自覚症状 1 セミダブルのベッドが軋む。 荒い息遣いを消すように鳴る音に、山根皇紀は思考が飛んだ。スプリングが緩いのだろうか。そういえば、このベッドも長い間替えていない。 皇紀が社会人として、初めての給料で買ったものだからすでにかなりのものになっている。 買い替え時かな、と皇紀が思いを巡らせたときだった。 「あ・・・あぁっ!」 最奥まで突き上げられて一際高い声があがる。すでに濡れたそこは押し込まれた音がよく響く。上から睨まれる様に拗ねた声が降ってくる。 「今・・・違うこと考えてただろ、あんた・・・」 「ん・・・っ」 ぎしり、とベッドが軋んだ。深く突き刺したまま腰を揺らしたからだ。 「集中しろよ・・・!」 「あ・・・っも、し、つこいん、だよ・・・っお前は!!」 「全身で誘ってんのは皇紀さんだろ?!」 「そんな、わけ・・・っあ、あぁっ!」 両足を広げ細く脂肪もない身体で男を受け入れる。どんな格好をして男を 受け入れようと、皇紀は慣れていた。それが自分の快楽に繋がるともう身体の奥まで染み付いているからだ。 けれど今、この男にだけは羞恥が拭いきれない。まったくのヘテロだったこの男に男の抱き方を教えたのは皇紀自身だ。もともとの素質があったのかどうかは解らないが、教えたのは皇紀なのに主導権はこの男にいつもある。 春名恭司。若さに満ち溢れた、皇紀とは一回り違う大学生である。 年下のせいだ、と皇紀は思っていた。今まで同級生以下と付き合ったことがない。そして、いつも教えられる立場だった皇紀は求められるならどんなこともした。 していることは変わりないはずだけれど、どうしても羞恥が拭いきれないのは、やはり恭司が若すぎるせいだ。 皇紀は早くなる律動に、ベッドのことは今度考えよう、と熱くなる身体に意識を戻した。 「あ・・・あ、き、きょう、じ・・・っ」 「皇紀、さん・・・っ」 「ん・・・んっ」 皇紀さん、などと呼ばれながらするのも初めてだった。 どうしてもいけないことをしてしまっているようで、罪悪感が湧き上がってくる。しかしそのイケナイコトに興奮してしまっているのも事実だ。決して、この年下の男に教えるつもりはないけれど、そんなプレイが好きだったのかな、と皇紀は顔を赤らめる。 しかしもちろん、年下の男に呼び捨てにされるなんてことは皇紀のプライドが許さない。矛盾した感情の中で、皇紀は確実に恭司と身体の相性が良いことだけは認めざるを得なかった。 恭司に抱かれて快楽を得られるのは、確かだった。 「あ・・・っあ、あ、恭、司っも・・・っ」 「・・・イキそう? 皇紀さん・・・」 「ん、んっは、早、く・・・っ」 「・・・・待って、も少し・・・」 「だ、駄目っあっや・・・!」 「皇紀さん・・・!」 「あ・・・あ、あ・・・っ!」 生ですることは絶対に許さなかった。 後が大変だからだ。それをしてもらうのも、もしくはするのを想像されることすら、皇紀には屈辱なのだ。 「だって一日何個使うと思ってんの」 と反論されたときは、もちろん制裁を与えた。まったく盛りのついたケモノだ。 皇紀は躾と言うより調教が必要だ、と考えていた。 ゴムを付けているからか、恭司は中に深く埋めたまま達した。皇紀はいや、とため息を吐く。付けていなくてもこいつはしたいようにするだろう、と思ったのだ。 その恭司がそれでも皇紀の言うことを聞くようになった。調教が効いてきたのだろうか、と恭司は大きく上下する胸を落ち着かせようと息を吐き出した。 そして早々に身体を離す。 いつまでもくっついていると体力にも精力にも際限のない、盛りのついたオスである恭司は終わりを知らない。 「ん・・・っ」 皇紀の中から自分を引き抜き、濡れたゴムをゴミ箱に捨てると、背を向けた皇紀に擦り寄ってくる。 終えた後の甘い時間。 お互いの呼吸と体温を感じるだけの、余韻に浸る恋人のような時間。 じつは皇紀はこのときが一番嫌だった。 理由は恥ずかしいから。それ以外には、ない。 今まで付き合っていた中で、そんなことはなかった。むしろ自分から擦り寄ってその体温を確かめていたくらいだ。何故こんなに戸惑いを感じてしまうのか皇紀にも解らなかったけれど、その腕を解いて突き放すほど皇紀も人が悪くない。いつも背中からで自分からは腕を回したこともないけれど、年下らしく甘えてくるような仕草を、振り払えないのだ。 どこかで、受け入れてそれを嬉しいと思ってもいて、それがまた皇紀自身に羞恥を呼ぶ。その悪循環の繰り返しである。 「・・・皇紀さん」 後ろから皇紀の肩口に埋められた顔から、くぐもった声が聴こえる。息が肌に触れて、それも気になるが皇紀は努めて冷静に、 「・・・なんだ」 「ベッド・・・買い替えない?」 「・・・・!」 皇紀は背を向けた身体で、驚いた。 皇紀が考えていたことが解ったのだろうか。そんなに態度に出ていたのだろうか。それとも、恭司も同じように思っていたのだろうか。 皇紀は内の動揺をどうにか押さえ込んで、乾いた唇を嘗めた。 「・・・どうして」 「いや・・・・」 いつも子供のように言いたい放題に言う恭司の珍しい歯切れの悪さに、皇紀は 身体を起こして振り返る。 ベッドに座って、皇紀から目を逸らした恭司を見つめた。 「なんだ?」 初めて見せるような戸惑いに、皇紀は首を傾げた。珍しいのだ。 「音が煩いからか?」 皇紀は自分と同じだろうか、と口にした。 「いや、別に・・・音はいいんだけど、むしろしてたほうが楽しいっつうか、皇紀さんとヤってるって思えるっていうか・・って!!」 調教に必要なのは素早い躾だ。 皇紀は拳で思い切り恭司の頭を殴る。恭司はその頭を擦って、 「いって・・・、皇紀さん、手ぇ早ぇよ!」 「煩い! お前のせいだろ、くだらないこと言うからだ」 「くだらなくねぇよ! 軋む音なんてモエルだろ?! 何回も何回もさせて皇紀さんの声がそれと重なって・・・うわ! 待って、ごめん!」 待つはずがない。 皇紀は冷静に振り上げた拳を降ろした。しかし恭司の頭は無事だった。 恭司が素早くその腕を取り、反対に力を入れて皇紀を再びベッドに押し倒したのだ。 「あんまり殴るなよ、莫迦になったらどうすんだよ、責任取ってくれんの?」 圧し掛かられて、それでも皇紀は冷たい視線を向けて、 「もうすでに莫迦なのに? それ以上にどうやったらなるんだ?」 「あんたな・・・・! って、いや、まぁそんなことどうでもいいんだけど」 「・・・だからなんだ、はっきり言え」 皇紀もベッドの話に戻した。 押し倒されたままの格好は気になるが、ベッドの理由も気になるのだ。 また恭司が視線を逸らす。 「?」 「このベッド、古いよな?」 「・・・ああ?」 「いつ買ったヤツ?」 「・・・・俺の初任給でだから・・・9、10、かな?」 「・・・・・・」 黙りこんだ恭司に、皇紀ははっきりと顔を顰めた。 「なんだ? はっきり言え」 押し倒されていても、皇紀は下手には出ない。年上のプライドが許さない。 しばらく迷っていたような恭司は、しかめっ面を隠さないままで、 「・・・どのくらいの野郎と、ここでヤッたんだよ」 「・・・・・」 低く、早口の声だったけれど皇紀にはちゃんと聴こえた。 その意味を頭で理解して、固まっていた身体が少しずつ揺れた。 「・・・っ、くっくっ・・・」 湧き上がる笑みに耐え切れない。皇紀は顔を歪めながら、堪えきれない笑が漏れる。恭司は舌打ちを隠さず、 「笑いごとじゃねぇだろ・・・!」 頬が微かに赤い。皇紀は圧し掛かられているせいでそれを正面から見て、また笑う。 「・・・っふ、くっ・・・!」 「・・・皇紀さん・・・頼むから」 皇紀が笑うのを、それに対して怒るのを諦めたのかため息を吐く恭司にどうにか笑うのを堪えて、 「・・・気になるのか?」 「・・・・・ならないはず、ねぇだろ?!」 「・・・・ふぅん?」 「なんねぇの? 皇紀さんは!」 「お前が生きてきたなかでしたセックスは、僕の半分にも満たないんだろうな?」 「・・・・っその俺に、アンアン言って泣いてるくせに!」 「お前のセックスは疲れる。体力勝負だからな」 「・・・・・」 皇紀は上からの睨みに笑って、 「ベッド、替えて欲しいのか?」 「・・・その前にこんなベッド壊してやる」 恭司の声には獰猛さが込められていた。 いつもなら皇紀は相手にしないところだが、込み上げてくる気持ちが抑えられなかった。 「壊すのはベッドだけか?」 「・・・・覚悟しろよ、マジで!」 皇紀は初めて、年下も悪くないと思った。 |
to be continued...