恋愛情緒  2




朝から僕はとっても気分が良かった。
なのに、それを壊されるのは早かった。
「イガラシ!」
また、休み時間に響いた聞き覚えのある声。
振り向くと、そこには羽崎が凄い顔で立ってて、僕が驚いている間に目の前まで来ていた。
今日は移動もないから、クラス中の視線が僕と羽崎に集まる。隣の席の瀬厨も心配そうに僕を見てる。
羽崎は上から座ったままの僕を見下ろして、
「昨日・・・! ハルの家に泊まったのか?」
「・・・・」
なんで知ってるんだろう。
黙ったままでいると、羽崎は顔を歪めた。綺麗な顔が台無しだな。
「・・・やったのかよ」
ヤッタ?
「何を?」
首を傾げた僕に羽崎は喜色を表して、
「・・・なんだ、やっぱしてないんだ」
「え? なんですか?」
なんだか、してないと駄目なのかな。
よくわかんないけど、羽崎に喜ばれるととっても気分が悪くなる。
それに昨日と僕は違う。
羽崎に何を言われることもないんだ。
だって僕は菊池を好きで、菊池も僕を好きなんだから。
「羽崎さんに関係ないと思います」
睨み付けるように言うと、羽崎は見下ろしたままの笑みで、
「ああ、そう」
「それに、菊池先輩と付き合ってるのは僕です」
「ふぅん、セックスもしてないくせに?」
「・・・・っ」
してない。確かに、してない。
でも、昨日は菊池はしないって言ったし、今日は学校があったし。
だからって、なんで羽崎にそんなこと言われなきゃならない?
僕は蔑んだような羽崎の笑みが本当に苛立ってきて、
「します! 次はします、絶対! 先輩もしてくれるって言ったし、中までグチャグチャにしてくれるって言ってくれたから!」
「・・・・・っ」
羽崎の顔が赤くなった。
あれ?なんで?僕、そんな変なこと言った?
教室の中も何故かシン、と静まり返ってる。でも僕はそんなこと気にしていられない。
隣の瀬厨の手を掴んで、立ち上がった。
瀬厨の顔も真っ赤だったけど、
「ちょっと来て!」
強引に引っ張って僕は教室を飛び出した。





廊下を駆け抜けて、昇降口に繋がる階段まで突き当たる。そこで瀬厨を振り返ると、まだ真っ赤な顔で、
「いっ、い、五十嵐・・・っお前、なにを、」
「どうしたの、瀬厨くん?」
どもって何を言っているのか分からない。
でもそんなことはどうでもいいんだ。
僕は知りたいことがある。
「瀬厨くん、男同士のセックスって、どうやるの?」
「・・・・・っ!」
瀬厨くんはますます赤い顔で俯いた。
僕が知らないから駄目なんだ。
やっぱり何事も予習が大事だと思う。それに知らないから、菊池も何もしてくれないし、昨日だって萎えちゃったのかも。
リードするくらいだったら、きっと大丈夫だと思うし。
してもらうことばかり考えていても仕方ないし。
瀬厨が顔を上げないから、僕はどうしたのかと覗き込んだ。そのとき、後ろから声をかけられる。
「・・・なにしてるんだ? 真樹? 五十嵐?」
振り返ると、そこに原田が首を傾げて立ってる。瀬厨は少しほっとした顔でその原田に縋りつくように手を伸ばして、
「昌弘! 助けて!」
「・・・は?」
原田が眉を顰める。
ちょっと瀬厨、それって僕が虐めてたみたいじゃない?虐めたことなんかないだろ、今まで一度も!
「五十嵐? どうしたんだ?」
原田は相変わらず落ち着いた視線で僕を見て、
「どうって・・・瀬厨くんに聞きたいことがあったから・・・」
「真樹に? 知ってるんなら答えてやれば?」
原田は真っ赤な顔を自分の胸に押し付けるようにしている瀬厨に言うと、瀬厨は真っ赤な顔で睨みあげて、
「じゃぁ、昌弘が答えてやれよ!」
あ、そうか。
瀬厨が知ってるなら、原田も知っているはずだ。
原田に訊いたっていいんだ。
僕はその原田を見上げて、
「原田くん、セックスってどうやるの? 触るってどこを? 嘗めるのってどこまで? グチャグチャってなにをするの? どこまでしたらセックスって終わるの?」
僕は思ってた疑問を一気に言ってみた。
「っごほ!」
原田は瀬厨に負けないくらい赤い顔で咳き込んだ。
「大丈夫? どうしたの?」
耳まで真っ赤な瀬厨はもう顔を上げれない、と原田にくっついているし、原田も僕と視線を合わせてくれない。
「・・・やっぱ、自分で調べるしかないのかな・・・図書室に行ったらなんかあるかな」
「ない!!」
真っ赤な二人が同時に答えた。
ないの?  
原田は大きく息を吐いて、自分を落ち着かせた。
「あのさ・・・五十嵐、なんでそんなこと・・・」
「なんでって・・・だって、知らないから駄目なんだと思って・・・」
「駄目ってなにが」
「先輩がなにしたいのか、全然わかんないし、僕も何したらいいのか全然わかんないし」
分からないから、正直、ちょっと怖い。
菊池は痛くないようにしてくれるのかもしれないけど、瀬厨はちょっと痛いって言ってたし、なら本当なら痛みを伴うことだと思うし。
心の準備はしておきたい。
「あ! そっか、あのね、AVって持ってる?」
あれはそれのビデオのはずだ。
それを見れば分かるかも。
訊いた原田は凄く苦いものを噛んだような顔で、それを下から瀬厨が睨み上げてる。
どうしたの?
「・・・・えっと、それは、なんで?」
原田は慎重に言葉を選んでいるようだった。
「だって、それ見たら分かると思って。訊かなくてもいいよね。なんだか恥ずかしいみたいだし」
二人とも、顔がまだ赤い。
「あのさ、五十嵐、頼むから・・・そんなこと、人に聞くもんじゃないし」
「・・・・そうなの?」
瀬厨も真っ赤な顔で何度も頷いた。
「訊くんなら、菊池先輩にしたほうが・・・いいと思う」
後が怖い、と原田が続ける。
菊池に訊けたら苦労してないよ!
僕は俯いて溜息を吐いた。
どうしようかな。
考えて、僕はもう一人知ってそうな人を思い出した。
「あ、そっか」
顔を上げて、
「瀬厨くん、僕、ちょっと次の時間保健室に行ってきます」
「・・・へ?」
本当に行くわけじゃないけど、そう言っておいてもらおう。
僕は瀬厨の返事も待たずにそのまま階段を駆け下りた。
「五十嵐!」
慌てた原田の声を背中に聞いたけど僕は勢いが付いて止まれなかった。
なんだか今聞かないと落ち着かない。 今、知りたい。
みんな知ってるのに、教えてくれないのも嫌だ。
僕は真っ直ぐに特別棟へ走った。





僕は美術準備室の扉をノックもせずに開けた。
「先生!」
年上の人に訊くのが一番いいと思ったのだ。
そして、僕が知っているかぎりで知ってそうで話してくれそうな相手なんてここの講師である安堂しか知らない。
勢いよく飛び込んだはいいけれど、僕は視界に入ったその準備室の中の情景に固まってしまった。
「・・・・・・」
一番奥の安堂の机に押し付けられるような形で、その安堂が倒れている。
そして倒して上から圧し掛かっているのは、どう見ても生徒。
・・・・あれ?
向こうもびっくりした顔で僕を見てる。
もしかして、お邪魔だったのかな。
「・・・・い、いが、らし・・・」
安堂が強張った顔で僕を呼ぶ。
圧し掛かってた生徒を押しのけて身体を起こし、
「ど、どうしたんだ?」
剥がされかけてた汚れた白衣を戻す。
「・・・すみません、取り込み中ですね・・・出直します」
頭を下げて出て行こうとすれば、
「いいから! 大丈夫! 行くな!」
安堂が縋るように僕を呼び止める。僕はそれで留まったけれど、相手の生徒は複雑そうな顔をしている。
あれ?
どっかで見たことが・・・ああ、菊池の友達だ。
この準備室で、よく見かける顔で、確か福田とかいう・・・
「・・・五十嵐クンも、いいとこで・・・」
溜息を吐いている。
やっぱり、邪魔だったんじゃないかな。
安堂は腰の引ける僕を無理やりソファに座らせて、自分もその隣にしっかりと座った。
「こいつのことは気にしなくていいから、どうしたんだ? また、なんかあったのか?」
安堂の顔は少し赤かったけれど、僕はそれで思い出した。
「あの、相談が・・・」
「なに?」
福田は一人でつまらなさそうに安堂の机に腰掛けて息を吐いていた。でも僕もちょっと切羽詰っている。
「先生、セックスってどうやるんですか?」
安堂の顔は、やっぱり今までの相手と同じで真っ赤な顔で咳き込んだ。
「ごほっゴホッ!!」
「先生?」
「・・・・っまえっ!」
だけれど、それとは裏腹にすごく楽しそうな顔で間に入ってきたのは福田だ。
素早く移動してソファの前に椅子を出してきて座る。
「なになに! 面白そうな話だな!」
「福田!!」
それを安堂が諌めるけれど、
「おにーさんに相談してごらん! 教えてあげるから!」
嬉しそうに笑って言う福田を、僕は信用してしまった。
だって、はっきり教えてくれるって言ってくれた人は初めてだったのだ。
「ハルとのかよ? どこからどこまでがいい?」
どこから?
そんなにたくさんあるのだろうか?
こんなに親切に教えてくれる人は初めてだったから、僕は安堂じゃなくて福田に向き直って、
「そんなに触ったり嘗めたりするものなんですか?」
「・・・ごほ!」
隣でまた安堂が咳き込んでいた。
でも福田はどちらかというと吹き出しそうな顔だ。
「中に入れてグチャグチャになるって、どうゆう状況なんですか? どこに入れるんですか? なに入れるんですか?」
「・・・・っ!」
福田は耐え切れない、と思い切り吹き出して笑い始めた。
安堂は真っ赤な顔で俯いてしまっている。
どうして笑うの?
おかしいのかな。
むっとした僕に、福田は目に涙まで浮かべて笑いつつもどうにかそれを抑え込んで、
「わ、わり・・・っごめ、っ・・・!」
頑張って謝ろうとしている。
安堂はその福田を諌める代わりに赤い顔で、
「い、五十嵐? どうしてそんなこと・・・誰に言われたんだ?」
心配そうな口調だ。
僕は正直に、
「菊池先輩が・・・昨日、そう言って」
「しなかったんだ?」
嬉しそうに訊いてきたのは福田だ。
頷いた僕に安堂は頭を抱えるし、福田は何が楽しいのか声を殺して笑っている。
僕も溜息を吐いた。
そんなに変なことを訊いているのかな。
そりゃ、大声で言えることじゃないかもしれないけど、でも僕以外の人は知識があるみたいだし。
ないのが僕だけなら、教えてくれてもいいのにな。
「僕が・・・何も知らないのが駄目なんだと思うんです。昨日も、して下さいって、言ったのに先輩止めちゃったし・・・知らないから怖いのもありますけど、知ってたら先輩だって安心して出来ますよね?」
ちょっと愚痴ってるみたいだ。
こんなこと相談されて安堂も困るだけかもしれないけど、でも菊池はとっても苦しそうに、切なそうな顔してるし。
僕でいいなら、それをどうにかしてあげたい。
僕に出来ることなら、なんでもしたい。
福田は暫く肩を震わせていたけれど、どうにかその笑いの発作を抑えて、
「・・・で、五十嵐クンはそれが知りたい、と。ハルは教えてくれなかったのか?」
「・・・ちょっと、僕も見栄を張りたいというか・・・なんだか知らなさすぎて、情けないから」
もう知ってるからって、菊池をリードしてみたい。
僕も出来るなら、菊池にしてあげたい。
僕は正直に話した。
福田はにやける顔を必死に抑えて、真面目な顔をしようとしてた。
無理せず笑ったらいいのに。
「・・・よし! 教えてあげよう!」
楽しそうに言った福田に安堂は、
「ちょっと! お前なにを・・・」
「だって先生、こんなに知りたがってんだぜ? 知ってるのに教えてやらないほうが酷いだろ?」
止めようとした安堂に福田は正論を言い、僕に知りたいよな、と念を押した。
もちろん知りたい。
頷いた僕に、安堂は視線を外し福田はにっこりと笑った。
「セックスは、野郎のアレを穴に入れるんだよ」
「・・・・・・アナ?」
さらりと一言で言われて、僕は考えてしまった。
野郎のアレって、あれだよね?
僕にだってある。
それを使うのは、分かる。
どこに入れるの?
女の人にあるのは分かるけど・・・僕は女の子じゃない。
他に入れるところ?
考え込んで、僕はふと思いついて、
「あ、口の中?」
福田はまた吹き出しそうな顔で、安堂はもう顔も上げれない。
そんなとこ僕だってやだけど、他に思いつかない。
だって入れるんだよね?
福田は顔の前で手を振って、爆笑を堪えるように、
「い・・・いや、そこでも、いいけど・・・っして欲しいけど!」
するものなんだ? 
口の中に入れるの?
本当に?
美味しくなさそう、と味を想像して顔を顰めた僕に福田は、
「あるだろ、もう一個、入れるとこ」
ない。
即答しそうだった僕に、福田は僕の真ん中を指して、
「身体の真ん中にさ、あるじゃん」
「・・・・・・」
真ん中? 
僕は自分のお腹から下を見て、ふと思い至った。
・・・・・・え? ええ?
顔を顰めて福田を見ると、正解、と頷かれた。
「・・・ええ?!」
そこって、お尻・・・・?
「そこは出すとこで入れるとこじゃありません!」
真っ赤な顔で僕は言いきった。
そんなとこ、入れるっていうか入らないし! 
第一キタナイ!!
福田は平然と、
「入るよ? もう、そこで中までグチャグチャになるよ?」
楽しそうに告げる。
僕は想像した。けれど、途中で挫折した。
限界があるよ!無理!そんなの出来ない!!
菊池は、そんなことしようとしてるの?そんなことしたいの?!
顔が熱い。
安堂の顔も赤い。
・・・・・ああ。
どうしてみんなあんなに真っ赤になってたのか、解った。
瀬厨が痛いって言ってた意味も解った。
痛いどころじゃないと思う!無理だし!
「まぁ、入れるだけじゃなくて、くまなく触るし探るしもちろん嘗めるし。セックスって忙しいんだよ? 片手間にじゃ出来ないし。ちゃんと時間かけて楽しみたいし」
にっこり笑う福田は何故か安堂に向いている。
「相手を気持ちよくさせたいから、なんでもするし、なんでもしてもらいたい」
安堂は福田とは視線を合わさず、何故か冷たいものになってる。
あ、そうか。
そういえば、僕はお邪魔をしてしまったんだった。
て、いうことは、安堂もさっきはこの福田とそういうことをしようとしてたの・・・・?  
どうしてできるの?みんなするものなの? 
僕は不思議そうに、でもちょっと疑って安堂を見ると、安堂は苦笑して、
「あのな、五十嵐・・・嫌ならちゃんと嫌って言えよ? なんでも受け入れると相手を付け上がらせるだけだからな?」
「・・・・はい。そうですね」
頷いた僕に、福田が笑って、
「で? 五十嵐クンは、してあげるの? ハルと」
「・・・・・・・」
僕は考えた。すごく考えた。
でも・・・・・・・無理かも?


to be continued...



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