恋愛シーソー 延長戦3 「ここ、座れよ」 向こうがこちらに気付くなり、羽崎は四人掛けのテーブルの隣を示した。 秋篠は、はっきりと顔を顰めた後輩の名前を思い出し、羽崎にいいのか、と戸惑いの目を向ける。 後輩の中でも、一際目立つ二人は、五十嵐と瀬厨だ。 愛らしい容姿は、羽崎と負けず劣らず校内でも有名だった。 特に五十嵐は、先日まで羽崎が菊池を追いかけていたこともあり、その菊池と付き合っているのであまり仲が良くないのでは、と秋篠は躊躇ったのだが、その顔にはなんの抵抗もないように見える。 先輩風を吹かして強制的に座らせて、一番平気な顔をしているのが羽崎なのだ。 「なんですか・・・」 可愛い、と称される顔に警戒を見せる五十嵐を間近で見て、確かにこれは噂されるほどの相手だな、と秋篠は観察してしまう。 「んな顔すんなよ、取って食おうってわけじゃねぇし」 過去のことなど綺麗に忘れ去った、というように羽崎があっけらかんとしているのに、五十嵐と瀬厨は顔を見合せて戸惑いを見せる。 秋篠も、羽崎がどういうつもりなのか分からず困惑して友人を見つめる。 「羽崎?」 「五十嵐にご教授してもらえよ」 「は?」 「俺は忘れちゃったけど、五十嵐のほうがそういう気持ちは解かるんじゃないかな」 「そ、いうって・・・!」 羽崎が何を示しているのか漸く理解した秋篠が、さあっと顔を染めるのに、後輩の二人はきょとん、として見つめてくる。 「そんな・・・っそんなの、きけな・・・っ」 羽崎にすら、言うのを躊躇ったのだ。 むしろ羽崎になら、言えることが出来た。 それを後輩に聞けと言われても、秋篠はならば、とすぐに訊けるはずもない。 確かに、瀬厨は確か同級生と付き合っていると噂だし、五十嵐も菊池と付き合っているはずだ。 秋篠が躊躇っていることも、済ませているに違いない。 後輩がいったいなんだ、と視線を向けるのに、羽崎は笑って、 「ハル、巧かっただろ?」 それが何のことを示しているのか、五十嵐はすぐに解かったのかむっと眉根を寄せて、 「だからなんだって言うんです」 愛らしい顔を歪めるのに、秋篠はどうして友人はこうして敵を作るような物言いしか出来ないのか、と溜息を吐いた。 「羽崎さんに関係ないじゃないですか」 「巧いだろって、確認しただけじゃん。ぐちゃぐちゃにしてもらってんだろ?」 「羽崎・・・!」 挑発するような羽崎を止めよう、と声を上げるけれど、この五十嵐という少年は外見と同じにただものではなく、 「してもらってます! 昨日だってしたし、今日だって後でもっとずっといっぱい――」 「五十嵐!!」 勢い付いて言い返そうとした五十嵐を止めたのは真っ赤になった瀬厨だった。 どうやらこちらのほうが常識を持っているのか、と秋篠もほっとした。 「ここここっこんなとこでなに言ってんだっはは、羽崎先輩もいったい、なんで・・・っ」 真っ赤な顔のままに羞恥を知らない二人を睨みつけながら周囲を気にしてしまう瀬厨に、秋篠は同意して頷いてしまう。 「羽崎・・・っ」 もう止めてくれ、と懇願するように睨めば、羽崎は分かった、と諦めて、 「だからさ、それを秋篠に教えてやれよって」 「はい?」 「気持ちいいだろ、すんの」 「はい」 「どっかいっちゃうくらいいいよな」 「はい」 「もっとして欲しいんだろ」 「はい」 「怖くないよな」 「はい」 羽崎の素直にただ答える五十嵐との会話に、秋篠は顔を真っ赤にしていったいこれは何の拷問だ、と耳を塞ぎたくなってしまう。 けれど最後の言葉に、羽崎が視線を向けてきて、 「秋篠、怖くないってさ」 「・・・・羽崎、」 「最初はちょっと、誰でも怖いけどさ・・・気持ち良いってわかれば、こんなもんだろ」 言われても、秋篠は迷いを見せて目を伏せる。 怖くない、とそれを克服したものに言われても、秋篠はまだあの痛みを覚えている。 だから怖いのだ、と迷っているのに、 「まぁ、したいって気持ちがあるなら、あとは沢田さんの腕次第だろうけど」 羽崎は他人事のように笑う。 後輩の二人はその先輩を見て、 「この先輩が、誰かとお付き合いしてるんですか?」 「五十嵐、秋篠先輩だよって、知らないのか? 沢田先輩と今・・・」 有名だぞ、と瀬厨が世間知らずの五十嵐を責めるのに、秋篠はこんな後輩にまで知られてしまっているのか、と顔を染める。 「秋篠先輩、その沢田先輩と、されるんですか?」 「・・・・・っ」 まるで曇りも知らない目で真っ直ぐに見詰められて、秋篠はその言葉とのギャップに泣きそうになってしまう。 「とっても気持ち良いんですよ」 にこっと微笑むのは、言葉の内容を知らなければただ可愛い後輩にしか見えないものだ。 けれど意味を知ってしまうと、秋篠はこの後輩はいったいどんな人間なのだ、と困惑してしまう。 羽崎もさすがにうっすらと顔を染めながらも、 「うん、ええと、いや・・・俺はさすがにそこまで言い切れないけど、あの沢田さんが、また秋篠を傷つけるとは思えないから、安心しろって・・・・言いたかっただけで」 「羽崎・・・」 軽薄そうな言葉で自分を固め、傷つく前に人を傷つけてしまう友人は、本当に誰よりも自分を心配してくれているのだ、と秋篠は知って心が和むのを感じた。 もう秋篠を傷つけることはない。 それに秋篠は何だかすとん、と気持ちが落ち着いてしまった。 あの腕に安堵したのは、それを知っていたからなのだ。 痛みを忘れない身体が、同じ腕の中で安心するのは、もう沢田を信じているからだった。 ようやくそれを理解した秋篠が、友人にお礼を言おうとしたところで、 「何してんだ?」 また新たな声が掛けられ一斉に座った四人は見上げた。 「こんなとこで揃って・・・」 「・・・・・」 問いかけられても、とっさに答えられないのは、やはり人に言えない会話だったからだ。 そこに現れたのは、菊池を始めとする沢田の友人たちで、もちろん当人もいる。 暇を持て余し、ぶらぶらとしているところで、外から秋篠たちに気付き店内に入ってきたようだった。 さすがに秋篠はなんとも言えなかったし、羽崎もどうしようか、と迷って見せて、瀬厨は先輩に気を使って黙り込んでいたけれど、大好きな先輩を見上げた五十嵐だけは嬉しそうに笑って、 「秋篠先輩がきもちい・・・」 「うわああぁぁっ!」 「黙れ五十嵐!」 「何言ってんだばかっ!」 素直に会話の内容を口にする五十嵐を、他の全員で声を合わせて押し込めた。 羽崎と瀬厨が抑えつけるのに対し、秋篠はもう顔も上げられない、と赤い顔を俯かせて手で覆ってしまう。 その心情を、誰もが解かるだろうことなのに五十嵐は何で? ときょとん、と目を瞬かせているばかりだ。 ただでさえ高校生が広くない店内で集まっているというのに、今の怒声でさらに注目を集めたことに、羽崎は真っ先に立ちあがり、 「秋篠、出よう、お前らもほら、狭苦しいだろ」 全員を押しだすように急かした。 店を出てからやはり羽崎が、 「ハル、このワケワカンナイ子供、連れて帰れ!」 真っ赤な顔でちゃんと調教しろ、と睨むと、菊池は五十嵐の性格をよく知っているのか気まずい顔を見せて、 「悪い・・・」 「先輩?」 未だ何が起こったのか理解していない五十嵐の手を取って、菊池は言われたとおり引き取って行くことにした。 その後を追って、 「あの、俺も帰ります・・・」 もうここには居たくない、と瀬厨も抜ける。 残った中で、秋篠はもう二度と顔も上げられない、と赤いままで俯くのを、沢田が心配して、 「シノ? どうしたんだ?」 顔を覗き込むと、それを避けるように背けてしまう。 「シノ・・・?」 またなんかしたのだろうか、と沢田が不安な顔をするのに、羽崎は秋篠の肩を叩いて、 「俺も帰る」 「羽崎・・・っ」 こんなところで放り出さないでくれ、と泣きそうになる秋篠がその手を掴んで止めれば、その耳にだけ聴こえるようにそっと顔を寄せて、 「や、嫌なら嫌って言えば、この人待つと思うよ? 嫌じゃなければ、大丈夫なところまでしてみるってもの手じゃねぇ?」 「・・・・っ」 出来ない、とはっきり顔に出すのに、羽崎はただ笑うだけで沢田以外のメンツを揃って引き揚げさせてしまう。 そこにぽつん、と取り残された形になった秋篠と沢田は、しばらく友人たちの帰る背中を見ていたけれど、 「ええと・・・帰る?」 躊躇いがちに沢田が言ったのに、秋篠はただ俯いた顔を深く頷かせた。 |
to be continued...