分に気付いた。 生理的なものではない。後から後から、涙は溢れる。手で覆っても止まりはしない。動揺したような恭司の声が降ってくる。 「こ、皇紀さん・・・・」 何と言っていいのか解らないのだろう。皇紀は先に口を開いた。 「・・・ごめん」 適切な言葉が見つからない。その謝罪が、一番合っていた。 「ごめん、恭司・・・・」 何もかもに対する、謝罪だった。腕で泣き顔を覆った皇紀には見えなかったけれど、恭司も顔を歪めた。 「な、なんで謝ってんの? なにに謝ってんの?!」 「・・・悪い・・・・」 「だから、なにに?! 言っとくけど! 謝られたって俺やめねぇし、皇紀さんを諦めるつもりもないからな?!」 「・・・・恭司、頼むから・・・」 こんな自分になど、さっさと見切りをつけて欲しい。 しかしそんな皇紀の勝手な願いなど、恭司には届かない。足を抱えた不自然な格好を直されて、年下の大きな身体に抱きしめられる。 「嫌だ・・・! 絶対、離さねぇ!」 「恭司・・・」 恭司の頭は皇紀の肩口に乗せられて、首を振る。以外に柔らかな髪が頬に触れた。 「皇紀さん・・・頼むから、捨てないで・・・」 「・・・す、てるって・・・・んっ、ん」 まだ繋がっていたままの身体を、恭司は優しく揺らす。柔らかく、ただ揺れるだけのそれは皇紀には物足りない。 もっと強い刺激がなければ楽にはなれない。 「恭、司・・・あ、んん・・・っ」 「だめだ・・・俺のものでいて、ずっと、俺の中に居て。何があったって、 俺皇紀さんを取るよ。傍にいるから、俺を離さないで」 皇紀は止まりかけた涙が溢れた。 首を振って、否定する。 そんなのは嫌だった。願って叶えられれば叶うほど、自分は貪欲になって行く。恭司の何もかもを取り上げるかもしれない。 それだけはしたくない。出来なかった。 恭司は泣き続ける皇紀を正面から見て、その顔を覆う腕を取った。 「俺は・・・やっぱり子供だと思うよ、すげぇ、子供だよ・・・でも、どうすりゃいいの? 何をすればいいんだよ? 今のこの気持ちくらいしか俺皇紀さんにあげれねぇし・・・一生かけてそれ、証明するつもりなのにだから信じてよ・・・俺を受け入れてよ・・・」 「・・・っだ、めだ・・・っ」 まだ、恭司は何も知らない。 大人になればなるほど、この世界が怖いことを知らない。 そう言って撥ね退けたいのに降り注ぐ強い視線に、皇紀は負けそうだった。 「この先何があるかわかんねぇけど・・・マジで、それは俺には解んねぇけど・・・でも皇紀さんがいい」 「・・・・え」 「これから何をするのも、皇紀さんとがいい。もし壊れたり、狂ったり、傷ついたとしても、全部皇紀さんがいい、皇紀さんでなるなら、俺は絶対後悔なんかしない」 涙が止まった。 時間が止まった気がした。 皇紀は濡れた目で恭司を見上げて、何も言えなくなった。 心の中は、身体の中は、恭司の言葉で溢れる。拙い子供の言葉で、溢れる。 「だから一緒に居て、俺を皇紀さんの中に要れて」 「・・・・」 皇紀はやっと視線を外した。 俯かせて、しかし声が出ない。そんな皇紀に、 「・・・答えは、すぐじゃなくてもいいから・・・すぐにくれたら、すげぇ 嬉しいけど、受け入れる以外の言葉は欲しくないけど・・・今は、これだけでもいいから・・・」 恭司は再び動き始めた。 「あ・・・っ」 自身を引き抜き、しかしすぐに抉るように深く沈む。 「あ、あぁ・・っ」 「皇紀さん・・・っ」 「き、恭司・・・っや、も・・・っ」 「なに・・・・?」 甘えたような声に、皇紀は睨みあげて、 「も、もっと・・・!」 治まらない。身体の熱は、まだまだ治まりそうにない。 「もっと? どうする・・・?」 「・・・っ莫迦、恭司・・・っ」 「莫迦?」 「つ、よく・・・っもっと、強く・・・して、」 皇紀は身体の快楽を求めることにした。とりあえず身体をどうにかしないと何も考えられない。 「皇紀さん・・・っ」 「あ、ああぁっ、恭司・・・っ!」 身体だけは正直だ。 疲れ果てて、そのベッドに沈むまでお互いにまた貪りあった。 朝まで抱き合った後で、気付けば夕方だった。 先に目を覚ましたのは皇紀だ。恭司の腕に抱え込まれるようにして、というより気に入った玩具を放さなくなった子供のような行動の中から抜け出して皇紀は疲れた身体を起こした。 起き上がってまずお風呂に向かう。ぼうっとした頭をとりあえず起こそうとしたいつもの行動だ。 シャワーを頭からかぶりながら、段々と夕べの行動を思い出す。そして自分の情けなさに溜息を吐いた。 どうして上手く言うことが出来ないのだろう。別れるのが一番いいのだと思うのに、上手に恭司に言って聞かせれない。どうすれば解ってくれるのだろうか。もうすでに、その後を考えて自分への傷の深さは解っているけれど、だからこそ、早く傷つきたい。 いつか、とずっと怯えて暮らすより、さっさと傷付いたほうが楽だ。 しかし恭司の言葉が身体に沁み込んでいる。 あんなに熱く求められて、蕩けるような告白は初めてだ。 心が迷う。 皇紀はもう一度溜息を吐いてシャワーを止めた。 ゆったりとした部屋着に着替えて部屋に戻ると、ベッドの上に恭司がすでに起きていた。 「・・・おはよう、皇紀さん」 ズボンを穿いただけの格好で、まだ半分寝ぼけたような顔で恭司はすぐに皇紀に手を伸ばす。 恭司はすぐに皇紀を抱きしめる。皇紀は温まった身体の熱を取られるような感じがしながら、それが嫌じゃない、と気付いた。 また、ケンカになるかもしれないけれど、昨日のことをぶり返そうかと皇紀が考えたとき、インターホンが鳴り響いた。 抱きついたままの恭司をそのまま放っておいて、皇紀は相手を確認した。 「・・・はい?」 「あ、山根さんですか? お届けものです」 「宅急便・・・?」 皇紀はあまりものを送られたことはない。だから一瞬どこからだろうか、と思ったが次の瞬間、思い出した。 「あ、ああ!」 「こ、皇紀さん?!」 慌てて皇紀は後ろから抱き付いていたままの恭司を引き離し、玄関を開けた。 帰ってくるなり恭司のことでいっぱいで、皇紀はすっかり忘れていた。このために、今週は週末に休みを取ったというのに。 「す、すみません」 「はい、どーも、中、入れちゃっていいですかね?」 「あ、はい・・・」 中に入ってきたものに、驚いたのは傍に居た恭司だった。しかし大の大人が三人掛りで運び込まれてきた大きな梱包物に何も言えずただ呆然とそれを見ていた。そんな恭司を気にせず、皇紀はさっさと動き、今まで寝ていたベッドから汚れたシーツと布団を剥いで洗面所に押し込み、 「これと、入れ替えて下さい」 古くなったスプリングマットを指した。相手は心得ているのか、それを部屋の隅に押しやって素早く持ち込んだ物の梱包を解いた。 恭司がまるで置物のように部屋の隅で立っている間に、その作業は終わってしまった。 「これ、じゃぁ引き取って行きますねー」 作業服の相手に皇紀は頭を下げて、 「お願いします」 と、今まで寝ていたベッドを運び出し、受け取りに最後にサインをして終わりだった。 「有難うございましたー」 「ご苦労様でした」 挨拶をして、その時間が過ぎ去ってみればそこにはゴミひとつ落ちていない。 ただ、ベッドが替えられただけだ。 皇紀はその新しいベッドを見てとりあえず息を吐いた。そこで、壁に立ち尽くしたままの恭司を思い出す。 振り返れば、ズボンを穿いただけの恭司は驚いたままでベッドに視線が釘付けだ。皇紀は舌打ちをどうにか押さえ込んだ。 注文したときは本当に新しくしたいと思っていたが、今では状況が違う。 しかし返品ともいかず、ベッドは新しくなってそこに納まってしまった。 「・・・皇紀さん」 漸く、恭司の搾り出したような声が出た。 「・・・なに」 「これ・・・これって、さ」 「だからなに?」 「ベッド・・・・」 「見て解らないか? なら一生解らないままでいろ」 「皇紀さん・・・・っ」 止める間もなく、恭司の腕が皇紀を抱きしめる。皇紀は自分より大きな身体に抱きしめられて、溜息を吐いた。肩口に顔を埋めた恭司が口を開くと想像以上に嬉しそうだった。 「やべぇ・・・すげぇ、嬉しい・・・!」 しかし恭司の言うとおりにしたなどと、皇紀が言うわけにはいかない。 「言っておくが、これはお前に言われたからじゃないから、注文は前にしてあったし、会社の先輩に薦められて・・・」 「・・・そーいうことにしてもいい、どうしよ、すげ、治まんね・・・っ」 ぎゅう、と腕に力を入れられて、細身の皇紀は眉を顰めた。 「い、痛い! こら、恭司、離しなさい!」 「やだ」 「やだじゃない、いい加減に・・・」 「皇紀さん、好きだ」 「・・・・・」 皇紀は声を無くした。 その、脈略のない言葉はいったいどこから生まれるのだろうか。 皇紀が言いたくても言えないことを、恭司は何の弊害もないかのようにあっさりと口にする。 「好きだ、好き・・・もう、すげぇ、好き・・・」 「き、恭司!」 終わりそうにない告白を、さすがに皇紀も聞いていられない。 「何度も言うな! もう解ったから!」 「本当に?」 「ああ」 「マジで?」 「しつこい」 「だってさぁ、俺、コレしか言えねぇし・・・これから一生かけるつもりだけど、とりあえず今はコレしかねぇから・・・皇紀さんの身体に沁み込むまで、何回でも言う」 皇紀は返事が出来なかった。 素直で、自分に嘘が無い言葉だった。 真っ直ぐな恭司は、今の気持ちに偽りはないのだろう。もう皇紀が否定しても無駄だった。どうにかして恭司を元に戻そうとしても、いくら足掻いても無駄のようだった。 皇紀は溜息をもう一度吐いた。 落ちた。もう、それを認めるしかない。 「皇紀さん・・・ところでオススメのこれ、使ってみたい・・・」 恭司の吐息にはすでに熱が籠もっている。無駄だと思いつつも皇紀は、 「・・・僕は今、シャワーを浴びたところなんだけど・・・」 「だからじゃん? すげ、いいにおいがする・・・」 やはり犬だな、と皇紀は確認した。鼻を摺り寄せるような行動に色気はない。 押されるように倒れこんだ新しいベッドは、ギシリとも鳴かなかった。 ふわりと体重の分だけ沈んだだけだ。 「・・・このベッド、俺しか寝させねぇからな」 嬉しそうに、楽しそうに言った恭司の笑顔に、皇紀は諦めて溜息を吐いた。 しかし、どうやら同居のことは忘れたようだ。 思い出させないように皇紀は腕を伸ばしてすでに熱を持った唇を引き寄せた。 |
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